「碧鈴」 第16号 (昭和44年)「出されなかった手紙」 風来 武(かざき たけし)
「碧鈴」とはオレが学生時代、入っていた同人雑誌の名前。
そこでオレが書いたモノ。(読みやすいように改行した)
風来 武はオレのペンネーム。
今まで、分割したことはなかったけれど、今回は2回に分割します。
「出されなかった手紙」 その1
「私はいつも神様の国へ行こうとしながら、地獄の門を潜(くぐ)ってしまう人間だ。
ともかく、私は初めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、
神様の国へ行こうということも忘れたことのない甘ったるい人間だった。」
「私は海をだきしめていたい」 坂口 安吾
三度の愚を重ねることをお許し下さい。
どうしても言いたいことがあるのです。
前の手紙同様、無意味なことはわかりすぎる位、わかっているのです。
それなのに、また、手紙を書くことは、僕にとってこの上ない苦痛です。
でも、僕は無意味を重ねることによって、何かを生みたい、
と、言っては、言葉の遊びになってしまうかも知れませんが、
とにかく、前の手紙を無意味に終わらせたくないという願いが、僕をしてこの手紙を書かせるのです。
最初の手紙、僕はずいぶん乱暴に書きました。
酒を飲んでいたのです。
あなたの面影が脳裏から離れず、いたたまれず酒を飲んだのです。
しかし、あなたの面影はなかなか去らず、僕は自棄(やけ)になって飲みました。
(酒を飲むのはその時が最初でした。酒を飲むのは自棄酒からという僕の持論はこの時生まれたのです。)
そうして、僕はふと、ほんとうに、ふと、あなたと絶好しようと決心したのです。
あなたとはもう一年以上会っていなかったけれど、僕はその間、あなたを忘れた日は一度もなかった。
僕はあなたとの追憶だけを生き甲斐に生きていたのです。
僕はその感傷に終に耐えられなくなったのです。
その頃僕は、何だか自分が自分でないような不安な感じに追いまくられ、脱皮しなければならないと、
始終そればかり思っていました。
そして、僕はあなたと絶交することで、脱皮できると思ったのです。
その時もう絶好したも同然の状態だったけれど、僕は会いたいと思えば、いつでも会いに行ったでしょう。
そんなあいまいな気持ちを捨て去るために、絶交状を書く必要があったのです。
僕のまったくわがままな手紙で、僕はもう何を書いたか覚えていないけれど、
後で自分のあまりに無礼な気づき、許しの手紙を書いた。
それが二度目の手紙。
「許してください」という、たった一行の手紙だったけれど、それがあなたを誤解させたのかも知れない。
でも、僕はそうする以外どうしていいかわからなかったのです。
それは僕の精一杯の謝罪だったのです。
僕があなたと別れたのは必然の結果だったのだと思います。
あなたとの恋は、僕にとって禁断の恋だった。
僕は確かに過去、あなたを恋したけれど、今、あなたを恋しようとは思いません。
僕には過去のあなたが、十六のあなたがいればそれでいいのです。
では、なぜこのように三度も手紙をかいているのか、未練ではないのです。
決して未練ではありませぬ。
僕には僕の思想があるのです。
僕は一度知りあった二人が、何かのきっかけでその交わりにひびが入いり、絶好になるという、
そういうことが耐えられないのです。
僕はこの思想を実践するために、あなたとの過去のことは一切忘れ、かつての交際を復活したいと願う。
邪念はありません。
あなたに拒否されればそれまでです。
僕は人間のつながりの哀れに思いを深めるだけ、決してあなたを恨みも憎みもしません。
それは人間の避けられない宿命なのでしょうか。
僕はそう思いません。
僕は人間のめぐり逢いももっと大切にしなければならないと思うのです。
黄昏になりました。
僕のもっとも暗鬱になる時です。
あなたは純真無垢だった。
無邪気だった。
僕はどんなにあなたの無垢を羨望したことだろう。
僕はあなたの無垢について行けなかったのだ。
そこに僕たちの恋の破綻の原因があったのだと思う。
僕の理想の境地は「虚心坦懐」です。
