FBの転載ですが、最後にちょっとだけつけ加えてみました。
超長文&駄文&乱文です。
気持ちの整理は全然ついていないのですが、今の気持ちをだらだらと書き残しておこうと思います。
僕がしたかったこと。
僕は横浜市で園芸農家を営む家の次男に生まれました。
僕が25歳の時だったと思います。
一度転職をしてから1年半ほど勤めていた会社を辞めました。
理由は色々と後付けで言えますが、一番の理由は社会人としての覚悟が足りなかったのだと思います。
その後、会社をやめ、当時まだ実家暮らしをしながら転職先を探していた自分に両親が家業をやってみないか、と声をかけてくれました。
あの時ふらふらと将来が定まらなかった自分を拾ってくれた両親には今も感謝しています。
とはいっても、農業に特別魅力を感じていたわけではなく、やってみてダメならまた他の仕事を探せば良いかな、くらいの軽い気持ちで始めてみました。
農業を始めて最初の数年はただ言われたことをこなすだけで目標や理想もなくだらだらと仕事をしていました。
それなのに、自分には人並み以上の能力があるはず、と根拠のない自信とプライドだけはありました。
でも、同年代や年下の仕事仲間と話をしていても全然、話の内容が理解出来ない、作った植物が市場で全く評価がされない、という現実を付きつけられました。
始めて市場に出荷したハーブ苗は20入りか24入りのケースでセリ値が1円でした。
愕然としました。
自信もプライドもありません。
自分の仕事の評価はたったの1円でした。
自信を失いましたし、正直やる気をなくしかけましたが、ほんの少しだけ残っていた、今にみてろよ、絶対に見返してやる、という反骨精神でダメダメながら試行錯誤をするようになりました。
すぐには、ちゃんとした仕事が出来るようにはなりませんでしたが、ダメながらも応援してくれたり気にかけてくれる人もいてくれて、その頃から少しずつ仕事に張り合いを感じるようになりました。
農業という仕事の大変さも厳しさも楽しさも少しだけ理解できるようになり、自分の中でちょっとした変化がありました。
10代の頃の自分は実家の家業が農業ということを恥ずかしく思っていました。
友達にも家の仕事について自分からはほとんど話さず、家業を継ぐくらいなら舌をかんで死ぬ、と話していたこともあります。
ひどい話です。
一般の人が農業にもつイメージ、キツイ、汚い、ダサい、儲からない、いわゆる3K的なイメージを僕もずっと持っていました。
そのイメージは半分正解で半分は不正解だと、今は思います。
キツくて厳しいのは農業だけの話ではなく、あらゆる職業に当てはまることだと思います。
楽して儲かったり、楽しいだけの仕事などこの世に存在しないと思います。
自分が農家になる時、周りの同業者の人たちから、なんでサラリーマンやめたの?農家なんて儲からないよ、などと色々といわれました。
これがけっこう辛かった。
就農して、ぼんやりながらも、一応これから頑張ってみよう!と思っている時にあまりこういうことは言われたくないな、と思っていました。
仕事の厳しさは、そのうち嫌でも感じなければいけませんから。
うちには子供がいないので後継者を育てることは出来ませんでしたが、新規就農する次の世代には、スタートラインに立つ時だけでも、希望を持って欲しいと思いました。
FBやブログで旅行や食事をした記事を上げ続けたのも、そういう考えがあったからです。
どうしたって幸せ自慢のようになるSNSにそうした記事をのせれば、あいつけっこういい物食べてるな、とか、なんだか楽しそうだな、とか妬まれたり羨ましがられたりすることもあると思います。
それでも、農家でも人並みに楽しいことも経験できるし、そこそこ幸せな暮らしも出来るのかな?と、見ている人に感じてもらえれば、農家になるのも悪くないかな、と後継者の若者に思ってもらえたら、という考えで記事の更新を続けてきました。
普段の生活は、スーパーの安売り商品を買ったり、冷たくなった洗濯物を帰宅してから取りこんだり、冷凍したご飯を夕食に温めなおしたり、とごく平凡な質素な暮らしです。
もう一つ、農業を含めた一次産業の後継者不足が解消されて、事業としてしっかり成り立つようになって欲しい、という思いがありました。
農業、漁業、林業、といった一次産業は土地に根差した産業です。
農家にとっては畑や田んぼ、畜舎などが、漁業にとっては海や川や湖が、林業にとっては山々が仕事場であり、生きるための生活の糧を得るための大事な場所です。
楽観的だと笑われてしまうかもしれませんが、各地で一次産業がもっと盛り上れば、そこに雇用が生まれ、地方の衰退・過疎化が少しは改善されて都市部の一極集中にも歯止めがきくようになるのでは、と思います。
東京をはじめとした大都市の飽和状態は言わずもがな、だと思います。
都市近郊ではどんどん農地が減って宅地に変わっています。
