るるの日記

なんでも書きます

もののあはれ・源氏物語・女の品定め「片がつかず」

2022-11-27 15:17:09 | 日記
馬頭
「よろづの事に、などかは、さても、とおぼゆるおりから、時々思ひ分かぬばかりの心にては、よしばみ情だたざらむなん、めやすかるべき。
すべて心に知れらむことをも、知らず顔にもてなし、言はまほしからむことをも、一つ二つのふしは過ぐすべくなんあべかりける」

と言ふにも、君は人ひとりの御ありさまを、心の中に思ひつづけたまふ。

これ足らずまたさし過ぎたることなくものしたまひけるかなと、
あり難きにも、いとど胸ふたがる。

いづかたに寄りはつともなく、
はてはては、あやしき事どもになりて、明かしたまひつ。

★などか
「さあるべき」「さてもありなむ」
の略

★情だつ
風流ぶって、歌を詠みかけようとすること

■「何事も「そうすべき」「そうすべきではなくそのままでよい」とか、思われる場合、時節が分からぬ心では、気取ったり風流ぶったりしない方が無難でしょう。

何事も自分の知っていることも、知らぬふうに振る舞い、言いたいことがあっても一つ二つは、黙っているのがいいのです」
と馬頭が言う

光源氏はただ一人「藤壺」の有様を心の中で思い続けていた
『どの話に照らしてみても、足らぬことも、行き過ぎたこともなく、
いらっしゃるなあ』
と、その女の存在が有り難く、胸が一杯になる。

そして女の品定め話は、片がつかず、わけのわからぬ卑猥な話になって、夜が明けた


もののあはれ・源氏物語・女性論まとめ「察してほしい」

2022-11-27 14:36:31 | 日記
馬頭
歌詠むと思へる人の、やがて歌にまつはれ、おかしき故事(ふるごと)をも、はじめより取りこみつつ、
すさまじきおりおり、詠みかけたるこそ、ものしきことなれ。
返しせねば情なし、えせざらむ人ははしたなからん。

さるべき節会など、五月の節に急ぎ参る朝(あした)、何のあやめも思ひしづめられぬに、えならぬ根を引きかけ、九日の宴にまづ難き詩の心を思ひめぐらし暇なきおりに、
菊の露をかこち寄せなどやうの、つきなき営みにあはせ、さならでも、おのづから、げに、後に思へば、
おかしくもあはれにもあべかりけることの、そのおりにつきなく目にとまらぬなどを、推しはからず詠み出でたる、なかなか心おくれて見ゆ。

★まつはれ
てらわれて、こだわって

★すさまじきおりおり
歌の詠む気も起こらない時々

★ものしきこと
不快、うとましい

★節会
朝廷の宴会

★五月の節
五月五日の端午の節句

★あやめ
菖蒲
端午の節句には菖蒲を軒にさす
また、菖蒲の根合わせ遊びをする
だから、菖蒲に関する歌が詠まれた

★九日の宴
九月九日の宴
詩をつくる行事がある

★菊の露
女がは菊の綿に、菊の露を含ませ、顔のシワをふき、不老のまじないとする。合わせて「嘆老の歌」を贈ったりする

■馬頭
自分はひとかどの歌詠みだと思っている人が、やがて歌にとらわれ、おもしろい故事を、歌の始めからコピペしたり、私が歌の気分ではないような時に、詠みかけてこられるのは、それは不愉快なものです。
返歌をしないと風情なしと思われ、
ばつの悪い思いをします。

しかるべき節会には歌を詠まねばならないが、例えば五月の節会に急ぐ朝など、何の歌の文も落ち着いて考えられず、思い浮かばないときに、菖蒲の根にかけた歌を私に詠みかける人や、
九月の宴のため、私が難しい歌を創ることに心を集中させ、忙しいときに、「菊の露」に託した嘆く歌を詠みかけてくる人など、
私には大切な仕事があるというのに、それとは不相応で厄介なめに私をあわせます。

なにも私が忙しいときに歌を詠まずとも、私が後におちついた時に詠んでくれたなら、「なるほど、情趣が深い」と思われるはずが、その折りに合わないから、私の心にとまらないという事情など察しもせずに、歌を詠みだすのは、気のきかないように思います。