それは純真無垢に似ているが、根本においてまったく違う。
あなたにはその違いが永久にわからないかも知れない。
色に喩えて言えば、白しか知らない人間が無垢であり、白も黒も知っていて、
白でいられる人間が虚心である。
僕は今、灰色の人間だ。
虚心を望みながら、無垢に憧れるという中途半端な立場にいる。
僕の迷いはすべてここに集結する。
僕の無垢への憧れは自分で嫌になるほど強いのだ。
そして、無垢の化身をしてあなたがいる。
僕は無垢への憧れを捨てきらなければ、
つまり、あなたを忘れなければ、
虚心坦懐の境地に達することはできないだろう。
あなたは今でもあの純真無垢さを失わないでいるだろうか。
そうあってほしいと思う。
また、そうあってほしくないとも思う。
純真無垢と虚心坦懐とどちらがいいか、僕にはわからないけれど、
僕は何と言っても、理屈ぬきに、虚心坦懐が好きなのだ。
論理がすこし支離滅裂になってきました。
酒を飲むのを控えるべきか。
いや、飲み足りないのだ。
もっと飲むべきだ。
お許しください。
この手紙も酒を飲みながら書いているのです。
大分酔いました。
虚心坦懐云々について、もう少し言いたい。
僕は寒山拾得のような破戒僧、いや無戒僧と言うべきかも知れません、になりたいのです。
僕が汚れた服を着、汚れた部屋に住んでいるのはこのためです。
なにものにも束縛されない絶対自由の境地。
それを虚心坦懐と言ったのです。
まだ言い足りない気がするけど、どんなに言葉を費やしても、無駄なことかも知れません。
これは男の世界なのですから。
もう、ずっと前のことだけれど、なにげなしにラジオを聞いていたら、
My sin was loving you という歌が流れた。
僕はかすかに痙攣し全神経をラジオに集中させた。
悲しい歌だった。
「私の罪はあなたを愛したこと、あなたを愛しすぎたこと、あなたを忘れてしまったこと。」
およそ、そんな意味の歌だった。
妙に心に残り、数日間、
「私の罪はあなたを愛したこと。」という淋しいつぶやきが、僕の心を離れなかった。
今でも時々、ふと思い出して淋しくなるのです。
続く
「碧鈴」とはオレが学生時代、入っていた同人雑誌の名前。
そこでオレが書いたモノ。(読みやすいように改行した)
風来 武はオレのペンネーム。
今まで、分割したことはなかったけれど、今回は2回に分割します。
「出されなかった手紙」 その1
「私はいつも神様の国へ行こうとしながら、地獄の門を潜(くぐ)ってしまう人間だ。
ともかく、私は初めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、
神様の国へ行こうということも忘れたことのない甘ったるい人間だった。」
「私は海をだきしめていたい」 坂口 安吾
三度の愚を重ねることをお許し下さい。
どうしても言いたいことがあるのです。
前の手紙同様、無意味なことはわかりすぎる位、わかっているのです。
それなのに、また、手紙を書くことは、僕にとってこの上ない苦痛です。
でも、僕は無意味を重ねることによって、何かを生みたい、
と、言っては、言葉の遊びになってしまうかも知れませんが、
とにかく、前の手紙を無意味に終わらせたくないという願いが、僕をしてこの手紙を書かせるのです。
最初の手紙、僕はずいぶん乱暴に書きました。
酒を飲んでいたのです。
あなたの面影が脳裏から離れず、いたたまれず酒を飲んだのです。
しかし、あなたの面影はなかなか去らず、僕は自棄(やけ)になって飲みました。
(酒を飲むのはその時が最初でした。酒を飲むのは自棄酒からという僕の持論はこの時生まれたのです。)
そうして、僕はふと、ほんとうに、ふと、あなたと絶好しようと決心したのです。
あなたとはもう一年以上会っていなかったけれど、僕はその間、あなたを忘れた日は一度もなかった。
僕はあなたとの追憶だけを生き甲斐に生きていたのです。
僕はその感傷に終に耐えられなくなったのです。
その頃僕は、何だか自分が自分でないような不安な感じに追いまくられ、脱皮しなければならないと、
始終そればかり思っていました。
