<連句の世界-安東次男「芭蕉連句評釈」より>
「狂句こがらしの巻」-36
綾ひとへ居湯に志賀の花漉て
廊下は藤のかげつたふ也 重五
次男曰く、挙句、一巻の祝言であるから、其の場に臨んでよどむことなく、浅々と付けるのが良いとされるが、言葉の骨組のない綺麗事でもこまる。
前句が落花を「漉」と作ったから、廊下に沿って藤の花の「影」がつたうと応じている。「つたふ」は湯上りの香を移したうまいことばだが-影映る、伸ばすなどではつまらぬ-、廊下沿いに藤棚を設ける作庭の面白さも予め知っていなければ出て来ない。因みに、一条兼良が編んだ付合手引「連珠合壁集」-文明8(1476)年頃成-には、「藤とあらば」として「廊をめぐる」も挙げている。藤は晩春の季だが、初夏にわたって咲く。前句を花じまいと読み取った、適切なうつりの付だろう。猶、匂の花から起す春は二句続きでよい、と。
「狂句こがらしの巻」全句-芭蕉七部集「冬の日」所収
狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉 芭蕉 -冬 初折-一ノ折-表
たそやとばしるかさの山茶花 野水 -冬
有明の主水に酒屋つくらせて 荷兮 -月・雑・秋
かしらの露をふるふあかむま 重五 -秋
朝鮮のほそりすゝきのにほひなき 杜国 -秋
日のちりちりに野に米を刈 正平 -雑・秋
わがいほは鷺にやどかすあたりにて 野水 -雑 初折-一ノ折-裏
髪はやすまをしのぶ身のほど 芭蕉 -雑
いつはりのつらしと乳をしぼりすて 重五 -雑
きえぬそとばにすごすごとなく 荷兮 -雑
影法のあかつきさむく火を焼いて 芭蕉 -冬
あるじはひんにたえし虚家 杜国 -雑
田中なるこまんが柳落るころ 荷兮 -秋
霧にふね引く人はちんばか 野水 -秋
たそがれを横にながむる月ほそし 杜国 -月・秋
となりさかしき町に下り居る 重五 -雑
二の尼に近衛の花のさかりきく 野水 -花・春
蝶はむぐらにとばかり鼻かむ 芭蕉 -春
のり物に簾透く顔おぼろなる 重五 -雑・春 名残折-二ノ折-表
いまぞ恨の矢をはなつ声 荷兮 -雑
ぬす人の記念の松の吹おれて 芭蕉 -雑
しばし宗祇の名を付し水 杜国 -雑
笠ぬぎて無理にもぬるゝ北時雨 荷兮 -冬
冬がれわけてひとり唐苣 野水 -冬
しらしらと砕けしは人の骨か何 杜国 -雑
烏賊はゑびすの国のうらかた 重五 -雑
あはれさの謎にもとけし郭公 野水 -夏
秋水一斗もりつくす夜ぞ 芭蕉 -秋
日東の李白が坊に月を見て 重五 -月・秋
巾に木槿をはさむ琵琶打 荷兮 -秋
うしの跡とぶらふ草の夕ぐれに 芭蕉 -雑 名残折-二ノ折-裏
箕に鮗の魚をいたゞき 杜国 -雑
わがいのりあけがたの星孕むべく 荷兮 -雑
けふはいもとのまゆかきにゆき 野水 -雑
綾ひとへ居湯に志賀の花漉て 杜国 -花・春
廊下は藤のかげつたふ也 重五 -春
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