はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 四章 その3 悲劇のはじまり

2024年01月28日 09時59分47秒 | 英華伝 地這う龍





秋だというのに太陽はカンカンと照り続けた。
日差しを照り返す大地のうえで、乏しい水と食料を分け合いながら、必死に劉備一行は江陵《こうりょう》へ向かっていた。
趙雲は、陳到とともに劉備たち一族を守っている。
趙雲のそばには、小さめの馬に乗った張著《ちょうちょ》がいて、少年ながら、周りの様子に気を配っていた。
孔明が去ってから三日。
さすがに、まだ戻ってくる気配はない。
江夏までの旅程、それから交渉に使う時間、戻ってくるまでの旅程。
それらを計算しても、果たして孔明は間に合うのか。
曹操が襄陽《じょうよう》でぐずぐずしているのを祈るばかりである。


「子龍さま、あの男がいます」
張著がとつぜん群衆のなかの一点を指さした。
見れば、いつかの夜、迷子をめぐって口論になった大男である。
かれは一人ではなく、背中に、どこから拾ってきたのかと、さすがの趙雲も首をひねりたくなるほど汚れた老婆を背負っていた。
「おい、おまえ、背負っているのはおまえの母御か」
趙雲が馬を近づけると、大男は背中の老婆を背負いなおしてから、答えた。
「ちがうよ。さっき、膝が痛くてもう歩けないと言っていたので、助けたのだ」
老婆は歯のない口で、小さくもごもごと、
「ありがたい、ありがたい」
と言っていた。


趙雲は、あらためて太陽の下で大男を観察した。
眉の濃い、顎《あご》のしっかりとした大男である。
何より、双眸の輝きのつよさは、どこか孔明と共通するものがあった。


『悪い男ではなさそうだが』
しかし、なにか引っかかる。
「名を聞きそびれていたな、なんという名だ」
「なんだっていいじゃないか。それよりあんたは劉豫洲の主騎の趙子龍と言ったな」
「そうだ」
「じゃあ、臥竜先生の主騎でもあるはずだな」
「よく知っているな」


驚きとともに、警戒心がはたらきはじめた。
趙雲が劉備の主騎であることは周知の事実だが、孔明の主騎も兼ねていることを知っている人間は数少ない。
庶民が知っている情報ではないのだ。
趙雲は男の帯を見た。
飾りも何もない帯には、小ぶりの剣があるだけ。
連れがいる様子もなく、ここ数日の旅で砂ぼこりをたっぷり浴びたせいか、全体に白くなっていた。
頑丈なのだろう、老婆を背負っても、足取りが揺らいでいるようすはない。
『曹操の細作《さいさく》? いや、それにしては目立ちすぎるな』
何者なのか。
陳到を呼んで、調べさせようと考えた、そのときだった。


甲高い金属音のつらなりが、大地の彼方から聞こえてくる。
それが敵襲を知らせる銅鑼の音だと気づくまで、すこし時間がかかった。
群衆の行列の後方から、砂埃《すなぼこり》が立っているのが見える。
わあわあと悲鳴をあげながら大地に四散する民衆のあわれな姿がはっきりわかった。
そして、その群衆の奥のほうから、騎兵がどんどん迫ってきている。
曹操軍がとうとう追いついてしまったのだ。


「来たかっ」
趙雲はひとこと叫ぶなり、すぐに陳到のほうを向いた。
「叔至、おまえはわが君をお守りせよ! おれは奥方様がたの馬車を守るっ」
陳到は察しのいいところを見せてすぐにうなずいて、行列の先頭にいる劉備に、急を知らせに向かった。
「張著」
従者の名を呼ぶと、恐怖でからだをこわばらせていたらしい張著は、びくりと肩を跳ねさせた。
「おまえも叔至のところへ行き、わが君とともに安全な場所へ行け」
「そんな! わたしは子龍さまの従者です。子龍さまとともにおります!」
「いや、おまえはまだ子供だ。先がある身で、おれと運命を共にすることはない。わかるな?」
「わかりませぬ」
目に涙を浮かべて自分を見上げる張著のまっすぐな目を、じっと見返して、趙雲は言い含めた。
「わかってくれ。よいか、もっと言うぞ。おまえはまだ半人前で、戦場で過ごした経験もない。
おまえは自分で自分を守り切れるか? まだ無理であろう。
おれと一緒にいてくれるという申し出はありがたいが、あの大軍を前に、おれは、おれと奥方様しか守り切れぬ」
「でも」


言いつのろうとする張著に、趙雲は否定の意味を込めて首を振った。
「おれについてきてはだめだ。おまえが死ぬのはつらいし、軍師も悲しむ。
せっかく壺中《こちゅう》から救われて、ここで死ぬのか? いやであろう」
「それは……」
「早く叔至のあとを追え。そしてなんとしても生き残れ」
「子龍さまも生き残ってくださいますか」
べそをかきながら尋ねてくる張著に、趙雲は安心させるように、破顔して答えた。
「もちろんだ、おれはきっと生き残る。大切なものを、誰も死なせはせん。
わかったら、行け」
張著は、こくりと小さくうなずいて、陳到のあとを追って南へ向かった。
途中、なんども足を止めては振り返って来たので、そのたびに趙雲は、早くいくようにと手ぶりで示さなくてはならなかった。


そのあいだにも、曹操軍は迫ってきていた。
遅れていた民衆は、つぎつぎと曹操軍の刃の餌食になってしまっている。
その悲鳴と怒号と、それから容赦のない馬の足音と、一方的な殺戮の音。
それらがどんどん近づいてきている。
ふと趙雲が見ると、例の大男は、背中に老婆を背負ったまま、ものすごい勢いで南のほうへ駆け去っていた。
『旅慣れているのか……足腰の丈夫な奴』
感心しつつ、趙雲は甘夫人《かんふじん》と麋夫人《びふじん》の馬車のほうへと向かう。
幌をかきわけて、すぐに甘夫人が顔を出してきた。
「子龍、曹操軍ですか」
「はい。ですが、ご心配なきよう。この子龍が身命を賭してみなさまをお守り致します」
「それはうれしいけれど、殿はご無事でしょうか」
「叔至が、わが君に随行しております」


答えつつ、趙雲は孔明の書いてくれた江陵までの地図を頭に思い浮かべた。
たしか、このむこうには、長くつづく坂のさきに橋があったはずだ。
長阪橋、といった。
曹操軍を食い止めつつ、対岸へ逃げ、さらには橋を落とせば、なんとか曹操の勢いを削げるかもしれない。


「われらもこの先にあります、長阪橋へ向かいましょう。
しばらく揺れますが、勘弁してくだされ」
甘夫人はちいさく、はいと返事をした。
気の小さいところのある麋夫人は、曹操がやってきたことに怖じて、馬車の奥で身を縮ませているようだ。
阿斗はというと、この騒ぎの中でも動じず、甘夫人の腕の中でおだやかに抱かれている。
『なんとしても、奥方様方と若君をお守りするぞ』
心に誓い、趙雲は馬車と並行して南へ向かった。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!
とうとう曹操軍が追い付いてしまいました……!
長坂の戦い、はじまりでございます。
ちょっとアレンジを加えて書いたこのエピソード。
どうぞご注目くださいませ。

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