るるの日記

なんでも書きます

もののあはれ・源氏物語「12歳・あはれな満たされない渇望で、あはれな光源氏の生き方が決定する」

2022-11-18 19:58:35 | 日記
源氏の君は、上の常に召しまつはせば、心やすく里住みもえしたまはず
心のうちには、ただ藤壺の御ありさまを、たぐひなしと思ひきこえて
さやうならむ人をこそ見め
似る人なくもおはしけるかな

大殿の君、いとおかしげに
かしづかれたる人とは見ゆれど
心にもつかずおぼえたまひて
幼きほどの心ひとつにかかりて
いと苦しきまでぞおはしける
大人になりたまひて後は
ありしやうに、御簾の内にも入れたまはず
御遊びのおりおり、琴笛の音に聞こえ通ひ
ほのかなる御声を慰めにて
内裏住みのみ好ましうおぼえたまふ

五六日さぶらひたまひて
大殿に二三日など
絶え絶えにまかでたまへど
ただ今は、幼き御ほどに
罪なく思しなして
いとなみかしづききこえたまふ
御方々の人々、世の中におしなべたらぬを、選りととのへすぐりて
さぶらはせたまふ
御心につくべき御遊びをし
おほなおほな思しいたつく

内裏には、もとの淑景舎(しげいさ)を御曹司(みざうし)にて、
母御息所の御方の人々、
まかで散らずさぶらはせたまふ

里の殿は、修理職(すりしき)、内匠寮(たくみづかさ)に宣旨下りて
二なう改め造らせたまふ
もとの木立、山のたたずまひ
おもしろき所なりけるを
池の心広くしなして
めでたく造りののしる
かかる所に、思ふやうならむ人を
据えて住まばやとのみ
嘆かしう思しわたる

光る君といふ名は、高麗人のめできこえて、つけたてまつりけるとぞ
言ひ伝へたるとなむ

★里住み
光源氏の私邸で左大臣邸

★さやうならむ人をこそ見め
藤壺のような美しい人がいるならば、そういう人を妻として会いたいものだ

★大殿の君
葵の上

★心にもつかず
気にもいらず

★ありしやうに
そのように

★琴笛の音(ね)に聞こえ通ひ
藤壺の弾く琴の音に、源氏が笛を吹き合わせて、お聞かせする
それによって源氏の心中が、藤壺に通うのである
「通ひ」で藤壺の心も動いていると認めてもよいだろう

★おほなおほな
大人げないほどに
人目もはばからず

★もとの淑景舎(しげいさ)
かつて母が局としていた桐壺

★御曹司(みざうし)
女官や役人の休息のための個人室

★まかで散らずさぶらはせたまふ
源氏の母・桐壺更衣付きの女房たちが、宮仕えを辞めて散り散りになろうとしたのを引き留どめ、そのまま源氏に仕えるようにさせたのである

★里の殿
桐壺更衣の里
後に二条院と呼ばれる

★修理職(すりしき)
宮中の修理造園担当

★内匠寮(たくみづかさ)
宮中の工匠や装飾など担当

★池の心広くしなして
池の中心を広くして=池の面積を広くした

★思ふやうならむ人を据えて
理想通りであるような人を、妻として住まわせて
藤壺を指しているが、藤壺をではなく、藤壺のような人がいるならば、その人を、妻としてここに住ませて

★高麗人(こまうど)
高麗の相を見る人

■源氏の君は、帝がいつもお召しになり、側から離さないので、気楽に里住みなさることもできない

その源氏の君の本心は、、
「ただ藤壺を、この世に類いなき人と思いつづけていた、そのような方こそ妻にしたい、、似た人もいないほど優れていらっしゃる方よ
左大臣の姫君は、大切に育てられた、いかにも美しげな人に見えるけれど、どうも気に入らない」
源氏の君は幼心一途に藤壺を思いつめて、本当に苦しみ悩んでいらっしゃったのである

元服してから後は、帝も今までのように御簾の内に入れてはくれない
管弦の催しのある折々には、藤壺の琴に、源氏は笛を合わせて聞かせては心を通わせ、かすかに聞こえる声を慰めとして、宮中の生活ばかりを好ましく思っていた