もののあはれ・源氏物語・女性論まとめ「才知より、常識と柔らかさ」

2022-11-27 13:37:32 | 日記
〈馬頭〉
すべて男も女も、わろ者は、わづかに知れる方のことを、残りなく見せ尽くさむと、思へるこそ、いとほしけれ。

三史、五経、道道しき方を明らかに悟り明かさんこそ、愛敬なからめ、などかは女といはんからに、世にあることのおほやけわたくしにつけて、むげに知らずいたらずしもあらむ。

わざと習ひまねばねど、
すこしもかどあらむ人の、
耳にも目にもとまること、
自然に多かるべし。
さるままには、真名を走り書きて、
さるまじきどちの女文に、
なかば過ぎて書きすくめたる、
あなうたて、この人のたおやかならましかば、と見えたり。

心地にはさしも思はざらめど、
おのづからこはごはしき声に読みなされなどしつつ、ことさらびたり。
上らふの中にも多かることぞかし。

★三史、五経
大学の標準教科

★愛敬
情豊かな優しい魅力

★かど
才気

★さるまじきどち
漢文でやりとりすべきではない

★すくめたる
固い感じ

★上らふ
上流

■総じて、男でも女でも、つまらん人は、ほんの少ししか知らないようなことを、ありったけ見せびらかそうと思っていますが、それは気の毒な人だと思います。

女が三史、五経という本格的な学問をはっきり会得することは、かわいげがないが、いくら女だからといって、世間の公・私の出来事に関して、全然知らなくても、済むものでしょうか?

わざわざ学習しなくても、少しでも才気のある人ならば、耳に入り、目にとまることが自然と多くあるだろう。
しかし、そのように見聞きした知識にまかせて、漢字を走り書きし、漢文でやりとりすべきではない女同士の手紙にも、半分以上も漢文を書きつらね固い感じの手紙にするのは、なんとも嘆かわしい。この女がもっと柔らかだったらと、残念に思います。

書いた本人は、そうは思っていないでしょうが、漢文の多い手紙を受け取った側では、自然と堅苦しい声で読まれるようになり、なにかわざとらしいのです。
これは、身分の高い婦人の中にもよくあることです。





もののあはれ・源氏物語・賢い女「歪んだ嫉妬」

2022-11-27 12:46:47 | 日記
〈式部丞〉
さて、いと久しくまからざりしに
ものの便りに立ち寄りてはべれば
常のうちとけいたる方にははべらで
心やましき物越しにてなん会ひてはべる。

ふすぶるにやと、おこがましくも
またよきふしなりとも思ひたまふるに、
このさかし人、はた、かるがるしきもの怨じすべきにもあらず
世の道理を思ひ取りて、恨みざりけり。

声もはやりかにて言ふやう
「月ごろ風病重きにたへかねて
極熱の草薬を服して、いと臭きによりなん、え対面はらぬ。
目のあたりならずとも、さるべからん雑事らはうけたまはらむ」
と、いとあはれに、むべむべしく言ひはべり。
答(いら)へに何とかは。
ただ「うけたまはりぬ」とて、
立ち出ではべるに、さいざうしくやおぼえけん「この香失せなん時に立ち寄りたまへ」と高やかに言ふを、聞きすぐさむもいとほし、
しばし休らふべきにはたはべらねば
げにそのにほひさへはなやかに立ち添へるも、すべなくて、逃げ目を使ひて、

式部丞
「【ささがにの、ふるまひしるき、夕暮れに、ひるますぐせと、言ふがあやなさ】
いかなることつけぞや」

と、言ひもはてず、走り出ではべりぬるに、追ひて

女【あふことの、夜をし隔てぬ、仲ならば、ひるまも何か、まばゆからまし】

さすがに口とくなどははべりき

と、しづしづと申せば、君達、あさましと思ひて、「そらごと」とて笑ひたまふ。
「いづこのさる女かあるべき。
おいらかに鬼とこそ向ひいたらめ。むくつけきこと」
と、つまはじきをして、言はむ方なしと、式部をあはめ憎みて
「すこしよろしからむことを申せ」
と、責めたまへど、

