山の神祭は父の温もりや
やまのかみまつりはちちのぬくもりや
山に入り葡萄の蔓のふらここで父も一緒に遊んでくれし
大山津見神
古くから日本では12月12日は山の神様の誕生日とされていました。
林業の中でも、伐木造材(木を伐って、丸太を作る仕事)にたずさわる者は12月12日にはけっして山に入りません。
なんせ、山の神様が山の木の本数を数える日として、山に入ることが禁止されているのです。
この日に禁を破って山に入ると木の下敷きになって死んでしまうと言われています。
日本の神様は普段は守り神なんだけど、たまに厳しいんですわ。
林業における山神は、オオヤマツミと言われています。
私が林業に従事した頃(昭和50年代)、伐採した木の梢端部(しょうたんぶ)を切り取った鳥総(とぶさ)を切り株にさして手を合わせていた伐木手のおじさんがいましたし、職員の家に女の子が生まれると1週間は山に入れさせない山頭がいました。
なんでも山の神は醜女なのだそうで、嫉妬するとかしないとか・・・・
(間違ってたらごめんなさい)
山の神の祭日には入山を忌み、伐採を始める前には木を1本切り倒して伐り株に酒や塩を供え、山の神に無事を祈るといったことは今でも行われているようです。
私たちの働く北海道地方では、12月12日には山林での作業を一切行わない林業者の慣習があります。特に造材業者などではこの日に祈願祭や忘年会を催す会社が多いですね。((財)日本森林林業振興会札幌支部帯広支所ブログより)
宮城県登米市では、伝統行事として、12月に1年を締めくくり母親の労をねぎらう「おかの年越」や、権現様を祝う「権現様のとしとり」、そして山の神様を祝う「山の神のとしとり」などが行われていたと、登米市のWEBサイトに紹介されています。
東北地方の多くの山では、12月12日を「山の神の日」「山の神の年取り」などとし、この日は山の神が森に生えている樹木を一本一本数えてまわるため、その邪魔をしないよう、山に入ったり木を伐ってはいけないとされています。
普段山で仕事をしている人はこの日は休み、山の神様に御神酒やご馳走をお供えして感謝と加護を祈ります。
また、山の神は「安産の神」とも言い伝えられてきたようです。
全国に目を移すと、多くの山でそれぞれの神様が祀られ、加護を祈る儀式などが行われています。
また、山に入る時は必ず山の神様に安寧を祈願し、「月に一度の祭りの日は決して入山しない」など、先祖代々のしきたりを今なお厳しく守り継いでいる地域もあります。
急峻な森に深く分け入り、危険と背中合わせの山仕事をする人々は、こうした言い伝えや習わしを守り、山の神様のご加護を信じ、その恵みに感謝しながら、自然と共に生きてきたのですね。
山で暮らす人に限らず、古来、日本人の多くは、海には海の神様、田んぼには田の神様、鎮守の森にも神様・・・そこかしこに神様がおられる、そして木や岩など身近な自然物にも「神が宿る」と信じてきました。
21世紀の現在も、「ご神木」の存在感に圧倒されたり、巨樹や巨岩などに出会って神聖な気持ちになったりする体験は誰にでもあるのではないでしょうか。
そこには樹木や岩など自然物に堆積された長い「時間」があり、また、人智を超えた「何か」が存在するに違いありません。
あなたの地域に鎮守の森はありますか? 近くの山にはどんな神様が祀られているでしょうか。
ご神木や、そうでなくても立派な巨樹があったなら、ふり仰いで、触れて、そこに流れる気の遠くなるような時間に想いを馳せてみませんか。(取材協力:竹中 雅治(登米町森林組合→フォレストスタイルより)
山の神として崇敬されているのが「大山津見神(おおやまつみのかみ)」です。
全国各地の神社にいらっしゃるようです。
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母方の祖父は杣夫、若い頃は林業を生業にしていたようです。
木を伐採して家を建て屋根を葺きと何でもこなして11人の子を育てたようです。
昔の人は凄かったですね~、自分の体を使って何でもやっていたんですね~
現代の人は身体を使ってなどと云うのは、何も出来ない人が多いのではないかと思います。
機械や物に頼ることは出来ても、生きていくうえでどうなっちゃうんだろうと・・・
自然を大事にして自然に教えてもらいながらの生活が良いですね。
私はまだそんな祖父を見られていましたが、息子の代ではわからない世界です。
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中一の孫はピアノの練習を欠かさずしていますが、今年の発表会の日にち聞いてなかったな~
毎年12月が発表会なのですが・・いつなんでしょう。