今日は、母がデイサービスに行き、ヘルパーさんが父をお風呂に入れてくれる日だ。
なのに、母は出かけるのを嫌がり、父は、電子辞書が壊れたから電気店に行って買い替えると、私が止めるのも聞かずにタクシーを呼んで出かけた。
両親の気分に振り回されることには、だいぶ慣れてきたつもりでいたが、久しぶりに切れた。2階に上がったきり、しばらくラジオを聴いていた。
ヘルパーさんが帰る頃、階下に降りると、父は昼寝、母は居間で居眠りをしていた。
今日来てくれたヘルパーのUさんは、老人ホームでも、動けなくなったお年寄りの世話をしているという。
「このお仕事は大変ですね」と言うと、「皆さん、そう言われるんですが、私はこの仕事が好きなので。おむつ交換なんかは大変ですけれど、一人一人のお年寄りと向き合っている時間が、私にはとても安らかな時間なんです」と言われた。
「でも、ほとんど動けないお年寄りなんでしょう」
「目の動きで分かりますから」
私は、ついさっき、父のわがままに切れてしまった自分を恥じた。
安らかな時間。
そんなことは考えもしなかった。
その日、やるべきことで頭をいっぱいにして、予定通りにいかないと、それだけでストレスを感じてしまう私。
Uさんは、動けなくなったお年寄りの時間に合わせて、相手をしているのだ。
安らかな時間とは、お年寄りの中を流れている時間だ。
それは、まさに、自分の都合に合わせて物事を見ることをやめて、利他、慈悲の心で行動せよという仏教の教えそのものだ。
Uさんは、お年寄りと安らかな時間を過ごすことで、自分も安らかになると言われた。
これも、自己を捨てれば、苦もなくなる、という、仏教の教えそのものだ。
Uさんと話しているうちに、私も、いらだった心が穏やかになった。
Uさんは、ほんとうに、いいお仕事をされている、と思った。