「屋上行こうか」
「いいですねぇ」
天気がいいとこういうことになる。大学の南門を出たところに食堂があって、そこでビールを買い込んで、日光をさえぎるもののない屋上のベンチで日焼けなんぞはものともせずに一身に陽を浴びながらぱかぱかと煙草をふかして京都の町並みを見下ろしている。会津さんと屋上に出てのんびりと話す話題はといえば大概気に入った飲み物、飲み屋、雑貨屋、本屋などの情報交換、そうでなければこの後誰と呑むのか、どこへ行くのか、という話。ほぼ同じような面子がほぼ隔日で呑んでいたのでお酒の記憶は1回ごとのけじめがつかない。身体的にも金銭的にもよくぞ続いたものであるが、みんな不思議と持ち堪えていた。えてして社会人よりも学生の方が体力とお金を持っている。
「酒呑むときにモノ食うな、アホっ!」
とは松須御大の有難い教えである。かく言う御大は「酒呑む30分前に牛乳飲んどいたら胃ィに膜が貼んねん、そしたら酔わへんど」と言いながらブリックパックの牛乳を飲んでいる。その本人が毎回きっちり酔っているからなんら効き目のないのは一目瞭然なのだけれど、魔が差したというか自分を見失ったというか「お前もやってみぃ、効くどぉ」と言われて試してみたらただただ気持ちが悪いだけだった。そのほか「電気風呂の電気に当たっとったら腹筋が鍛えられる」だの「風呂屋のサウナで出たり入ったり2時間過ごしたら2.5キロ痩せた」だのと妙なことをいろいろと実践しており、周囲は「そんなに生き急がんでも...」と気をもむのであった。そうかと思うと誰かの下宿で飲んでいるとき誰かが料理を作ったりするとうまいうまいとたくさん食べる、その気遣いが温かくて、やはり普段の豪放な暮らしっぷりも周りに対するサービスなのだろうとわかるから周囲も『荒ぶる』松須さんを心待ちにしている。
「お前いーっつもそやないか、頼むだけ頼んどいてちょーっとずつしか箸付けへん」
石地さんが言うとおり、居酒屋で仁多苑さんと同席すると5品も6品もあてが並んでテーブルが手狭になる。「せやかて食べたいモンはしゃぁないやんか」ニコニコと応酬する仁多苑さんは法学部に籍を置いていて、専門的な知識が深い。レポートを書く際幾度かアドバイスをいただいてその片鱗に触れてみると仁多苑さんと同期の先輩たちが一目置くのにも納得がいく。のだが。「お、松田、食ってくれ。食わな片付かへんねん」って、自分が頼まはったんやないですか。「いや俺なぁ、いろんなもんちょこっとずつ食いたいねんなぁ、あんまりよけこと要らへんねん」周りみな下宿生でっせ、んなムチャな頼み方しとくんなはんな。そんな仁多苑さんのことを松須さんは『らくだ』と呼ぶ。ときには『だ』までいかずに「おぉい、らくぅ!」と呼びつけにすることもある。会津さんからは「らくちゃん」と呼ばれ、綿部さんからたまに「らくぞの」と呼ばれることもある。けっこう手ひどいいじられ方をしているように見受けられることもあったのだけれど、それでもいつもニコニコと幸せそうなところはやはり大人(たいじん)なのであろう。
「歯がなんか気持ち悪いときがあるだろぉ」
あるとき呑みながら綿部さんがこう言い出した。はぁ?「だから歯が気持ち悪いときだよ、歯が浮くっつうのか?」あー、はいはい。「紙やすりかけたら気持ちいいよなぁ」-え?「かけないか?」困っていると石地さんが突っ込みを入れた。「まず普通紙やすり自体持ってないだろ」「えー、あるだろぉ?松田まつだぁ、出してこいつに見せてやれよ」いや持ってませんが。「えー、ないのかぁ」普通に考えると普通ではないこのような会話も綿部さんが相手だとしっくりくる。このどこか浮世離れしている、というか地に足の着いてないようなほんわかした存在感を纏(まと)って救いようのないほどの安心感を醸し出している。
「そーだー」「ぷっしゅうー!」
酔った宇津平さんと寝落ちしかけている古邑さんとの間でわけのわからないやり取りが交わされた。あっけに取られて見ていると古邑さんがむっくりと起き上がった。「おー、寝かけとったわ」「コレやったらこいつ起きて来よんねん」今の何です?「去年こいつな、水色のジャケット着て来ててん」「そうそう、ソーダ味のアイスみたいな色のやつ着てたんよ」「せやから『ソーダー』いうたら」「ぷっ、しゅうう~!」「タンサンはじけんねん」くだらねぇ!宇津平さんは根っからの大阪の人で、目敏く細細とした突込みどころを見つけてはちょかちょかと突っついてまわることと、ふとした隙にさりげなく小ボケをかますことに余念がない。古邑さんは九州男児なのだが言動の端端にお人柄の好さがにじみ出ているような人、どちらかというと先輩や同期からいじられる方なのだが仁多苑さんと同様それ込みで場を楽しんでいるようなところがある。そんな二人のホドのよい絡み具合を見ていると、くだらなすぎて愛おしい。
鞍多や栄地と出会う少し前のこと、夏を迎える直前の屋上でぽかぽかと陽を浴びながら誰と呑もうか、どこへ行こうか。話し合ってみたところで石地さんは最初から確定しており、大方上記の面子と大学近辺の居酒屋に行って、それとて選択肢は多くない。そのあとは石地さんのアパートか松田の下宿と相場は決まっていた。会津さんは早くも居酒屋を出た後二次会に向かう途中で買っていく酒の吟味を始めている。
