るるの日記

なんでも書きます

源氏物語・もののあはれ「帝鬱病になる。眠れず、食べず、やる気なし」

2022-11-15 09:04:38 | 日記
■月も入りぬ
帝「雲のうへも、なみだにくるる
秋の月、いかですむらん、
浅茅生のやど」
思しめやりつつ、燈火をかかげ尽くして、起きおはします

右近の司の宿直奏(とのいまうし)の声聞こゆるは、丑になりぬるなるべし
人目を思して、夜の殿(おとの)に入らせたまひても
まどろませたまふことかたし

朝に起きさせたまふとても
明くるをしらで
と思し出づるにも
なほ、朝政(あさまつりごと)は怠らせたまひぬべかめり

ものなどもきこしめさず
朝がれひの気色ばかりふれさせたまひて、
大床子(だいしゃうじ)の御膳などは、いとはるかに思しめしたれば
陪膳にさぶらふかぎりは
心苦しき御気色を見たてまつり嘆く

すべて、近うさぶらふかぎりは
男女、いとわりなきわざかな、と
言ひあはせつつ嘆く

さるべき契りこそおはしましけめ
そこらの人のそしり、恨みをも憚らせたまはず
この御ことにふれたることをば
道理をも失はせたまひ
今はた、かく世の事をも
思ほし棄てたるやうになりゆくは
いとたいだいしきわざなりと
他の朝廷の例まで引き出で
ささめき嘆きけり


★雲のうへも→宮中、月の縁語
★すむらん→澄むと住むとをかける

★燈火かかげ尽くして→「孤燈火かかげ尽くして、未だ眠りをなさず」
長恨歌

★右近の司→宮中の夜勤は
亥の刻(午後九時)から左近の司
丑の刻(午前一時)から右近の司
が担当した
★宿直奏→夜勤担当者が姓名を名のる儀。それによって時刻を知る
★夜の御殿→天皇の寝室

★明くるもしらで→「玉すだれ、あくるも知らで、寝しものを、夢にも見じと、思ひかけきや」(伊勢集)

明くるは「玉すだれをあける」と「夜が明ける」をかける

長恨歌の屏風絵を伊勢が詠んだ
長恨歌「春宵は短きを苦しみ日高くして起く」「魂魄会いて来たりて、夢にだに入らず」による歌

★朝がれひ→朝がれひの間で食べる簡略な食事。朝とは限らない
★大床子→清涼殿で昼に食べる正式な食事
★陪膳→食事の給仕

★たいだいしき→もってのほかなこと

■月も沈んだ
帝「雲上とよぶこの宮中でさえ
涙に雲ってよく見えぬ秋の月
ましてあの荒れた宿では
どうして澄んで見えることがあろう、どんなに悲しみにくれながら
暮らしていることであろう」
浅茅生の宿をしきりに思いやっては
燈火をかき立て、油が尽きるまで
起きていらっしゃる
右近司の宿直する声が聞こえてくるから、もう午前1時になったのだろう。
人目をはばかり、寝床に入っても
まどろむことはできなかった

朝起きさせるとき、更衣が存命の頃も夜が明けるのを知らず眠っていたことを思い出すが、今もなお朝の政務は怠ってしまわれる

食事も召し上がらない
朝かれいには、ほんの形ばかり箸をつけるだけ、昼食はまったく縁遠いものと思われ、給仕方はみな、この痛ましい様子を見て嘆く

側近たちは男も女もみな
「本当に困ったこと」と言い合い嘆く

こうなるべき前世からの約束事はあったのであろうが、おおくの人からの非難や恨みをもかまわず、更衣の事となると、道理を失っていたが、更衣が亡くなられた今も、世のことを棄てた有様になっていくのはまったく、もってのほかな事だと、唐の楊貴妃の例まで引き合いに出して、ひそひそと囁き嘆いた





源氏物語・もののあはれ「我の強い女は嫉妬する」

2022-11-15 07:41:43 | 日記
■風の音、虫の音につけて
ものの悲しう思さるるに
こき殿には、久しく上の御局にも
参う上りたまはず
月のおもしろきに、夜更くるまで
遊びをぞしたまふなる
いとすさまじう、ものしと聞こしめす
このごろの御気色(みけきし)を
見たてまつる上人、女房などは、
かたはらいたしと聞けり
いとおし立ちかどかどしきところもの、したまふ御方にて、ことにもあらず思し消ちて、もてなしたまふなるべし

■風の音や虫の音につけても
ただ悲しく帝は思われているのに
こき殿の女御は、久しく上の御局にも参上なさらず
月の美しさに、夜の更けるまで
管弦遊びをしているようである
帝はまことにおもしろくなく
不快な思いのことと聞く

このごろの帝の様子を拝見している殿上人や女房などは、はらはらする思いで、この噂を聞く

こき殿の女御は、まったく我が強く、角のあるところがある方で、
更衣に対する帝の嘆きなど、何ほどでもないと無視して、このような振舞をするのである

源氏物語・もののあはれ「思い出すごとに、寿命のはかなさを恨む」

2022-11-15 07:18:04 | 日記
■絵に描ける楊貴妃の容貌(かたち)は、いみじき絵師といへども
筆かぎりありければ
いと、にほひすくなし
太液の芙蓉、未央の柳も
げに、かよひたりし容貌を
唐めいたるよせひはうるはしうこそありけめ
なつかしうらうたげなりしを
思し出づるに
花鳥の色にも音にも
よそふべき方ぞなき
朝夕の言(こと)ぐさに
翼をならべ枝をかはさむと
契らせたまひしに
かなはざりける命のほどぞ
尽きせずうらめしき

★絵に描ける楊貴妃の容貌→このごろ明けても暮れても御覧になる「長恨歌の御絵」に描かれてある、楊貴妃の容姿

★太液の芙蓉、未央の柳→「芙蓉は面の如く、柳は眉の如し」(長恨歌)→太液は池、芙蓉は蓮の花、未央は未央宮殿、
玄宗皇帝は毎日、蓮の花や柳を見て、亡き楊貴妃の面影を思い出していたのである

★翼をならべ、枝をかさはむと契らせたまひし→「、、天に在りては願はくは比翼の鳥と作り、地に在りては願はくは連理の枝とならむと」
長恨歌
比翼の鳥は、雌雄は各翼一つ、目一つで、二羽一体となって飛ぶ鳥
連理の枝は、根は別々の木で、幹や枝が連なって木目の相通じたもの

帝と更衣が、玄宗と楊貴妃にならって、一心同体の愛を約束した、というのである

■絵に描いてある楊貴妃の顔、形は
すぐれた絵師であっても、その筆力に限りがあるから、生き生きとした美しさに乏しい
太液池の蓮の花、未央宮の柳も、
それに似た楊貴妃の容貌である
その唐風の装いは麗しいだろうが
更衣は親しみやすく可憐であったと
懐かしく思い出してみると
それは、花の色にも、鳥の声にも
たとえようがないのである

朝夕の会話で、比翼の鳥、連理の枝になろうと約束したのに、それもかなわなかった寿命のはかなさが、
限りなく恨めしいことである