昨日、最高裁判決で認知症患者が起こした事故の賠償責任が家族にあるかどうかという訴訟の判決がありました。
JR東海と認知症患者の家族の間での争いでしたが、第1審では長男と妻の両者に「監督義務」があったとしてJR東海が勝訴し、第2審では、長男が20年以上も同居していなかったとの理由で妻のみが賠償責任を負うという判決となり、最高裁では妻が85歳という高齢で終始「監督」していることには無理があるとして、妻も賠償責任を負わないという判決になりました。
『最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)は、「監督が容易な場合は賠償責任を負うケースがあるが、今回は困難だった」として家族に責任はないと判断、JR東海の賠償請求を棄却した。』(紙面より)
ということで、今回のケースでは家族に賠償責任がないという結論が出ました。
じいちゃんの母方の祖母が認知症で徘徊を繰り返し、叔父が探し回って見つけたという話しをよく聞きました。
足腰は達者で認知症という話はよく聞く社会問題です。
自宅介護の際に家族が目を少し離した隙に、どっかへ出ていってしまう…。
家族にとって、これほど大変なことはありません。
認知症患者が何を考えて「徘徊行動」するのか、じいちゃんには分りませんが、本人には多分明確な目的があるんでしょう。
今回の訴訟の事故があったのは、我が家から車で15分くらいの所にあるJR東海道本線の共和駅で、近隣ということもあり、また祖母が徘徊をしていたこともあって判決を重視していました。
母親も亡くなる数年前から「認知症」と診断され、グループホームで暮らしていた死去の2年ほど前からは、じいちゃんが面会に行っても「来てくれてありがとう。誰だった?」と息子の顔もよく分らない状態でした。
そのグループホームでは、入所者が勝手に出ていかないように各階に鉄でできた重い扉があり、エレベーターは緊急の場合しか使えないようになっていました。
天気の良い日には、介護してくれる人が何人もついて散歩してたようです。
90歳近くなっても、頭も体も調子のよいばあちゃんの母親は幸せです。
毎日夕方ばあちゃんとayameちゃんが保育園帰りに様子を見に行ってるようですが、すこぶる元気です。
元気なまま天寿を全うできれば、そんな幸せなことはないんですが…。
じいちゃんもできれば最後まで「認知症」を患わず、死の床でayameちゃんの「じ~じ、死なないでぇ~」という声を聞きながら天国(地獄?)に召されたいと思います。
JR東海と認知症患者の家族の間での争いでしたが、第1審では長男と妻の両者に「監督義務」があったとしてJR東海が勝訴し、第2審では、長男が20年以上も同居していなかったとの理由で妻のみが賠償責任を負うという判決となり、最高裁では妻が85歳という高齢で終始「監督」していることには無理があるとして、妻も賠償責任を負わないという判決になりました。
『最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)は、「監督が容易な場合は賠償責任を負うケースがあるが、今回は困難だった」として家族に責任はないと判断、JR東海の賠償請求を棄却した。』(紙面より)
ということで、今回のケースでは家族に賠償責任がないという結論が出ました。
じいちゃんの母方の祖母が認知症で徘徊を繰り返し、叔父が探し回って見つけたという話しをよく聞きました。
足腰は達者で認知症という話はよく聞く社会問題です。
自宅介護の際に家族が目を少し離した隙に、どっかへ出ていってしまう…。
家族にとって、これほど大変なことはありません。
認知症患者が何を考えて「徘徊行動」するのか、じいちゃんには分りませんが、本人には多分明確な目的があるんでしょう。
今回の訴訟の事故があったのは、我が家から車で15分くらいの所にあるJR東海道本線の共和駅で、近隣ということもあり、また祖母が徘徊をしていたこともあって判決を重視していました。
母親も亡くなる数年前から「認知症」と診断され、グループホームで暮らしていた死去の2年ほど前からは、じいちゃんが面会に行っても「来てくれてありがとう。誰だった?」と息子の顔もよく分らない状態でした。
そのグループホームでは、入所者が勝手に出ていかないように各階に鉄でできた重い扉があり、エレベーターは緊急の場合しか使えないようになっていました。
天気の良い日には、介護してくれる人が何人もついて散歩してたようです。
90歳近くなっても、頭も体も調子のよいばあちゃんの母親は幸せです。
毎日夕方ばあちゃんとayameちゃんが保育園帰りに様子を見に行ってるようですが、すこぶる元気です。
元気なまま天寿を全うできれば、そんな幸せなことはないんですが…。
じいちゃんもできれば最後まで「認知症」を患わず、死の床でayameちゃんの「じ~じ、死なないでぇ~」という声を聞きながら天国(地獄?)に召されたいと思います。