■さればよと心おごりするに、
正身(さうじみ)はなし。
さるべき女房どもばかりとまりて、
「親の家に、この夜さりなん渡りぬる」と答へはべり。
艶なる歌も詠まず、気色ばめる消息もせで、いとひたや籠りに情なかりしかば、
あへなき心地して、さがなくゆるしなかりしも、我を疎みねと思ふ方の心やありけむと、さしも見たまへざりしことなれど、
心やましきままに思ひはべりしに、
着るべき物、常よりも心とどめたる色あひ
しざまいとあらまほしくて、
さすがにわが見棄ててん後をさへなん、思ひやり後見たりし
★正身
本人
★あへなき心地
張り合いのない気持ち
★我を疎みねと
自分(女)を嫌いになってくれと
★さしも見たまへざりしこと
腹立ち紛れに、女を勘ぐったが
(本心では信頼していた、ということである)
★わが見棄ててん
きっと私を棄てていないだろう
「男は女を棄ててはいないのに、女の側からすれば、男がすでに自分を棄ててしまったと考えるはずだ。女はなお男と縁を切ろうとは思っていないが、男の浮気も認める気はないのだろう、、」
男はまだ甘く考えている
■それみたことかと、私はいい気になったのだが、肝心の本人は居ませんでした。しかるべき召使だけが残っていて、「親御さんの所に夜更けになってお出かけになりました」と答えます。
いさかいをして別れてからの女は
気持ちをそそるような歌も詠まず
気どった便りもせず
家に閉じ籠ったきりで
何の風情も見せなかったので
私は張り合いのない気持ちになり
女が意地悪く容赦しないのは
女が「自分を嫌いになってくれ」といった下心でもあったのかと、腹立ち紛れに疑っていたが本当は信頼していました。
私が着る物も、普段より心をこめて、色あい仕立てが、申し分なくしてあって、私が見棄てたそぶりの後も、女は私を見棄てるはずなく、私に気を配ってくれておりました。