優緋のブログ

HN変えましたので、ブログ名も変えました。

あの日から 八 「秘めごと」

2005-07-19 17:16:39 | あの日から
[ジヌの研究室]

私は彼を待っていた。
〈どうしたのだろう。去年の暮れ、夜遅く訪ねてきて以来来ないな。もう冬休みも終わったというのに…。〉

そういえば、住所も連絡先も聞いていなかった…、迂闊なことだ、私としたことが…。

思えば、不思議な青年だった。

ある日、階段教室の片隅に彼はいた。

ノートも広げず、射るような、何かを訴えかけるような眼差しで私を見つめていた彼…。

思わず吸い込まれるように指名すると、見たこともない公式を駆使して問題を解いて見せた。


『想像力と好奇心で人を探しに来ている』といっていた…。
いったい誰を探しに?…


カン・ジュンサン…。

あの日、ミヒのことを聞いていた。

ミヒとヒョンスの関係。
私との関係…。

ひょっとして…、あの青年はミヒの子供?…


そんなはずはない。
いや、あってはならないのだ。

私は自分にそう言い聞かせた。



彼との会話が、忘れていた“あのこと”を思い出させた。

たった一度の秘めごと…。
幼い頃から想いつづけた人との…。

しかし『それ』はその想いが報われたわけではなかった。

それでも良かった。
後悔はしていない。

その一時(ひととき)だけでも、その人にとって自分は必要な人間でいられたのだから。

たとえ、それが身代わりであったとしても…。



私はミヒを愛していた。
それはいつの頃からの想いだったのか、私自身にも記憶がない。

幼い頃からいつも私の傍らにはヒョンスとミヒがいた。
それは私にとって当たり前の光景だった。


ヒョンスは何でも言い合える親友であったし、ミヒは妹のようであり、また恋人のようでもあった。


幼い頃は良かった。
男女の区別なく、互いに子犬のようにただじゃれあって遊ぶことができた。

それがいつの頃からか、男であり、女であることを意識せざるをえなくなったとき、自然に距離ができ、恋心が芽生えていることを否定できなくなっていた。


思春期を迎えてもヒョンスはいつも変わらずにいた。
しかし、ミヒがヒョンスに恋をしていることは明らかだった。

ミヒの視線の向こうにははいつもヒョンスがいた。

その眼差しは、自分に向けられるものとは違う。

そのミヒを遠くから見ている自分。


そんな自分を哀れに思うこともあった。
ただ、見つめているだけの恋…。

しかし、どうすることができただろう。


やがて、ヒョンスとミヒの婚約が決まった。

ヒョンスは私の心を思い『すまない』といった。

『ミヒを幸せにできるのは君しかいないんだ。ミヒを幸せに、頼んだよ。』

私にできることは二人の幸せを願うこと…。


私もチヨンと婚約し、私なりの幸せを掴もうとしていた。

そんな矢先のことだった。
ヒョンスに悲劇が訪れた。

兄の交通事故。
会社ののっとり。
父親の死…。


音を立てて崩れていく…
明るく輝いて見えていた未来が…。

幸せとは、こんなにも脆(もろ)く失われやすいものなのか…。

掬(すく)い上(あ)げた砂が指の隙間から零(こぼ)れ落(お)ちていくのを止(とど)めることができぬように…


友人の失意を私は側で見ていることしかできなかった。
何もできない無力感。


自暴自棄に陥ろうとしている彼を助けたのは一人の女性だった。
イ・ギョンヒ

彼女もまた、私と同じ…遠くから彼を見つめ、彼の幸せだけを祈っていた人間だった。


彼女は何も言わず、ただ黙々と働き、ヒョンスとその母を慰め勇気づけた。

倒れても、倒れても、そこから立ち上がるしかないことを、彼女の行動は無言で指し示していた。


やがてヒョンスが彼女に惹かれていくのは仕方がないことだったのかもしれない。

しかし、ミヒはどうなるのだ…。


************

その日、初冬の空は晴れ上がり、柔らかな日差しが新たな門出を迎える二人に降り注いでいた。

教会の鐘の音が澄み切った空気の中を響き渡っていく。

家族と僅かな友人だけに囲まれたささやかな結婚式。

友の結婚を祝福しつつも、ミヒの嘆きを思うとき、私の心はどうしようもなくまた友を恨むのだった。

ミヒ?