式部丞
「これよりめづらしき事はさぶらひなんや」とて、おり

★ふすぶる
くすぶる
すねる、焼きもちをやく

★よきふしなり
(縁を切るのに)よい機会だ

★風病
風邪
半身不随の神経症説もある

★極熱の草薬
にんにく

★いとあはれに
感心する(嫉妬せず病中でも用事を伺うという女を)

★高やかに
(さすがに男が恋しいので)男の背後から大声で呼びかける

★逃げ目
逃げ出す時の目つき
申し訳なさそうに、額を伏せて、額越しに横目で、相手の顔を窺う

★ささがにの、ふるまひしるき、夕暮れに、ひるますぐせと、言ふがあやなさ
わが背子が、来べき宵なり、ささがにの、蜘蛛のふるまひ、かねてしるしも(古今より)
「ささがに」はその形が蜘蛛に似て、蜘蛛の枕詞となり、蜘蛛の意味にも用いる
蜘蛛が糸をはると、親しい人が尋ねてくるという俗信があった

★いかなることづけ
口実
女が会わない口実に、ニンニクを持ち出したのを言う

★まばゆからまし
まぶしい+恥ずかしい

★さすがに口とくなどはべりき
歌はうまくないが、賢い女だけあって


■〈式部丞〉
さて、女の家には、すっかり御無沙汰しましたが、何かのついでに立ち寄ってみたところ、ふだんのくつろぐ部屋に女はおらず、私は女と暖簾を隔てて会ったのです。

焼きもちでも焼いているのかバカバカしい思い、また縁を切るのにもよい機会だと思いましたが、
この賢い女は、軽々しい焼きもちなど焼くはずもなく、世の男女の仲の道理もよく承知していて、そのような恨みごとなど言いませんでした。

女が声もせかせかと言うには
「この数ヶ月、風病が重いのに耐えかねて、極熱の草薬を服用し、ひどく臭いので会えません。
顔は見ずとも、しかるべき用事は承ります」
と、感心なことを論理的に言うのです。

これに私は何と答えましょう。
私は、ただ「はい、わかりました」
と言って立ち上がって部屋を出ようとしますと、女は私の対応に物足りなく思ったのか、「この臭いがなくなったら、またお立ち寄りください」と背後で声高に言います。それをそのまま聞き捨てるのは気の毒なものの、しばらく休んでいくわけにもいかず、それに草薬(ニンニク)の臭いがはでに鼻をつくのもやりきれず、逃げる目で
「【ささがにの、ふるまひしるき、夕暮に、ひるますぐせと
言ふがあやなさ】
いかなることつけぞや」
「【ササガニに似た蜘蛛が糸を張って、親しい私が来る前兆のある夕暮れに、ニンニクの臭いが消えるまで待てというのは筋が通りません】
会わない口実にニンニクを持ち出したんだろ」

と、言い終わらずに逃げ出したところ、女は後を追って
【あふことの、夜をし隔てぬ仲ならば、ひるまも何か、まばゆからまし】
「夜毎会っている仲でしたら、昼間だって、どうして恥ずかしいことがありましょう。ニンニクの臭いがする時だって、恥ずかしがりはしないでしょう!👹」

と、さすがに賢い女、即座に返しの歌を詠みました。
、、
と、式部丞は話し終わると、君達はあきれて
「作り事だ」
「どこにそんな女がいるものか。おとなしく鬼とでも向かいあっている方がましだ。気味の悪い話だ」
などと式部丞をつまはじきにしたり、たしなめたり、憎らしがったりし「少しはましなことを申し上げろ」と責めたが、式部丞は
「これ以上に珍しいことがございましょうか」とすわっている




もののあはれ・源氏物語・賢い女「妻が師匠」

2022-11-27 10:25:59 | 日記
中将
「式部丞がところにぞ、気色あることはあらむ。すこしづつ語り申せ」
と責めらる。

式部丞
まだ文章生(もんじゃうのしやう)にはべりし時、かしこき女の例をなん見たまへし。
かの馬頭の申したまへるやうに、おほやけごとをも言ひあはせ、わたくしざまの世に住まふべき心おきてを思ひめぐらさむかたもいたり深く、才の際、なまなまの博士恥づかしく、すべて口あかすべくなんはべらざりし。

