人を殺めるには何かしらの動機があるはずだと言うのを既成概念だと考えてみたならば、理由があってもなくても他人の生命を奪う事は大きな罪と罰だが、事故でと、通り魔等は極論すれば同義ではないかともいえそうだ。勿論現行法では全く違う犯罪として位置づけられることは言うまでもない。だが殺人の動機を重視するのは現在の法律に当てはめるためではないかともいえる。その際の量刑判断の為に動機の有無を重視する訳だ。遺族にとってなぜどうしてと行き場のない怒りと悲しみにくれるのはすべからく同じである。
運転してはいけない持病があるのに運転して・・といったことが事故として片づけられてしまう。
安全確認を怠った気球の事故も、動機なき殺人ではないだろうか?
事件も事故と区別されてしまうが限りなく殺人に近い物が多いように思う。
それなのに量刑の基準が全く別物となる現行法を考え直すべきではないかと思う次第だ。
飲酒運転での事故は、何十年も前から飲酒による判断能力の低下など絶対にしてはいけないと言われ続けているが危険運転致死罪を作りながら実際に適用されるケースは希だ。殺人ではなく事故として裁かれるからいけないのではないか? 通り魔と同じで凶器がたまたま車だったという点をぜひ重視すべきではないか?両者は動機がない。
動機よりも重視しなければならないのは、死に至らしめた経緯であると思うのだが・・。
運転してはいけない持病があるのに運転して・・といったことが事故として片づけられてしまう。
安全確認を怠った気球の事故も、動機なき殺人ではないだろうか?
事件も事故と区別されてしまうが限りなく殺人に近い物が多いように思う。
それなのに量刑の基準が全く別物となる現行法を考え直すべきではないかと思う次第だ。
飲酒運転での事故は、何十年も前から飲酒による判断能力の低下など絶対にしてはいけないと言われ続けているが危険運転致死罪を作りながら実際に適用されるケースは希だ。殺人ではなく事故として裁かれるからいけないのではないか? 通り魔と同じで凶器がたまたま車だったという点をぜひ重視すべきではないか?両者は動機がない。
動機よりも重視しなければならないのは、死に至らしめた経緯であると思うのだが・・。