農業に携わる身として、家の周囲の農地が年々減り続けることにやるせない思いを感じていました。
何とかしないといけないな、と漠然とですが思い続けていました。
方法は一つではないし、100%正しいやり方はないと思いますが、自分なりに出来る事、頑張れることをやってきたつもりです。
現実は厳しく、自分の家の経営状況を改善することも満足には出来ませんでした。
己の無力さを痛感しています。
自分には人並み程度の能力も無かったのかもしれない、という思いもあります。
悔しいし無念です。
実家と家業の未来を見捨ててしまったという思いもあります。
自分には成し遂げることが出来ませんでした。
一年後、どういう仕事につき、どういう生活を送っているのが、今は全く想像できませんが、今、思っていること、やりたかったことを忘れずにいられたら良いな、と思っています。
長文、乱文、大変失礼いたしました。
仕事関係の皆様には、状況が落ち着いたら今後について話せるようになると思います。
その時はどうぞ宜しくお願い致します。
ps、これから農業を始めようと考えている皆さんへ。
僕が言っても説得力がありませんが、農業は確かに辛く厳しいことが多い仕事かもしれません。
努力の割には儲からない仕事かもしれません。
でも、農業という仕事には楽しみや充実感も確実にあります。
長男だから、家業だから、といった理由で嫌々始めるよりは、いっちょ看板背負ってやってやるかー、くらいのつもりで頑張ってみてください。
時には外に出て、周りの人の話を真摯に聞いて、謙虚に努力を重ねれば必ず結果はついてくると思います。
経験・知識ゼロの僕でも、時間はかかりましたが、少しはまともな仕事が出来るようになり、取引先から注文をいただけるようになりましたから。
後継者を育てる立場にある皆さんへ。
親世代や後継者を育てる立場にある人は、若者の頑張りをちゃんと評価してあげてください。
給料を上げたり休みをあげたりが出来なくても、親子で照れくさいでしょうが、時には後継者の頑張りを口に出してほめたり評価してやってください。
けっこうそれだけでも若者は頑張れるもんです。
若者が張り切りすぎて、手に余る仕事をかかえてしまっている時には、ほんのちょっとでもよいので、その仕事や責任を背負ってあげて下さい。
ひとりぼっちで頑張っている、と思いながら毎日仕事を続けるのは、けっこうしんどいもんです。
追加も長文になってしまいました。
これが今、僕が思っていることです。
超長文&駄文&乱文です。
気持ちの整理は全然ついていないのですが、今の気持ちをだらだらと書き残しておこうと思います。
僕がしたかったこと。
僕は横浜市で園芸農家を営む家の次男に生まれました。
僕が25歳の時だったと思います。
一度転職をしてから1年半ほど勤めていた会社を辞めました。
理由は色々と後付けで言えますが、一番の理由は社会人としての覚悟が足りなかったのだと思います。
その後、会社をやめ、当時まだ実家暮らしをしながら転職先を探していた自分に両親が家業をやってみないか、と声をかけてくれました。
あの時ふらふらと将来が定まらなかった自分を拾ってくれた両親には今も感謝しています。
とはいっても、農業に特別魅力を感じていたわけではなく、やってみてダメならまた他の仕事を探せば良いかな、くらいの軽い気持ちで始めてみました。
農業を始めて最初の数年はただ言われたことをこなすだけで目標や理想もなくだらだらと仕事をしていました。
それなのに、自分には人並み以上の能力があるはず、と根拠のない自信とプライドだけはありました。
でも、同年代や年下の仕事仲間と話をしていても全然、話の内容が理解出来ない、作った植物が市場で全く評価がされない、という現実を付きつけられました。
始めて市場に出荷したハーブ苗は20入りか24入りのケースでセリ値が1円でした。
愕然としました。
自信もプライドもありません。
自分の仕事の評価はたったの1円でした。
自信を失いましたし、正直やる気をなくしかけましたが、ほんの少しだけ残っていた、今にみてろよ、絶対に見返してやる、という反骨精神でダメダメながら試行錯誤をするようになりました。
すぐには、ちゃんとした仕事が出来るようにはなりませんでしたが、ダメながらも応援してくれたり気にかけてくれる人もいてくれて、その頃から少しずつ仕事に張り合いを感じるようになりました。
農業という仕事の大変さも厳しさも楽しさも少しだけ理解できるようになり、自分の中でちょっとした変化がありました。
10代の頃の自分は実家の家業が農業ということを恥ずかしく思っていました。
友達にも家の仕事について自分からはほとんど話さず、家業を継ぐくらいなら舌をかんで死ぬ、と話していたこともあります。
ひどい話です。
一般の人が農業にもつイメージ、キツイ、汚い、ダサい、儲からない、いわゆる3K的なイメージを僕もずっと持っていました。