その場にいるはずのない彼女の姿が、教会から消えるのを見たとき、不吉な予感が走った。

私はヒョンスにだけ耳打ちすると、彼女の後を追いかけた。

まさか…、早まったことをしないでくれ…。


彼女の気性を思うと、それは有り得ないことではなかった。
早く探し出さなければ…。

川のほとりの林の中をおぼつかない足取りで行く人影が見えた。

ミヒだった。

ミヒは雲の上を歩くように、静かに川に入っていく。

ミヒの体がぐらりと傾き、水の中に倒れこもうとしたとき、危うく間に合った。


初冬とはいえ、川の水は冷たかった。

全身ずぶ濡れになり、ミヒは気を失っていた。

幸いあたりに人影はなく、私は急いで車にミヒを乗せるとそのまま走り去った。


ミヒの別荘に着くとすでに管理人さんが鍵を開け、火を焚いてくれていた。

まもなくミヒの兄とお手伝いさんが到着した。


「ジヌ君。ご配慮、本当に感謝する。

今日ミヒの姿が見えないので心配をしていたのだ。

まさかヒョンス君の結婚式に行くとは思わなかった。


最近は落ち着いてきていたから、少しづつ心の整理がついてきているとばかり思っていたのだ。

迂闊だった。


ジヌ君、ミヒが落ち着くまで、もう少し側にいてやってはもらえないだろうか?

私はすぐ戻って、父に話をしなければならない。

明日にでも人を寄こすから、どうだろう?

誰にでも頼めることではないのだ。

人に知れればあの子の将来に傷がついてしまう。

かといって、一人で置いてはまた何をしでかすかわからない。」


「わかりました。実家のほうには、今日は寄らずにソウルへ帰るといってありますので、ご心配には及びません。」


くれぐれもよろしくといって、ミヒの兄はお手伝いさんをつれて帰っていった。


部屋へ戻ると、暖かい服に着替えさせられたミヒは火の前に座っていた。

〈肩の辺りが痩せたな〉と私は思い、ミヒが哀れであった。


「ミヒ、温かいミルクを持ってきたよ。一緒に飲もう。」

ふりむいた目が虚(うつ)ろだった。

「ジヌ?あ、ありがとう。いただくわ。

お兄様とヒョンスは?帰ってしまったの?
せっかく久しぶりに4人で話がしたかったのに。

ああ、あったかくて美味しいわ。」


「ミヒ、ヒョンスは来ていないよ。
今日は何の日だったか覚えていないのかい?」


「今日?今日は…、私何をしていたのかしら?…
そういえばどうしてここにいるの?

ええと、今日は、お医者様へ行ってお薬を頂く筈だったのよ。
でも、家を出て…。」


ミヒの手からカップが転がり落ちた。
飲みかけのミルクが床を濡らし、微(かす)かに湯気を上げていた。


「今日は…、ヒョンスの結婚式だったのね。
とうとうあの人は、私の元には戻らなかった…。」

ミヒの瞳から溢れ出でた涙は頬を伝い、ミルクの海の中にぽとり、ぽとりと落ちていった。



あの人は 私の元に 戻らない
       分かりたくない 悲しい現実

幸せを 願っていたのに 愛し君
      愛に破れて 涙流すか

かりそめの 逢瀬でもいい 今だけは
        恨みを忘れ 静かに眠れ



追記  ↑のお話は、ユソンの恋 6「過去 ④」ユソンの恋 7「過去 ⑤」とリンクしています。
あわせてお読みいただけると幸いです。 

あの日から 七 「再会」

2005-07-15 13:35:30 | あの日から
[十五年前 ニューヨーク ミヒの家]