それは、ある博士のもとに、学問などしはべるとて、まかり通ひしほどに、あるじのむすめども多かりと聞きたまへて、はかなきついでに言ひよりてはべりしを、親聞きつけて、盃もて出でて、わが両(ふた)つの途歌ふを聴けとなん、
聞こえごちはべりしかど、
おさおさうちとけてもまからず、
かの親の心を憚りて、さすがにかかづらひはべりしほどに、いとあはれに思ひ後見(うしろみ)、
寝覚めの語らひにも、身の才つき、
おほやけに仕うまつるべき道道しきことを教へて、いときよげに、消息文にも仮名といふもの書きまぜず、
むべむべしく言ひまはしはべるに、
おのづからえまかり絶えで、
その者を師としてなん、
わづかなる腰折文(こしおれぶみ)作ることなど習ひはべりしかば、
今にその恩は忘れはべらねど、
なつかしき妻子とうち頼まむには、
無才の人、なまわろならむふるまひなど見えむに、恥づかしくなん見えはべりし。

まいて、君達(きむだち)の御ため
はかばかしくしたたかなる御後見は
何にかせさせたまはん
はかなし、口惜しと、かつ見つつも
ただわが心につき、宿世の引く方はべるめれば、男しもなん、仔細なきものははべるめる

★気色
一風変わった面白いこと

★文章生
学制では、大学の教官として
博士→1人
助教→2人
音博士・書博士・算博士→各2人
学生定員→400人
〈平安時代では、諸学科中、文章道が最も重んぜられた〉

★才の際
学問の程度

★学問
漢詩文を学ぶこと。和文学は学問の対象としていない

★わが両(ふた)つの途
白楽天「秦中吟」十首の一節
『自分は貧しいが、娘は良い妻になろう。可愛がってほしい』
という趣旨の歌

★道道しきこと
正統で大切な知識・教養
漢字をいうことが多い

★いときよげに
感覚的に清潔な美しさ
精神的なことには使わない

★仮名といふもの
軽蔑的語調があり、女はカナで手紙を書き、男は漢字ばかりの消息文を書くのが一般的

★むべむべしく
文面が漢文で理屈ばっている

★腰折文
下手な漢文

★君達(きむだち)
権門の子
学問できずとも出世できるから、こんな妻を考慮する必要はない


■中将「式部丞のところにこそ、一風変わった面白い話があろう。少しずつ話してみよ」

〈式部丞の体験談〉
まだ私が文章生だったとき、賢い女の例を見ました。
公事の相談相手となってくれ、私生活での世渡りの心がけも造詣が深く、学才の程度は生半可な博士が顔負けするほどで、万事につけて、人に口を出させる隙もない程でした。

出逢いは、ある博士の所に、学問などしようと通っていた時のことです。
主人には娘たちがたくさんいると聞いて、ちょっとした機会に言い寄ったのですが、親が聞きつけて、盃を持って来て「私が『二つの道(娘を可愛がってほしいという趣旨の歌)』を歌うから、聞け」と、その歌を私に言って聞かせました。

ですが、うちとけた気持ちにもならず、親の気持ちに気兼ねして、なんとなく関わりを持っていましたところ、女はたいへん情を込めて世話してくれて、寝覚めの語らいからも知識が身につき、役所勤めに必要な学問も教えてくれて、美しい筆跡で、消息文にはカナを交えず漢字だけで、もっともらしい言いまわしを書きます。
そんな具合だから、自然と私は女と切れることもできずに、その女を師匠として、どうにか下手な漢文をつくることを習いましたから、今もその恩は忘れません。
しかし、女を親しみの持てる妻として頼りたいけれど、無才な私だから、みっともない振る舞いを見られでもした場合、恥ずかしく感じます

若殿様方には、このような賢くてしっかり者の妻は、何の役に立ちましょう。つまらない、くやしいと思いながらも、私の心はその女としっくりといって、宿縁に引かれて離れられないこともあるらしいから、男というものは、まったくたわいない生き物です。

つづく