5、6日宮中に勤め、左大臣家には2、3日と、途切れ途切れに妻のいる左大臣家に帰宅するけれど、今は幼い年頃だから、とがめることもないと左大臣は解釈して、手を尽くして丁重にお世話しておられる。源氏の君と、姫君にそれぞれ仕える女房たちは、並々ならない人々を選んで仕えさせる。源氏の君が気に入るような催しをして、人目もはばからず熱心すぎるほどにいたわっておられた

宮中では、もと源氏の君の母の住まいだった淑景舎を、女房たちの休息のための部屋とし、母に仕えていた女房たちが散り散りにならないように、引き続いて源氏の君に仕えるようにせた

源氏の君の母の里の邸は、修理職や内匠寮に宣旨が下って、またとないくらいすばらしい改造をさせた
以前からの立木や築山の配置などが風情であったのを、池を広々と広げて、職人たちは大騒ぎしながらも、立派に造園した

源氏の君は、「こういう所に、理想通りの人を迎えて、一緒に暮らしたい」とばかり思いつづけて、嘆いていらっしゃった

光る君という名は、高麗人がおほめして、お付けしたとの言い伝えである、とのことである




もののあはれ・源氏物語「娘婿の力を借りる人たち」

2022-11-18 17:54:03 | 日記
■この大臣の御おぼえ、いとやむごとなきに、母宮、内裏のひとつ后腹になむおはしければ、いづかたにつけてもいとはなやかなるに
この君さへかくおはし添ひぬれば
春宮の御祖父にて
つひに世の中を知りたまふべき
右大臣の御勢は、ものにもあらず
おされたまへり

御子どもあまた、腹腹にものしたまふ
宮の御腹は、蔵人少将にて
いと若うおかしきを
右大臣の、御仲はいとよからねど
え見過ぐしたまはで
かしづきたまふ四の君にあはせたまへり。劣らずもてかしづきたるは、あらまほしき御あはひどもになん

★内裏のひとつ后腹
葵の上の母、左大臣の北の方は、帝と同じ母后の皇女

★いづかたにつけても
父方、母方、どちらにつけても

★つひに世の中を知りたまふべき
東宮即位の暁には、外戚として関白になり、思いのまま国政を掌握なさるはずの

★御子どもあまた腹腹にものしたまふ
一夫多妻であるから、左大臣のそれぞれの妻にも子どもがいるのである

★御仲はいとよからねど、え見過ぐしたまはで、、四の君にあはせたまへり
親同士(左大臣と右大臣)は、政敵関係であるが、将来の見込みのある左大臣と、北の方の子で、葵の上の兄である蔵人少将をどうしても見過ごすことはできず、、政略結婚

★御あはひども
左大臣と源氏
右大臣と蔵人少将
二つの関係

■この左大臣は、帝の信任がまことに厚い上に、姫君の母宮は、帝と同じ后腹でいらっしゃったので
姫君の父方、母方どちらから見ても立派である上に、この源氏の君までが婿として加わったのであるから、
東宮の祖父で、天下の政治をとるはずの右大臣の勢力は、ものの数でもなくなり、圧倒されてしまった

左大臣には子どもたちが、多くの腹腹にいらっしゃる
姫君と同じ母宮の腹の子は、蔵人少将で、いかにも若く美しいので
右大臣はこの家とは仲は良くないが、見過ごすことができず、大切に育ててきた四の君に会わせ結婚させた

左大臣家で源氏の君を大切になさるのに劣らず、右大臣家では蔵人少将を丁重におもてなしなさるのは
どちらも申し分ない関係ではある






もののあはれ・源氏物語「魔性の超越性を持つ光源氏」

2022-11-18 17:02:54 | 日記
♦️左大臣は、娘を東宮の女御として入内させず、娘より年下で親戚降下した光源氏に嫁がせ、臣籍に下させた
このような左大臣の処置は尋常ではない
これが光源氏の超越性である


■かうぶりしたまひて
御休所にまかでたまひて
御衣奉りかへて
下りて拝たてまつりたまふさまに
皆人涙落したまふ

帝はた、ましてえ忍びあへたまはず
思しまぎるるおりもありつる
昔のこと、取りかへし悲しく思さる
いとかうきびはなるほどは
あげ劣りやと疑はしく思されつるを
あさましう、うつくしげさ
添ひたまへり

