■左馬頭
「もとの品、時世のおぼえ
うち合ひやむごとなきあたりの何をしてかく生ひ出でけむと
言ふかひなくおぼゆべし
うち合ひてすぐれたらむもことわり
これこそはさるべきこととおぼえて
めづらかなることと心も驚くまじ
なにがしか及ぶべきほどならねば
上が上はうちおきはべりぬ
さて世にありと、人に知られず
さびしくあはれたらむ葎の門に
思ひの外にらうたげならん人の
閉じられたらんこそ
限りなくめづらしくはおぼえめ
いかで、はたかかりけむと
思ふより違へることなん
あやしく心とまるわざなる
父の年老いものむつかしげにふとりすぎ、兄の顔にくげに、思ひやりことなることなき閨の内に
いといたく思ひあがり
はかなくし出でたることわざも
ゆえなからず見えたらむ
片かどにても、いかが思ひの外に
おかしからざらむ
すぐれて疵なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨てがたきものをば」
とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにやとや心得らむ、ものも言はず
「いでや、上の品と思ふにだにかたげなる世を」と君は思すべし
白き御衣どものなよよかなるに
直衣ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥したまへる
御灯影いとめでたく、女にて見たてまつらまほし
この御ためには上が上を選り出でても、なほあくまじく見えたまふ
★なにがしが及ぶべきほどならば
わたしごとき者
★上が上はうちおきはべりぬ
上が上は→上流貴族
を前にして、上流の中の者が、上流の女性に対する意見をのべることをはばかった
★思ひやり
よそのことを想像する
★閨
女性の寝室
父や兄の容姿から想像すると、美しい女のいるはずのない部屋
★はかなくし出でたる
(とくに価値のある芸事でもなく)いつのまにか身に付いた程度の
★ことわざ
芸事
★さる方にて
それなりの女として
★ものも言はず
(ここで式部があいづちを打つことは、自ら愚かしさを認めることになるから)返事をしない
よくある一こま
★いでや
「さあ、どうだろう」と疑念をあらわす
★上の品と思ふにだにかたげなる世を
光源氏が妻の葵の上を思い出している
★白き御衣
下着、何枚も重ね着する
★直衣ばかりを
袴をつけないでいること
★添い臥す
よりそって横になる
★女にて見たて
光源氏を女性にして
光源氏は女性的な美しさであり、それは当時のイケメンである
■左馬頭
「もともとの家柄と、世間の信望が一致している高貴な家柄の女性なのに、家庭内での振舞や感じが劣っているような女は、今さら言うまでもないんですが、『どうしてこんなふうに育ったのか』と、口にするほどのとりえもないほどに、まったくガッカリさせられます
家柄や信望にふさわしく、人柄がすぐれているのは当然のことで、そうなるのが当たり前で、珍しいことだと驚くこともありません
、、、
私のような者が、そうゆう上の上の上流の女性に対して意見を述べることは、もうこれでやめておきます
さて、上流暮らしていると、
誰にも知られず、葎の茂る寂しい荒れ崩れた家の中に、思いの外にかわいい女が引き籠っているというのを知ったときには、それこそとても珍しく感じるでしょう
「どうしてまたこうゆうことになったのだろうか」と
想定外の出来事に人は、不思議なほど惹き付けられるのです
父親は老人で、ぶざまに太りすぎ
兄は憎たらしい顔つきをしていて
そのような父と兄の容姿から想像すると、美しい娘がいるはずのない女の部屋に、とても美しく、高い気品を持つ女がいて、その女が特別価値のある芸事でなく、いつの間にか身につけた程度の芸事であっても、その芸事は由緒があるようにみえる
こういう場合、それがほんのわずかな才能であっても、予想外に興味を感じてしまいます
ずばぬけていて、欠点のない女を選ぶのには及ばないかもしれませんが、それはそれなりの女として、捨てがたいものですよ」
と言って、式部丞の方に目をやると、式部丞は「左馬頭は、私の妹たちがかなり評判いいのを思って、それで左馬頭はこのように言うのだ」と受けとめたのか、ものも言わない
光源氏は妻の葵の上を思いだしながら「さあ、どうだろう。上の品と思われる人々さえ、すばらしい女は、なかなかいない世の中なのに、、」と考えていた
光源氏は、白い下着の直衣だけを重ね着し、袴ははかず、紐も結ばないままで、物に寄りかかっている。
その灯影の姿は本当に素晴らしく、女にして拝見したいものだ。
だから、この方のために上の上の女を選び出しても、なお満足ということはないように見える
光源氏の容貌に並ぶ女はいそうにないから、、、