「おとーさーん、お帰りなさーい。」

三歳位のかわいらしい男の子が私に向かって駆けてきた。
〈ああ、この子がミヒさんの子供だな。〉

「お父さん、やっと帰ってきてくれたんだね。僕ずーっと待ってたんだよ。」
男の子はニコニコと笑って、息を切らしながらそう言った。

「僕の名前は?」

「ジュンサン…。どうして名前を聞くの?
…おじさんは…、お父さんじゃないの?」
ジュンサンは悲しそうな顔をした。

「ごめんよ。おじさんはお母さんの友達なんだ。お母さんはいる?」

「お母さんは今お出かけしていていません。
でも本当にお父さんじゃないの?
いつもお母さんが見せてくれる写真にとっても似てるのに…。」


「ねえ、ジュンサン君。君もピアノが弾けるのかな?」

「うん、お母さんに教えていただいたから弾けるよ。僕とっても上手なんだよ。」

「そうか、じゃあ、お母さんがお帰りになるまでジュンサン君のピアノを聞かせてもらってもいいかな?」

「うん、いいよ。」


私はジュンサンを抱き上げると一緒に家の中へ入っていった。



[一時間後]

「お母さん、お帰りなさい。
お客様がいらっしゃってますよ。お母さんのお友達で、お父さんによく似たおじさま。」

「お友達?」


「ミヒさん、お帰りなさい。
お手伝いさんに無理を言ってあげてもらいました。留守中にお邪魔して申し訳ありません。」

「あなたでしたか。お出でにならないでくださいと申し上げましたのに…。

ジュンサン、向こうへ行ってアンジュマにおやつをいただきなさい。
おかあさんはおじさまとお話があるの。」

「はい。あのね、お母さん、僕おじさんとお友達になったの。
おじさんにピアノを弾いてあげたの。とっても上手だって褒められたよ。
それからいっぱい遊んでもらったの。

おじさん、また遊びに来てね。」

「そう、遊んでいただいたの。よかったわね、ジュンサン。」



「かわいいお子さんですね。」

「…ペクさんにお聞きになったでしょう?あの子に父親はいません。
どういう意味かお分かりになりますよね。
ジュンサンには父親は仕事でずっと海外にいて帰ってこないと話してあります。

…そういうわけですから、私達親子のことはどうか放っておいてください。」


「そんなことを気にする必要はありません。

私の父も庶子なんですよ。だから父はアメリカに来た。
私とて故国(くに)にいては肩身の狭い思いをしなければならないかもしれないが、ここは自由の国です。

私はジュンサン君がとても気に入りました。

今日はこれで失礼しますが、またお邪魔させてくださいね。
お願いしますよ。ジュンサン君とも約束したのですから。」


「……」



[その一週間前]

私とミヒは友人宅で開かれたパーティーで出会った。

彼女の美貌と、その細い指先から奏でられる哀愁を帯びたピアノの音色に私は魅せられた。


「彼女は?」

「ああ、カン・ミヒって言うんだ。美人だろう?

もう四・五年前になるかな。
ドイツ留学中に国際コンクールに入賞して、結構注目を集めた人なんだ。そのままヨーロッパを中心に活動するのかと思われたんだが、いったん帰国してその後病気をしたらしくってしばらく活動してなかったんだ。

最近活動を再開して、これからの注目株だよ。僕も応援しているんだ。」

「紹介してくれないか?応援しているってことは知り合いなんだろ?」

「彼女、独身だけど子供がいるんだ。わけありらしい。
僕も詳しくは知らないけれど。」友人は声を潜(ひそ)めて話した。

「構わないから紹介してくれよ。」


ミヒの演奏が終わった。

「ミヒさん、こちら僕の友人でセウングループのイ理事。将来の社長候補ですよ。
あなたに目を着けたらしくって、さっきから紹介しろってうるさいんですよ。(笑)」

「まあ、相変わらずペクさんたら冗談ばっかりおっしゃって。」

ミヒは艶然(えんぜん)と微笑んだが、少々迷惑そうな顔をした。

「本当ですよ、ミヒさん。初めまして。
素晴らしい演奏でした。
ぜひまた、お近くでお聞きしたいものです。今度お宅にお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「困りますわ。
まだ修行中の身ですし、こちらはほんの仮住まいで、お客様をお招きするような家ではございませんから…。」



