■長雨晴れ間なきころ
内裏の御物忌さしつづきて
いとど長居さぶらひたまふを
大殿にはおぼつかなくうらめしく
思したれど
よろづの御よそひ、何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひつつ
御むすこの君たち、ただこの
御宿直所(とのいどころ)に
宮仕をつとめたまふ
宮腹の中将は、中に親しく馴れきこえたまひて、遊び戯れをも人よりは心やすくなれなれしくふるまひたり
右大臣のいたはりかしづきたまふ住みかは、この君もいとものうくして
しきがましきあだ人なり
つれづれと降り暮らして
しめなかなる宵の雨に
殿上にもおさおさ人少なに
御宿直所も例よりはのどやかなる心地するに、大殿油近くて、書どもなどみたまふ
近き御厨子なるいろいろの紙なる文どもを引き出でて、中将わりなくゆかしがれば、
源氏
「さりぬべきすこしは見せむ、かたはなるべきもこそ」
と、ゆるしたまはねば
中将
「その、うちとけてかたはらいたしと思されんこそ、ゆかしきけれ。
おしなべたるおほかたのは、数ならねど、ほどほどにつけて、書きかはしつつも見はべりなん。
おのがじしうらめしきおりおり
待ち顔ならむ夕暮などのこそ
見どころはあらめ」
と怨ずれば、やむごとなく
せちに隠したまふべきなどは
かやうにおほぞうなる御厨子などにうち置き、散らしたまふべくもあらず、深くとり置きたまふべかめれば
二の町の心やすきなるべし
片はしづつ見るに
「よくさまざまなる物どもこそはべりけれ」とて、心あてに
「それか」「かれか」など問ふなかに、言ひあつるもあり、もて離れたることをも思ひ寄せて疑ふも
おかしと思せど、言少なにて
とかく紛らはしつつとり隠したまひつ
★物忌(ものいみ)
異変、凶兆、死穢、方角の禁忌のとき、身を清めて家に籠る
★うらめしく思し
左大臣家の人々は、左大臣家の婿光源氏が、妻の葵の上をかえりみないため、うらめしく思っている
が
↓
★よろづの御よそひ何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひ
↓
左大臣家は、婿光源氏のいっさいの装束のことは、結構な有り様に整えてくれる
★宵の雨
日が暮れてから夜中(午後10時まで)に降る雨
宵→夜中→暁、夜を三分割する
★大殿油
貴人が使用する油
★かたは
不完全で見苦しい
★もこそ
「あらめ」を省略
よくないことを予想し、その不安を表す
★二の町の心
二番手の、二流の
★片はしづつ見る
多くの手紙の、それぞれ一部分ずつを読み、終わりまで読まない
端は、書き出しの部分
★それか、かれか
中将が具体的名前を言ったのを、作者が要約した形
★とかく紛らはし
言葉を濁してごまかす
■長雨の晴れ間もない頃
宮中では物忌みが続いて、光源氏はふだんよりいっそう長いこと宮中に寝泊まりしているのを、妻が住む左大臣家では、気がかりで恨めしく思っていたが、婿光源氏の一切の装束のことは、あれこれと、そのつど結構なありさまに整えてあげていた
左大臣の息子たちも、光源氏の宿直所に仕えていることだし、、、
帝の妹を母とする中将の君は、左大臣の息子たちの中でも、とくに光源氏に親しくし、遊びや戯れ事においても、他の人よりも気安くなれなれしく振る舞っていた
彼の舅の右大臣が大事に世話をしてくれる家は、この中将もまったく帰りたくなく、寄り付こうともせず、
彼は好色めいた浮気者になった
宵の雨のせいで殿上にもほとんど人影がなく、光源氏の部屋ではいつもよりゆったりした気分になり
灯りを寄せて書物などを見る
近くの厨子にあるさまざまな色紙の手紙を引き出し、中将がむやみに見たがるので光源氏は
「適当なのを少しは見せよう。みっともないものもあるし」
と言って自由に見ることを許さない
中将は
「その、よそゆきではなくて、見られると具合が悪いと思うものを見たいのです。ありふれた普通の手紙はものの数ではなく私でもやりとりができます
お互いに相手が恨めしくなる折々や、人待ち顔の夕暮れに書いた女の手紙こそ、真に見る値打ちがあるというものです」
と、怨み事を言うので、光源氏は手紙をすべて見せた
ただし
とおとい人からのもので、隠しておかねばならないものは、このような厨子には置くはずもなく、奥深いところにしまってあるはずだから、見せた手紙は、二流どころの人からの気楽なものだろう
それらを中将があれこれと拾い読みをして、
「よくまあ、さまざまなものがありますね」と言って、あてずっぽうに
「あの女ですか」「かの女ですか」
などと尋ねる
中には言い当てるのもあり
また、まったく見当外れなことを勘ぐって疑うのもあり、おもしろいなあ、と光源氏は思うが、言葉を濁しつつ何かとごまかして、手紙はしまわれた