空の道を散歩

私の「仏道をならふ」の記

東大寺での1日

2010-11-09 00:16:21 | 日記・エッセイ・コラム

 心配だった朝からの雨も上がって、東大寺でのダライ・ラマ法王の講演会は無事終わった。

 法王さまの声の調子はまだ回復していなかったけれども、仏教の縁起の法に基づいた世界平和の構築に向けて、暴力ではなく対話で、愛情と慈悲の心で努力すること、それ以外に解決方法はないのです、と訴えられた。

 相手が対話を拒んだらどうしたらよいかとの質問にも、どんなに時間がかかっても、1歩でも前進するために、努力を続けることです、と答えられた。

 これは、チベット支配を続ける中国との交渉の過程で、法王さまが確信されたことだと思う。

 世界の人々に向かって、心の平安と、平和について話をされる法王さまのお姿に接するとき、私はいつも、祖国チベットの人々に思いをはせる法王さまの胸の内を想像してしまう。

 以前、日本の学生に「今までで、一番つらかったことは何ですか」と問われて、「ヒマラヤを越えてインドに逃れたとき、国境まで私を守ってきた人々を見送らねばならなかったときです。彼らがどうなるのか、私は知っていたから」と答えられたことがある。

 ダライ・ラマ法王はチベットに足を踏み入れることができず、苦しんでいるチベットの人々に直接、声をかけることもできない。

 世界の人々に向けた平和へのメッセージは、チベットの人々への、強いメッセージでもあるのだと思う。

 私たちは、ダライ・ラマ法王のメッセージを深く受け止め、中国に対しても、ただただ非難するのではなく、中国が対話の席に出てくるように、知恵を出し、努力を続けることが大切なのではないかと思う。

 会場となった大仏殿後堂広場は、大仏殿の北側にあたる。法王さまは毘盧遮那仏と背中合わせでお話をされたことになる。

 周りは、紅葉し始めた木々が美しく、小鳥たちが盛んにさえずっていた。静かな空間だった。

 雨模様だった空も、法王さまが現れると、雲間から太陽が顔を出した。

 隣に座った女性と、講演会が始まるまでの長い時間、いろいろな話をした。

 興味を持つことがらが合致して、両親を介護している合間に出かけてきたことも同じだった。

 帰りに、喫茶店でコーヒーを飲んで、また、いろいろな話をした。

 こういうご縁もあった1日だった。