さりとも絶えて思ひ放つやうはあらじと思うたまへて、とかく言ひはべりしを、背きもせず、尋ねまどはさむとも隠れ忍びず、かかやかしからず答(いら)へつつ、
ただ「ありしながらはえなん見過ぐすまじき。あらためてのどかに思ひならばなんあひ見るべき」など言ひしを、さりともえ思ひ離れじと思ひたまへしかば、しばし懲らさむの心にて、「しかあらためむ」とも言はず、いたくつなびきて見せしあひだに、いといたく思ひ嘆きて、はかなくなりはべりにしかば、
戯れにくくなむおぼえはべりし
ひとへにうち頼みたらむ方は
さばかりにてありぬべくなん思ひたまへ出でらるる
はかなきあだ事をも、まことの大事をも、言ひあはせたるにかひなからず、龍田姫と言はむにもつきなからず、織女(たなばた)の手にも劣るまじく、その方も具して、うるさくなんはべりし」とて、いとあはれと思ひ出でたり
中将
「その織女の裁ち縫ふ方をのどめて、長き契りにぞとあえまし。
げにその龍田姫の錦にはまたしくものあらじ
はかなき花、紅葉といふも、おりふしの色あひつきなくはかばかしからぬは、露のはえなく消えぬるわざなり。
さあるによりかたき世とは定めかねたるぞや」
と言ひはやしたまふ
★とかく
(仲直りできるものと思って)あれこれと
★尋ねまどはさむ
うろうろと捜しまわらせようとも
★かかやかしからず
相手に恥をかかせないように
かかやく→真っ赤になる=恥ずかしい思いをする
★ありしながらはえなん
あなたが、今までのままでの心根では
↓
以下見過すぐまじき、まで女側の言葉
★つなびきて
意地を張り合う
★龍田姫
奈良の平城京の東に佐保山、西に龍田山があり、これを春秋に配する
龍田山は紅葉の名勝で、龍田姫はその女神であり秋の神、また染色の神
(指喰い女は染色に優れていた)
★織女(たなばた)
七夕の織姫で裁縫の神
★うるさく
巧み
★のどめて
ゆるやかにする
(裁縫の腕は控えめにして)
★あえまし
あやかる
(織姫、彦星は年に一度しか会えないが、年に一度永久に会い続ける、ことを、あやかりたい)
★龍田姫の錦
「龍田川、紅葉乱れて、流るめり、渡らば錦、中や絶えなむ」(古今・読人しらず)
紅葉を錦と見る
↓
龍田姫の錦は、指喰い女の特殊技術をあげている
↓
女の男への尽くし方を表現
★花紅葉
龍田姫の錦から、紅葉のつながりで、花紅葉(春の桜)が出る
★つきなくば
ふさわしくない
★露のはえなく
露ははなやかに引き立つことはない
★消えぬる
露の縁語
★さあるにより
(指喰い女も、美点を持ちながら
折節に適応できず死んでしまった)
そういうことだから
★言ひはやしたる
相手の話しに拍車をかける
話を映えるようにする
■ところが、
まさかこれきり私に見切りをつけることもあるまいとたかをくくりまして、何かと言ってやりましたが
嫌だと言うのでもなく
姿を隠して私を捜させることもなく
私に恥をかかせぬ程度に返事はしながら、、ただ
「今まで通りのあなたの心根では、とても辛坊できません。あらためて落ち着いてくれたなら、一緒に暮らしましょう」
はどと言ってきました
けれど、そうは言っても、女が私から離れることはあるまいと私は思い、しばらくは女を懲らしめようと「あなたが言うとおり心を改めよう」とは言わずに、ひどく意地を張って見せた、その間に、、
女はひどく悲しんで、亡くなってしまった、、
なので、「冗談もほどほどにしないと」という気になりました
「ひたすらに頼りとする、生涯の本妻ということならば、あの程度で十分だった」と、今でも思い出されてなりません
ちょっとした事でも、本当に重大な事でも、女に相談すれば、しただけの甲斐があり、
染色の腕は染色の神「龍田姫」と言っても不似合いではなく、裁縫も裁縫の神「織女」の手にも劣らない程で、
そういう方面の技量も備えて、立派な女でした、、、
と言って馬頭は、本当にかわいそうなことをしたと、しみじみ思い浮かべていた
中将
「その織姫の裁縫の腕は二の次にして、彦星との夫婦仲の末永い縁にあやかりたいものだ。
実際『竜田姫の錦』『秋の紅葉』、つまりそのような『女の男への尽くし方』は期待できまい。
紅葉ではなく、春の桜といったものは、その時々の色合いが廻りと調和せず、はっきりしないものは、見映えもせずその美しさも露となり消えてしまうものです。
女も同様で、指喰いの女も美点を持ちながら時節に対応できず死んでしまった。そんなわけですから人生の物事は難しく、誰もが自分の本妻を決めかねているのですよ」
と話を弾ませた