空の道を散歩

私の「仏道をならふ」の記

モクちゃんのこと

2010-11-05 22:26:44 | 日記・エッセイ・コラム

 このブログの管理人のニックネーム、モクちゃんは、以前飼っていた猫の名前である。16年近く共に暮らして、2001年5月に死んでしまった。

 この年は、周りでいろんなことが立て続けに起こって(9.11のテロもこの年だった)、モクちゃんの死を十分悲しむ暇もなかった。

 そのせいか、時折、モクちゃんのことを思い出して、涙ぐむことがある。

 ペットロス症候群という言葉があることを知った時、「ペットを失ったぐらいで、大げさな」と思ったが、自分に起こってみて、納得した。

 モクちゃんは、命というものについて、いろいろ教えてくれた猫である。

 1985年8月12日に、日航機が御巣鷹山に墜落した。その飛行機には、親友のお父さんが乗っていて、最後まで遺体が確認できなかった。

 あくる日の13日、自宅のアパートの近くで、子猫の鳴き声がした。駆け寄ってみると、弱り切った子猫が、まるでおはぎのように転がっていた。炎天下で、もう少し発見が遅れたら死んでいただろう。

 私は猫を飼ったことがない。捨て猫に遭遇しても、目をつぶって通り過ぎてきた。

 思わず拾ったのは、日航機事故で、「命というものは、ながらえることの方が奇跡で、本来、簡単に壊れてしまうものなんだ」ということが分かったからだ。

 アパートはペット禁止だから、こっそりと飼った。

 血まみれ、ウンコまみれ、蚤まみれだった。ぬるま湯で洗ったら、ぐったりしたので途中でやめた。おかげで、それから長い間、蚤に悩まされた。

 ミルクを飲ませるのにも苦労した。お皿からも、スポイドからも飲まない。海綿に浸すと、突起状になったところが、お母さんのおっぱいと同じ大きさだったせいか、飲んでくれた。

 子猫と、ミルクを浸した海綿の小皿を、箱の中に入れて、仕事に出かけた。帰ってきたときには、ミルクは腐っていた。

 よく育ってくれたと思う。拾って数日後、4階のベランダから落ちた。運び込んだ犬猫病院で、この子は生まれつき片方の腎臓が働いていないみたいだから、育たないかもしれない、と言われた。

 モクという名は、私の好きな椋の木からつけた。育たないかもしれないが、もし、命が助かったら、椋の木のように、空に大きく枝を伸ばして生きろ、という願いを込めた。

 途中で、ムクというのは犬みたいだから、別名のモクに変えた。拾った時には、椋の実と同様、チャコールグレイだったが、だんだん黒くなって、見事な黒猫になった。

 何度も病気をして、何度も医者に掛かり、そのたびに病気に打ち勝って、16年ちかくも生きた。猫としては長生きである。

 死ぬときは、私の腕の中で死んだ。私をじっと見つめて、一息、苦しそうに大きく息をして、死んだ。

 死んだ瞬間、腕に感じていた重さが無くなった。命には重さがあるんだ、それとも、魂の重さなのかな。

 モクちゃんが死んだときのことを思い出すと、今でも涙があふれる。