引き入れ大臣の皇女腹に
ただ一人かしづきたまふ御むすめ
東宮より御気色(みけしき)あるを
思しわづらふことありける
この君に奉らむの御心なりけり

内裏にも、御気色賜はらせたまへりければ、帝
「さらば、このおりの後見なかめるを、添伏(そひぶし)にも」と
もよほさせたまひければ
さ思したり

さぶらひにまかでたまひて
人々は大御酒(おおみき)などまいるほど
親王たちの御座の末に源氏着きたまへり
大臣気色ばみきこへたまふことあれど
もののつつましきほどにて
ともかくもあへしらひ
きこえたまはず

御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、大臣参りたまふべき召しあれば、参りたまふ
御禄の物、上の命婦取りて賜ふ
白き大うちきに、御衣一領、例のことなり
御盃のついでに

【帝】
いときなき
はつもとゆひに
長き世を
ちぎる心は
結びこめつや

御心ばへありて、おどろかせたまふ

【左大臣】
結びつる
心も深き
もとゆひに
濃きむらさきの
色しあせずは

と奏して、長橋よりおりて
舞踏(ぶたふ)したまふ

その夜、大臣の御里に、
源氏の君まかでさせたまふ
作法世にめづらしきまで
もてかしづききこえたまへり
いときびはにておはしたるを
ゆゆしうつくしと
思ひきこえたまへり
女君は、すこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば
似げなく恥づかし、と思いたり

★かうぶりしたまひて
加冠を済ませて

★奉りかへて
着るの敬語

★下りて拝したてまつり
清涼殿の東庭に下りて、帝に対し誠意をこめた拝舞をする
(作法)
再拝→しゃくを置いて→立って→
袖を左右左と振り→座って左右左と振り→しゃくをとって小拝→立って再拝

★引き入れの大臣
この大臣の北の方は、帝の妹
二人の間には娘「葵の上」、その兄「蔵人少将」がいる

★思しわづらふこと
娘を東宮に参らせる決心がつかず、返事を引き伸ばしていたのである

★御気色賜はらせたまへりければ
大臣が帝に、帝の御意向を漏らしてくださるよう仕向けていき、御賛成を取り付けていったという経緯であろう
主語は大臣

★さらば
前にあなたが言い出して私が賛成したの「だから」、という気持ち

★添臥にも
元服の夜、公卿の娘を添い寝させる例があった

★さぶらひにまかでたまひて
下侍という御休息所に退出して

★大御酒
帝からくださる酒

★親王たちの御座の末
無位の源氏が親王たちの次席、左大臣より上座についたのは、帝の特別な配慮よる

★御禄の物
引き入れ役を勤めたことに対する当座の御礼品

★上の命婦
帝付きの命婦
★大うちき
大きめにし仕立てた衣
着用するときに、身体に合わせて仕立て直す
★御衣一領(おんぞひとくだり)
表衣(うえのきぬ)、下がさね、表袴(うえのはかま)

★はつもとゆひ
初元結
元服の時、初めて髷を結ぶために用いる紫色の紐
★結びこめつや
初元結を結ぶとき、一緒に約束も
結びこめたか
「結ぶ」は「初元結」と縁語
★結びつる、、、濃きむらさきの色しあせずは
後に源氏と、葵の上との仲は円満にはいかない。父左大臣のこの歌は
二人の将来を暗示している


★長橋
清涼殿から東庭に降りられる廊下

★舞踏(ぶたふ)したまふ
禄をいただいた御礼の拝舞

★作法
婿として源氏の君を迎える儀式

★すこし過ぐしたまへる
葵の上は、源氏の君より四歳年上の十六歳

■源氏の君が、加冠の儀を済まして
御休息所に退出され
装束を成人のものに替えて
東庭に下りて拝舞をなさる様子に
人々はみな涙を落としていた

帝も帝で、他の人々にも増して涙を辛抱できなかった。楽しかった昔の思いが紛れることもあったが、またその昔に立ち返って悲しく思う

こんなに幼い年頃では、髪上げをしたらかえって見劣りはしないかと気づかっていたが、源氏の君には、あきれるほどの美しさがそなわっていた

加冠の役目をした左大臣には、皇女との間に生まれ、今はただ一人大切に養育している姫君がいて、東宮から所望があるというのに、大臣は参らすことを決めかねていた、それは、じつは源氏の君に娘を差し上げようという下心があったからである