「いいですねぇ」
天気がいいとこういうことになる。大学の南門を出たところに食堂があって、そこでビールを買い込んで、日光をさえぎるもののない屋上のベンチで日焼けなんぞはものともせずに一身に陽を浴びながらぱかぱかと煙草をふかして京都の町並みを見下ろしている。会津さんと屋上に出てのんびりと話す話題はといえば大概気に入った飲み物、飲み屋、雑貨屋、本屋などの情報交換、そうでなければこの後誰と呑むのか、どこへ行くのか、という話。ほぼ同じような面子がほぼ隔日で呑んでいたのでお酒の記憶は1回ごとのけじめがつかない。身体的にも金銭的にもよくぞ続いたものであるが、みんな不思議と持ち堪えていた。えてして社会人よりも学生の方が体力とお金を持っている。
「酒呑むときにモノ食うな、アホっ!」
とは松須御大の有難い教えである。かく言う御大は「酒呑む30分前に牛乳飲んどいたら胃ィに膜が貼んねん、そしたら酔わへんど」と言いながらブリックパックの牛乳を飲んでいる。その本人が毎回きっちり酔っているからなんら効き目のないのは一目瞭然なのだけれど、魔が差したというか自分を見失ったというか「お前もやってみぃ、効くどぉ」と言われて試してみたらただただ気持ちが悪いだけだった。そのほか「電気風呂の電気に当たっとったら腹筋が鍛えられる」だの「風呂屋のサウナで出たり入ったり2時間過ごしたら2.5キロ痩せた」だのと妙なことをいろいろと実践しており、周囲は「そんなに生き急がんでも...」と気をもむのであった。そうかと思うと誰かの下宿で飲んでいるとき誰かが料理を作ったりするとうまいうまいとたくさん食べる、その気遣いが温かくて、やはり普段の豪放な暮らしっぷりも周りに対するサービスなのだろうとわかるから周囲も『荒ぶる』松須さんを心待ちにしている。
「お前いーっつもそやないか、頼むだけ頼んどいてちょーっとずつしか箸付けへん」
石地さんが言うとおり、居酒屋で仁多苑さんと同席すると5品も6品もあてが並んでテーブルが手狭になる。「せやかて食べたいモンはしゃぁないやんか」ニコニコと応酬する仁多苑さんは法学部に籍を置いていて、専門的な知識が深い。レポートを書く際幾度かアドバイスをいただいてその片鱗に触れてみると仁多苑さんと同期の先輩たちが一目置くのにも納得がいく。のだが。「お、松田、食ってくれ。食わな片付かへんねん」って、自分が頼まはったんやないですか。「いや俺なぁ、いろんなもんちょこっとずつ食いたいねんなぁ、あんまりよけこと要らへんねん」周りみな下宿生でっせ、んなムチャな頼み方しとくんなはんな。そんな仁多苑さんのことを松須さんは『らくだ』と呼ぶ。ときには『だ』までいかずに「おぉい、らくぅ!」と呼びつけにすることもある。会津さんからは「らくちゃん」と呼ばれ、綿部さんからたまに「らくぞの」と呼ばれることもある。けっこう手ひどいいじられ方をしているように見受けられることもあったのだけれど、それでもいつもニコニコと幸せそうなところはやはり大人(たいじん)なのであろう。
「歯がなんか気持ち悪いときがあるだろぉ」
あるとき呑みながら綿部さんがこう言い出した。はぁ?「だから歯が気持ち悪いときだよ、歯が浮くっつうのか?」あー、はいはい。「紙やすりかけたら気持ちいいよなぁ」-え?「かけないか?」困っていると石地さんが突っ込みを入れた。「まず普通紙やすり自体持ってないだろ」「えー、あるだろぉ?松田まつだぁ、出してこいつに見せてやれよ」いや持ってませんが。「えー、ないのかぁ」普通に考えると普通ではないこのような会話も綿部さんが相手だとしっくりくる。このどこか浮世離れしている、というか地に足の着いてないようなほんわかした存在感を纏(まと)って救いようのないほどの安心感を醸し出している。
「そーだー」「ぷっしゅうー!」
酔った宇津平さんと寝落ちしかけている古邑さんとの間でわけのわからないやり取りが交わされた。あっけに取られて見ていると古邑さんがむっくりと起き上がった。「おー、寝かけとったわ」「コレやったらこいつ起きて来よんねん」今の何です?「去年こいつな、水色のジャケット着て来ててん」「そうそう、ソーダ味のアイスみたいな色のやつ着てたんよ」「せやから『ソーダー』いうたら」「ぷっ、しゅうう~!」「タンサンはじけんねん」くだらねぇ!宇津平さんは根っからの大阪の人で、目敏く細細とした突込みどころを見つけてはちょかちょかと突っついてまわることと、ふとした隙にさりげなく小ボケをかますことに余念がない。古邑さんは九州男児なのだが言動の端端にお人柄の好さがにじみ出ているような人、どちらかというと先輩や同期からいじられる方なのだが仁多苑さんと同様それ込みで場を楽しんでいるようなところがある。そんな二人のホドのよい絡み具合を見ていると、くだらなすぎて愛おしい。
鞍多や栄地と出会う少し前のこと、夏を迎える直前の屋上でぽかぽかと陽を浴びながら誰と呑もうか、どこへ行こうか。話し合ってみたところで石地さんは最初から確定しており、大方上記の面子と大学近辺の居酒屋に行って、それとて選択肢は多くない。そのあとは石地さんのアパートか松田の下宿と相場は決まっていた。会津さんは早くも居酒屋を出た後二次会に向かう途中で買っていく酒の吟味を始めている。