〈中将〉
あはれと思ひしほどに、わづらはしげに思ひまつはす気色見えましかば、かくもあくがらさざらまし。こよなきとだえおかず、さるものにしなして、長く見るやうもはべりなまし。
かの撫子のらうたくはべりしかば、いかで尋ねむと思ひたまふるを、
今もえこそ聞きつけはべらね。
これこそのたまへるはかなき例(ためし)なれ。
つれなくて、つらしと思ひけるも知らで、あはれ絶えざりしも、益なき片思ひなりけり。
今やうやう忘れゆく際に、かれはた、えしも思ひ離れず、おりおり人やりならぬ胸こがるる夕もあらむと、おぼえはべり。
これなん、えたもつまじく頼もしげなき方なりける。
いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ世の中なり。ただかくことこそとりどりに、比べ苦しかるべき。
このさまざまのよきかきりをとり具し、難ずべきくさはひまぜぬ人は、いづこにかあらはむ。
吉祥天女を思ひかけむとすれば、法気づき、霊(くす)しからむこそ、またわびしかりぬべけれ
とてみな笑ひぬ
★まつはす
まといつく
★さるものにしなして
なんとかしかるべき形にして
本妻でないにしても、この女相応の地位に置くこと
★のたまへるはかなき例
以前、馬頭が言った「何かにつけて恥ずかしがったり、恨みごとを言ってもよい出来事までも知らぬふりで我慢して、何でもないように装い、いよいよ我慢しくれなくなったら、、人目のつかぬように身を隠してしまう女」の例
★あはれ絶えざりし
こちらでは女を愛し続けていた
★えたもつまじく
え保つまじく
長続きしそうになく
保つ→男が女をいつまでも捨てないでいる
★難ずべきくさはひ
欠点
くさはひ→材料
★吉祥天女
容貌抜群で、人に福徳を与える天女
父は帝釈天
母は鬼子母神
兄は毘沙門天
★法気づき
仏くさくなる、抹香くさくなる
★霊(くす)しからむ
霊妙不可思議
人間離れしている
■〈中将〉
いとしいと思ったときに、うるさいほど慕ってつきまとう様子が見えたら、こんな行方不明にさせなかった。ひどく途絶えず、しかるべき通い所として扱って、長く連れ添う方法もあっただろうに。
あの幼子が可愛らしかったものですから、どうにかして尋ね出そうと思いますが、いまだに消息を聞きません。
この女こそ、馬頭、あなたが言われた、恨みごとを言ってもよい出来事までも知らぬふりで我慢して何でもない態度を演じ、いよいよ我慢しきれなくなったら、行方不明になる、頼りない女の例のようです。
平気なふりをしながら、内心では薄情だと思われていたことも知らずに、愛しいという気持ちが絶えずあったのも、思えば私の無益な片思いだったのでした。
今はだんだんと忘れていく時分になっていますが、あの女も私への思いがなかなか離れず、誰のせいにもできず、愛しさに胸焦がす夕もあると思えます。
これが私の長持ちせず、頼りにならぬという方の女でした。
どの女がいいとは結局決められなくなるのが、世の中で、仕方ありません。男女の仲はこのように人それぞれで比較するのは難しいでしょう。このさまざまな良い所だけを揃えた非難すべき欠点の交じらない人はどこにいるでしょう?
吉祥天女に望みをかけ恋愛対象とすれば、仏くさくなり、人間離れしてしまい、またこれもわびしいもんでしょう。
と言ってみな笑う。
( ´∀`)