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猫の舌

2012-01-05 12:35:57 | 洛中洛外野放図
 煙草を吸うので冬でも昼間は窓の硝子障子を少し開けておくことがあった。窓の外側には15センチほどせり出す形で木製の手すりが付いていて、小さな鉢植えでも置いておかれそうな空間ができている。二度目の冬を迎えようかという晩秋の寒い午後、何かが窓の外側、手すりの下を横切って行った。なんだろうと思って窓から顔を出して外を見回しても何もいない。まぁ、こんなところを通り抜けていくのは大方猫くらいのものだろうけれど、と思ったとおりで。寒くて外に出るのが億劫になり、部屋にいることが多くなった。それでそれまで気がつかなかったものに気づくようになったということか、はたまた猫が新たなルートを開拓したためか、その時を発端にして同じ猫をよく見かけるようになった。背中が茶トラで腹側の白い、かわいらしい顔つきにそぐわないかなり大ぶりな猫で、窓の外を横切る前にドスンと音がする。最初はただ駆け抜けていくだけだったのがそのうち部屋の中を覗くようになった。大概は通りすがりにチラッと顔を向ける程度だったが、窓を大きく開けているときは立ち止まって挑みかかるような格好でじっと顔を見据えてくる。猫が目を合わせるのは敵意の表明だというから生意気なのでずっと睨み返してやるけれど、そういう時は何かの音がするなど何らかのきっかけがあるまで双方がじっと目を見合わせたまま微動だにしない。どうやらこのあたりから確執が始まっていたようなのである。

 元置屋の周辺で猫に馴染みがなかった訳ではない。暑い盛り、はす向かいの玄関先にある植え込みの万年青の下で悠然と涼を取る白い猫と同じ色をしたその子ども、仁和寺街道に続く石畳の路地を悠然と闊歩する、白い子の父親と思しき大きな黒猫、近所のお寺の縁の下でお産したらしい三匹の子連れ、七本松通に抜ける南の道に面したガレージに紐でつながれているアメリカンショートヘアの所へ、からかいに来るのか逢引に来るのかわからないけどもお互いににおいを嗅いだり舐めあったりしている雉猫。裏の駐車場は猫の集会場になっているらしいし、その横に住むおばあちゃんは表に出した床几にちょこなんと座って、猫を抱いて日向ぼっこをしている。猫に出くわすことの多い、不思議と犬の気配のない界隈だった。ところが窓の外を駆け抜けていくのはけっこう目立つほど大きな猫なのに、その中での見覚えがないのである。

「あ」
と、うちの炬燵で呑んでいる中の、猫に気づいた誰かが言った。
「飼ってんの?」
「んな訳ない」
「顔かわいいな」
「でもでかいし」
「も、なンま意気な奴っちゃで」
というようなやり取りをしているうちに別の誰かが猫に手を伸ばそうとしたら踵を返して跳んで逃げて行った。媚を売れというのではないけれど、また猫に媚びられても困るけれど、人を怖がらない割に人に馴染もうとしないところがまた忌忌しいほど小憎らしい。

 誰が始めたことかわからないけれど、いつのまにやら手すりの張り出しの上に牛乳を注いだ小皿を置くようになった。見ている前で舐めることはなかったが、窓を開けると空になっている。別段そんな義理があろうはずもなかろうが、空になったのを見ると注ぎ足した。たまにはチーズの切れ端なんかも置いてみる。

「餌付けか?」
「そういう訳やないけども」

 そのうち人が見えていても牛乳を舐めるようにはなったが、上目遣いにこちらを見据えて身構えたまま舐めている。その様子がまた非常にかわいくない。25日の天神さんの縁日で誰かが買っては置いていく輪ゴム鉄砲や銀玉鉄砲がいくつもたまっている。そいつで狙ってやろうかと思ったが、下の坪庭に落とすとまた下の人に叱られる。何しろ最初の夏を向かえる前にとある酔っ払いが空き缶を投げ捨てたことがあり、即座に拾いに降りて一緒に呑んでいた三人が揃ってへっぺらぺに謝った。そいつにはその場で、一階の住人の目の前で出入り禁止を申し渡してどうにか虎口を逃れたことがあったのだが、どうもそれから心象がよろしくなさそうなのである。こんなにかわいくない猫畜生のために追い立てをくらうのも業腹なので、何かないかと考えあぐねていた折も折。

 冷蔵庫の中に誰かがあてにと買って来ていたベーコンがあって、卵も転がっていた。思い立って、というほど大仰なことでもないが、共同炊事場でベーコンをいためて卵を炒りつけ、皿に盛ってひとまず自室へ。炬燵の上に置いてから炊事場に戻ってフライパンを洗っている間、窓は開いていたのである。引き戸を開けて部屋に入ると猫が固まっているのを見て、滴の垂れるフライパンをぶら下げたままこっちも固まった。炬燵の上にはそいつのだだけ散らした炒り卵が散乱しており、窓際に置いた本棚の上から手すりの張り出しに半身を出した状態で振り向きざまにこちらを見ているそいつの口にくわえられたベーコンが揺れている。

 「んぬをん」

ものをくわえたくぐもったような声で一声鳴いて颯爽と身を翻す。その後姿を見送ってただただ頭にきていたが、卵は散らかったままである。泣く泣く後片付けをした。今に見て、けつかれ。

 翌日何事もなかったように牛乳を置いてみたら向こうも何事もなかったかのように飲んでいたので、その次の日には皿の底にからしをたっぷりと塗りつけ、その上から牛乳を注いでやった。飲んだかどうだか知らないが、それ以来姿を見せなかったところを見るとよっぽど懲りて通り道を変えたのだろう、と勝手に勝利宣言をして溜飲を下げた。

 猫は猫舌ではない。

 このときに得られた唯一の教訓であるが、その後どこにも活かしようがない。

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