♦️若宮臣籍降下し源氏となる
■そのころ高麗人(こまうど)の参れるなかに
かしこき相人ありけるを聞こしめして、宮の内に召さむことは
宇多帝の御戒めあれば
いみじう忍びて
この皇子をこうろく館に遣はしたり
御後見だちて、仕うまつる
右大弁の子のやうに思はせて
率てたてまつるに
相人驚きて
あまたび傾きあやしぶ
相人
「国の親となりて
帝王の上なき位にのぼるべき相
おはします人の
そなたにて見れば
乱れ憂ふることやあらむ
おほやけのかためとなりて
天の下をたすくる方にて見れば
またその相違(たが)ふべし」
と言ふ
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帝、かしこき御心に
倭相を仰せて
思しよりにける筋なれば
今までこの君を親王にもなさせたまはざりけるを
相人はまことにかしこかりけり、と思して、
無品親王の外戚の寄せなきにては
漂はさじ、
わが御世もいと定めなきを
ただ人にておほやけの御後見をするなむ、
行く先も頼もしげなめることと思し定めて
いよいよ道々の才を習はせたまふ
際ことにかしこくて、ただ人にはいとあたらしけれど、親王となりたまひなば、世の疑ひ、負ひたまひぬべくものしたまへば
宿曜(すくえう)のかしこき道の人に勘(かむが)へさせたまふにも、同じさまに申せば
源氏になしたてまつるべく
思しおきてたり
★高麗人
古代朝鮮北部にあった国、
渤海国司のこと
★宇多帝の御戒め
宇多天皇が、幼少の醍醐天皇に譲位するにあたり書き残したものの中に、外国人と会う場合は、御簾を隔てて会い、直接対面してはならないと戒めている
やむをえない時以外は宮中に入れなかった
★こうろく館
外国人を接待し宿泊させるための官邸
★あまたび傾きあやしぶ
右大弁の子とは思われぬ特殊な人相だから、不審に思ったのである
★相おはします
相がある
当人がそうなるまいとし、また、周囲の人々がそうならせまいとしても、そうなってしまう、ということ
★そなた
国の親となりて、帝王の上なき位にのぼるべき相
★おほやけのかため
大臣や摂政、関白
★またその相違うべし
臣下として終わる相でもない
やはり帝王となる相である
★倭相
日本流の観相を適用した
★親王
親王宣下があって初めて皇子は、親王に列せられる
★無品親王
親王の位階は一品から四品まで
この位階のない親王
★外戚(げさく)
若宮の母方の親戚
若宮の後見にあたる人々
★ただ人
皇族以外の人
臣下
★親王となりたまひなば、世の疑ひ、負ひたまひぬべく、、、
親王には、皇位継承権が留保されているので、若宮を親ににすると
「東宮にたてるつもりか」と、世人疑われる。それほど若宮は、すべてに秀抜なのである
★宿曜
星の運行によって人の運勢を判断する術
★源氏
皇子を臣籍に下して源姓を賜る
■そのころ
高麗人が来日している者の中に
優れた人相見がいたのを帝が耳にして、宮中に外国人を招くことは
宇多帝の戒めがあるので
特に内密にして
若宮をこうろく館に遣わした
御後見役という、若宮に仕える右大弁の子のように仕立てて、若宮をお連れすると、人相見は驚いて、何度も何度も首を傾けて不思議がる
相人
「国の親となって帝王という無上の位にのぼるはずの相のある方であるが、そういう点から見ると、世が乱れ民が苦しむことがあるかもしれない。
だが、朝廷の大臣などになって、天下の政治を補佐するという点で見ると、またそのような臣下として終わる相ではない、、やはり帝王となる相である」
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帝は、畏れ多い心で
倭相によって既に知っていた事柄であったため、今まで若宮を親王にはさせなかったが、高麗相人はじつに賢明な者と考えて、若宮を位階の無い親王で、外戚の後見もないという不安定な状態に迷わせてはならない、私の治世もいつまで続くか、まったくわからないのだから、若宮を臣下として、朝廷の補佐に任ずるというのが、将来も安心だと思われ、決心して、ますます諸道の学問を習わせになった
若宮は格段に賢くて、臣下にするのは、非常に惜しいけれども、もし親王になられたら世間の疑惑を必ずこうむるに違いないから、宿曜の名人に判断をさせてもやはり同じ様に言われるので、臣下に列して減じにしてさしあげることに決めた