■命婦は、まだ大殿籠らせたまはざりけると、あはれに見たてまつる
御前の壺前栽の、いとおもしろき盛りなるを、御覧ずるやうにして
忍びやかに、心にくきかぎりの女房四五人さぶらはせたまひて、御物語せさせたまふなりけり
この頃、明け暮れ御覧ずる
長恨歌の御絵、亭子院の描かせたまひて、伊勢、貫之に詠ませたまへる
大和言の葉をも、唐土の詩をも
ただその筋をぞ、枕言にさせたまふ
★壺前栽→壺は中庭、そこの植込みを壺前栽
★長恨歌→中国詩人・白居易の長詩
唐の玄宗皇帝と楊貴妃を題材とする
楊貴妃を溺愛して、国政をかえりみず、反乱を招いた玄宗は、落ち行く途中、臣下に迫られて余儀なく楊貴妃を殺した
乱が治まってから、玄宗は都に帰るが、楊貴妃への思慕やまず、道士に命じてその魂のありかを捜させる
道士はようやく海上の仙山にこれを求め、玄宗の意を伝え、形見の青貝細工の小箱と、金彩のそれぞれ半分をもたらし、楊貴妃の言葉をも伝える
御絵は長恨歌の内容を絵にしたもの
★亭子院→今の東西両本願寺の間あたりにあった宇多上皇の御所
★伊勢→女流歌人
宇多天皇に寵愛され皇子を生んだが、皇子は若くして死去
敦慶親王との間に女流歌人中務を生んだ
★貫之→歌人
■命婦は、帝がいまだにおやすみされていないことを、しみじみ痛わしく感じた
御前の庭の植込みが、美しい盛りであるのを見るふりをなさって、心づかいある女房ばかり四、五人を側に御召しになり、密やかにお話しをしていらっしゃった
この頃、明けても暮れても御覧になる長恨歌の御絵。それは亭子院が描かせになって、伊勢や貫之に和歌を詠ませになったものだが、和歌についても漢詩についても、もっぱらこの長恨歌のような題材を話題にされている