そして、僕はあなたと絶交することで、脱皮できると思ったのです。
その時もう絶好したも同然の状態だったけれど、僕は会いたいと思えば、いつでも会いに行ったでしょう。
そんなあいまいな気持ちを捨て去るために、絶交状を書く必要があったのです。
僕のまったくわがままな手紙で、僕はもう何を書いたか覚えていないけれど、
後で自分のあまりに無礼な気づき、許しの手紙を書いた。
それが二度目の手紙。
「許してください」という、たった一行の手紙だったけれど、それがあなたを誤解させたのかも知れない。
でも、僕はそうする以外どうしていいかわからなかったのです。
それは僕の精一杯の謝罪だったのです。
僕があなたと別れたのは必然の結果だったのだと思います。
あなたとの恋は、僕にとって禁断の恋だった。
僕は確かに過去、あなたを恋したけれど、今、あなたを恋しようとは思いません。
僕には過去のあなたが、十六のあなたがいればそれでいいのです。
では、なぜこのように三度も手紙をかいているのか、未練ではないのです。
決して未練ではありませぬ。
僕には僕の思想があるのです。
僕は一度知りあった二人が、何かのきっかけでその交わりにひびが入いり、絶好になるという、
そういうことが耐えられないのです。
僕はこの思想を実践するために、あなたとの過去のことは一切忘れ、かつての交際を復活したいと願う。
邪念はありません。
あなたに拒否されればそれまでです。
僕は人間のつながりの哀れに思いを深めるだけ、決してあなたを恨みも憎みもしません。
それは人間の避けられない宿命なのでしょうか。
僕はそう思いません。
僕は人間のめぐり逢いももっと大切にしなければならないと思うのです。
黄昏になりました。
僕のもっとも暗鬱になる時です。
あなたは純真無垢だった。
無邪気だった。
僕はどんなにあなたの無垢を羨望したことだろう。
僕はあなたの無垢について行けなかったのだ。
そこに僕たちの恋の破綻の原因があったのだと思う。
僕の理想の境地は「虚心坦懐」です。
それは純真無垢に似ているが、根本においてまったく違う。
あなたにはその違いが永久にわからないかも知れない。
色に喩えて言えば、白しか知らない人間が無垢であり、白も黒も知っていて、
白でいられる人間が虚心である。
僕は今、灰色の人間だ。
虚心を望みながら、無垢に憧れるという中途半端な立場にいる。
僕の迷いはすべてここに集結する。
僕の無垢への憧れは自分で嫌になるほど強いのだ。
そして、無垢の化身をしてあなたがいる。
僕は無垢への憧れを捨てきらなければ、
つまり、あなたを忘れなければ、
虚心坦懐の境地に達することはできないだろう。
あなたは今でもあの純真無垢さを失わないでいるだろうか。
そうあってほしいと思う。
また、そうあってほしくないとも思う。
純真無垢と虚心坦懐とどちらがいいか、僕にはわからないけれど、
僕は何と言っても、理屈ぬきに、虚心坦懐が好きなのだ。
論理がすこし支離滅裂になってきました。
酒を飲むのを控えるべきか。
いや、飲み足りないのだ。
もっと飲むべきだ。
お許しください。
この手紙も酒を飲みながら書いているのです。
大分酔いました。
虚心坦懐云々について、もう少し言いたい。
僕は寒山拾得のような破戒僧、いや無戒僧と言うべきかも知れません、になりたいのです。
僕が汚れた服を着、汚れた部屋に住んでいるのはこのためです。
なにものにも束縛されない絶対自由の境地。
それを虚心坦懐と言ったのです。
まだ言い足りない気がするけど、どんなに言葉を費やしても、無駄なことかも知れません。
これは男の世界なのですから。
もう、ずっと前のことだけれど、なにげなしにラジオを聞いていたら、
My sin was loving you という歌が流れた。
僕はかすかに痙攣し全神経をラジオに集中させた。
悲しい歌だった。
「私の罪はあなたを愛したこと、あなたを愛しすぎたこと、あなたを忘れてしまったこと。」
およそ、そんな意味の歌だった。
妙に心に残り、数日間、
「私の罪はあなたを愛したこと。」という淋しいつぶやきが、僕の心を離れなかった。
今でも時々、ふと思い出して淋しくなるのです。
続く