(左馬頭)
「なり上れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人の思へることも
さは言へどなほことなり
また、もとはやむごとなき筋なれど、世に経(ふ)るたづき少なく
時世(ときよ)にうつろひて
おぼえ衰えぬれば
心は心として事足らず
わろびたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて
中の品にぞおくべき
受領といひて、人の国のことに
かかづらひ営みて、品定まりたる中にも、また、きざみきざみありて
中の品のけしうはあらぬ選り出でつべきころほひなり
なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざしいやしからぬ
やすらかに身をもてなしふるまひたる、いと、かわらかなりや
家の内に足らぬことなど、はたなかめるままに、省かずまばゆきまでもてかしづけるむすめなどの
おとしめがたく生ひ出づるもまたあるべし
宮仕に出で立ちて
思ひがけぬ幸ひ取り出づる例ども多かりかし」
など言へば
光源氏
「すべて、にぎははしきによるべきなむなり」とて笑ひたまふを
中将
「他人の言はむやうに心得ず仰せらる」と中将憎む
★筋
血統
★たづき
手づき→手続き
★うつろひて
勢力が衰えて
★わろびたる
あまりよいとはいえなくなる
★受領
任じられた国に赴任して実務をとる国守
実際に任国に赴任しない国守に対する
★人の国
京都の人から見たよその国、地方
★けしうはあらぬ
たいして悪くない
まんざらでもない
★いと、かわらかなり
さっぱりしている
★幸ひ取り出づる
良縁を得る
★にぎははしき
豊である
★なむなり
(あなたの話によると)、、らしい
伝聞
★笑ひたまふ
余裕を持ってからかったもの
★他人の言はむやうに
ほかの人が言いそうなふうに
■(左馬頭)
「成り上がりはしても、もともとそれにふさわしい家筋でない人に対する世人の思惑は、それにふさわしい家筋の人とは何といっても違います
また、もともと貴い家筋であっても、世渡りをする術もほとんど知らず、時勢に流されて勢力が衰えてしまうと、貴意は貴意として保つだけでは経済的にはことたらず、体裁の悪いことがいろいろ出てくるものです
それぞれを判定すると、それぞれは中流家庭に属させるべきです
受領といって地方のことに関わってあくせく働いて、その程度の身分と決まっている中にも段階がいくつも段階があり、この中流階級の中でも、悪くない者を選びだすことができそうな時勢です
生半可な上達部よりも、非参議の連中で、世間の評判も悪くなく、元の家筋も卑しくない者が、安楽な暮らしをしているのは、まことにさばさばしたかんじです
家に不足なことは何一つなく、費用をかけてまぶしい程大切に育てられた娘などは、ケチのつけようがないほどに立派に成長するものも多いでしょう
そういう娘が、宮仕えに出て
思いがけない良縁を得る例も多いです」
と言うので光源氏は
左馬頭の言ったことを理解しながらも、「何もかもたくさんあって豊かであるのがいいんだね」と言って笑ってからかうと
中将は「あなたにも似合わぬ、他人事のように言うんだな」と憎らしがる