帝に対して、このことについての御意向をうかがっていたところ、「それでは元服の際の後見もないようだから、添臥(そひぶし)にでも」とそくされたので、大臣もその気になっている

源氏の君は、下侍(しもさぶらい)に御退出になり、人々が、お祝いの酒などを召し上がるときに、
親王たちの御座の末席に着席した
大臣は源氏の君に、姫君のことをそれとなくほのめかし、申し上げてみたけれど、
源氏の君は、恥ずかしい年頃で
とかく返答をなさらない

帝から内侍が宣旨を承り伝え、
大臣に御前に参られるようと、お召しがあるので、参上した
大臣への御礼の品は、帝付きの命婦が取り次いでお下しになる
白い大衣に、御衣一揃い
これは慣例どおりである
盃を賜るついでに

「いときなき、、、
幼い君にあなたが結んだ初元結は
あなたの娘との末永い縁を
固く約束する気持ちを結びとめたか
どうか、、」

帝は、例の意向を歌にこめて、大臣に念を押している

大臣
「結びつる、、、
末永い約束を、深く結びこめたこの元結ですから、そのゆかりのある色の濃い紫の色が、いつまでも変わらぬよう、源氏の君の心が変わることがないのなら、どんなに嬉しいことか

と返歌して、拝舞をなさる

その夜、大臣の邸に源氏の君は、退出になる。大臣は、君を迎える儀式を世にも類いがないほど整えて、丁重におもてなしをなさった
まだ本当に子どもらしい様子をしている君を、大臣は恐ろしいまでにかわいらしいと思い申し上げている
姫君の方は、自分が少し年上であり、この君はまことに若くて、不似合いで恥ずかしいと思っていた



「いときなき、はつもとゆひに、長き世を、ちぎる心は、結びこめつや」

御心ばへありて、おどろかせたまふ

左大臣
「結びつる、心も深き、もとゆひに、濃きむらさきの、色しあせずは」
と奏して、長橋よりおりて、舞踏(ぶたお)したまふ

その夜、大臣の御里に
源氏の君まかでさせたまふ
作法世にめづらしきまで
もてかしづききこえたまへり
いときびはてにおはしたるを
ゆゆしううつくしと
思ひきこえたまへり
女君は、すこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば、似げなく恥づかし、と思いたり





もののあはれ・源氏物語「かわいらしい幼子のままではいられない」

2022-11-18 08:50:18 | 日記
この君の御童姿(わらわすがた)
いと変へまうく思せど
十二にて御元服したまふ
居起(いた)ち思しいとなみて
限りあることに
ことを添へさせたまふ

一年の東宮の御元服
南殿にてありし儀式
よそほしかりし御ひびきに
おとさせたまはず
ところどころの饗(きょう)など
おほやけごとに仕うまつれる
おろそかなることもぞと
とりわき仰せ言ありて
きよらを尽くして仕うまつれり

おはします殿の東のひさし
東向に椅子を立てて
冠者(くわんざ)の御座
引き入れの大臣の御座御前にあり
申の刻にて、源氏参りたまふ
みづら結ひたまへる頬つき
顔のにほひ
さま変へたまはむこと惜しげなり
大蔵卿くら人仕うまつる
いときよらなる御髪をそぐほど
心苦しげなるを
上は、御息所の見ましかば
と思し出でづるに、たへがたきを
心づよく念じかへさせたまふ


★童姿
元服前の、髪を後ろに結い、腋の下が開いている衣を着る姿

★変へまうく思せど
変えることになるが、それが辛い

★元服
男子の成人式
髪を結い、冠をつけ、大人の衣服をつける

★おはします殿の東のひさし
清涼殿の東の「ひさしの間」

★椅子(いし)
帝が用いる椅子

★冠者の御座
元服し冠をつける者、源氏

★引き入れ
冠をかぶせる係

★申の刻
午後四時

★みづら結ひ
髪を中央から左右に分け、耳の上で結び、余りを輪がねる

★くら人
くし人、理髪役

★心づよく念じかへさせたまふ
涙が出そうになるのをこらえて、気持ちを取り直す


■帝は、源氏の君の御童子姿を変えるのは惜しいと、強く思うけれども、十二歳で元服をなさる
帝は先にたって、あれこれと世話を焼いて、しきたりの儀式以上のことを加えられる