そのイメージは半分正解で半分は不正解だと、今は思います。
キツくて厳しいのは農業だけの話ではなく、あらゆる職業に当てはまることだと思います。
楽して儲かったり、楽しいだけの仕事などこの世に存在しないと思います。
自分が農家になる時、周りの同業者の人たちから、なんでサラリーマンやめたの?農家なんて儲からないよ、などと色々といわれました。
これがけっこう辛かった。
就農して、ぼんやりながらも、一応これから頑張ってみよう!と思っている時にあまりこういうことは言われたくないな、と思っていました。
仕事の厳しさは、そのうち嫌でも感じなければいけませんから。
うちには子供がいないので後継者を育てることは出来ませんでしたが、新規就農する次の世代には、スタートラインに立つ時だけでも、希望を持って欲しいと思いました。
FBやブログで旅行や食事をした記事を上げ続けたのも、そういう考えがあったからです。
どうしたって幸せ自慢のようになるSNSにそうした記事をのせれば、あいつけっこういい物食べてるな、とか、なんだか楽しそうだな、とか妬まれたり羨ましがられたりすることもあると思います。
それでも、農家でも人並みに楽しいことも経験できるし、そこそこ幸せな暮らしも出来るのかな?と、見ている人に感じてもらえれば、農家になるのも悪くないかな、と後継者の若者に思ってもらえたら、という考えで記事の更新を続けてきました。
普段の生活は、スーパーの安売り商品を買ったり、冷たくなった洗濯物を帰宅してから取りこんだり、冷凍したご飯を夕食に温めなおしたり、とごく平凡な質素な暮らしです。
もう一つ、農業を含めた一次産業の後継者不足が解消されて、事業としてしっかり成り立つようになって欲しい、という思いがありました。
農業、漁業、林業、といった一次産業は土地に根差した産業です。
農家にとっては畑や田んぼ、畜舎などが、漁業にとっては海や川や湖が、林業にとっては山々が仕事場であり、生きるための生活の糧を得るための大事な場所です。
楽観的だと笑われてしまうかもしれませんが、各地で一次産業がもっと盛り上れば、そこに雇用が生まれ、地方の衰退・過疎化が少しは改善されて都市部の一極集中にも歯止めがきくようになるのでは、と思います。
東京をはじめとした大都市の飽和状態は言わずもがな、だと思います。
都市近郊ではどんどん農地が減って宅地に変わっています。
農業に携わる身として、家の周囲の農地が年々減り続けることにやるせない思いを感じていました。
何とかしないといけないな、と漠然とですが思い続けていました。
方法は一つではないし、100%正しいやり方はないと思いますが、自分なりに出来る事、頑張れることをやってきたつもりです。
現実は厳しく、自分の家の経営状況を改善することも満足には出来ませんでした。
己の無力さを痛感しています。
自分には人並み程度の能力も無かったのかもしれない、という思いもあります。
悔しいし無念です。
実家と家業の未来を見捨ててしまったという思いもあります。
自分には成し遂げることが出来ませんでした。
一年後、どういう仕事につき、どういう生活を送っているのが、今は全く想像できませんが、今、思っていること、やりたかったことを忘れずにいられたら良いな、と思っています。
長文、乱文、大変失礼いたしました。
仕事関係の皆様には、状況が落ち着いたら今後について話せるようになると思います。
その時はどうぞ宜しくお願い致します。
ps、これから農業を始めようと考えている皆さんへ。
僕が言っても説得力がありませんが、農業は確かに辛く厳しいことが多い仕事かもしれません。
努力の割には儲からない仕事かもしれません。
でも、農業という仕事には楽しみや充実感も確実にあります。
長男だから、家業だから、といった理由で嫌々始めるよりは、いっちょ看板背負ってやってやるかー、くらいのつもりで頑張ってみてください。
時には外に出て、周りの人の話を真摯に聞いて、謙虚に努力を重ねれば必ず結果はついてくると思います。
経験・知識ゼロの僕でも、時間はかかりましたが、少しはまともな仕事が出来るようになり、取引先から注文をいただけるようになりましたから。
後継者を育てる立場にある皆さんへ。
親世代や後継者を育てる立場にある人は、若者の頑張りをちゃんと評価してあげてください。
給料を上げたり休みをあげたりが出来なくても、親子で照れくさいでしょうが、時には後継者の頑張りを口に出してほめたり評価してやってください。
けっこうそれだけでも若者は頑張れるもんです。
若者が張り切りすぎて、手に余る仕事をかかえてしまっている時には、ほんのちょっとでもよいので、その仕事や責任を背負ってあげて下さい。
ひとりぼっちで頑張っている、と思いながら毎日仕事を続けるのは、けっこうしんどいもんです。
追加も長文になってしまいました。
これが今、僕が思っていることです。