先年の東宮の元服
南殿にあったその儀式が立派であったという評判に比べて、劣らないように、帝は為さる

所々で行われる宴なども、役人がお役目仕事として仕えるのは粗略なことにもなりかねないと、特別に帝の指示によって誠意を尽くして御奉仕した

帝のいる「ひさしの間」に
東向に帝の椅子を立て
冠者の席と、加冠大臣の席が前にある。
午後四時に源氏の君は、参上する
みずらに結った顔立ちやつややかな美しさは、その童姿を成人姿に変えるのが惜しいような有様である

大蔵卿が理髪役を勤める。たいそう綺麗な御髪を切るときに、大蔵卿がいたわしそうにしている。この様子をもし桐壺更衣が見てくれているならばと、故人を思いだし堪えがたい気持ちになるのを、帝は気を強く取り直し堪えた


もののあはれ・源氏物語「美貌は愛欲も怒りも出でさせる」

2022-11-18 07:39:10 | 日記
■上も、限りなき御思ひどちにて
「な疎(うと)みたまひそ。あやしくよそへ聞こえつべき心地なんする
なめしと思さで、らうたくしたまへ
頬(つら)つきまみなどは、いとよう似たりしゆえ、かよひて見えたまふも、似げなからずなむ」
など聞こえつけたまへれば、
幼心地にも、はかなき花紅葉につけても心ざしを見えたてまつる

こよなう心寄せきこえたまへれば
こき殿の女御、またこの宮とも
御仲、そばそばそしきゆえ
うち添へて
まとよりの憎さも立ち出でて
ものしと思したり

世にたぐひなしと
見たてまつりたまひ
名高うおはする宮の御容貌にも
なほにほはしさはたとへむ方なく
うつくしげなるを
世の人光る君と聞こゆ
藤壺ならびたまひて
御おぼえもとりどりなれば
かがやく日の宮と聞こゆ

★限りなき御思ひどちにて
帝としても、源氏と藤壺は、どちらも無限に愛を注ぐ者同士である

★あやしくよそへ聞こへつべき心地
藤壺が桐壺更衣によく似ているので
藤壺を源氏の母君にみたててもよさそうだ

★なめし
なれなれしく無礼

★聞こえつけ
頼み込む

★はかなき花紅葉につけても、こころざしを見えたてまつる
花が咲いた、紅葉が色づいたと言っては、それにかこつけて、自分が好意を持っていることを藤壺にわかってもらえるようにする

★うち添へて、もとよりの憎さも立ち出でて
源氏が、女御と不仲の藤壺と親しくしている憎しみに加えて、桐壺更衣が生存中の憎しみが再燃して

★名高うはする宮
女御の生んだ東宮

★光る君
美貌の人を「光る」と形容する

■帝とて、源氏、藤壺の二人は、このうえなく寵愛になっている同士だから、帝は藤壺に

「源氏の君を疎まないでください。私は、、不思議なまでに、あなたを源氏の君の母に見たててもよさそうだという気持ちです。
どうか源氏の君を無礼とは思わずに、かわいがってやってください。顔つきや、まなざしなどは、本当によく似ているので、あなたが母のように見えるのも、無理ないのです」
と頼み込んだので、
源氏の君は、幼心にも、花が咲いた、紅葉が色づいたなどと言っては、藤壺を慕っている気持ちを表した

このうえなく御贔屓にしてあげたので、こき殿の女御はまた妬み心により藤壺との仲が険悪になり、それに加えて前々からの桐壺更衣への憎しみも甦ってきて、この源氏の君を「めざわりな」と思った

この女御が、この世にかけがえのない方だと見たてまつり、世間の評判も高い東宮の顔立ちに比べても
やはり源氏の君の、つややかな美しさは、たとえようもなく愛らしいので、世の人は「光る君」と言った

藤壺の宮は、この君と並んで
帝の寵愛もそれぞれに優劣がないので、「輝く日の宮」と言った