[十五年後]

「ジュンサン君…」
ベッドに座る彼の姿に私は言葉を失った。

十二年ぶりに会った彼は十八歳の逞しい青年に成長していた。

しかし、あの幼い頃、初めて出会った頃のきらきらと輝いていた瞳の色は失われていた。

彼の目には何も映っていないかのようだった。


「意識が戻ってからというもの、ずっとあんなふうなの。
毎日ぼうっと窓の外を眺めたりするだけで、…記憶が戻らないだけじゃなくて、生きる気力を失ってしまったようなの。

記憶が戻らないのも、あの子自身が思い出すのを拒んでいるとしか思えないわ。
もう体は元に戻っているのに…、あの子にとっては辛いだけの記憶なのよ。

父親がいないだけでも辛くて寂しかっただろうに、私は自分の辛さに耐えるのが精一杯であの子の気持ちを思(おも)い遣(や)ってあげることができなかった。
ごめんなさい、ジュンサン。


あの時…、ジュンサンが六歳の時、韓国に帰らなければ、あなたの言葉を振り切って行かなければこんなことにはならなかったかもしれないのに…。」


「ミヒさん、私が父親になろう。
今からでも遅くはない、結婚しよう。

君がまだヒョンスさんという人のことを忘れられないのは分かっている。
それでもいい。

私の為じゃない、ジュンサン君のために…。」


こうして私とミヒは結婚した。

アン医師や弁護士とも相談し、記憶を失ったままのジュンサンには新しい記憶を植え込む『治療』を施し、戸籍を整理して私の実子とすることにした。



「ミヒ、この子には炯(ミニョン・明るく輝く美しい石)という名をつけよう。
ミニョン、お前は私の子として生まれ変わるのだ。
新しい人生を生きるのだよ。早く元気になっておくれ。」

いまだ催眠治療から目覚めていないジュンサンに私は語りかけた。



〈ああ、もうジュンサンも私も苦しまなくて済む。これでやっと楽になれる。
ジュンサン、もう苦しまなくていいのよ。安らかに眠って。
今度目覚めるときはミニョンとして、幸せなイ・ミニョンとして目覚めるのよ…。〉
ミヒは心から安らぎを覚えていた。




あの日から 六 「イ・ミニョン」

2005-07-12 09:51:30 | あの日から
あの日…
私はパリのオープンカフェであなたを見つけた。

「ジュンサン…?」

なぜあなたがここにいるの?
コーヒーを飲みながら友達と談笑するあなたの横顔に、私の視線は釘づけになった。
ジュンサン…なの?

でも…違う。
ジュンサンじゃない。

あなたの瞳の色は明るく、あなたは柔らかな微笑をうかべていた。
秋だというのに、あなたの周りだけあたたかな春風が吹いているようだった。

ジュンサンがあんなふうに笑うのをチェリンは見たことはなかった。
いつも人を寄せ付けないような、冷たい瞳で遠くを見ていたジュンサン…。

ジュンサンと瓜二つのあなたは誰なの?
私は思わず席を立ってあなたに話しかけた。

「こんにちは。ごめんなさい、こちらに座ってもいいかしら。」

あなたは突然のことに驚いていたが、いやな顔もせず

「どうぞ、僕が韓国語が話せるってどうして分かったんですか?」
と言った。

「なんとなく、同胞かなと思って。あなたは韓国人じゃないんですか。」

「ええ、アメリカから来たんです。両親は韓国人ですけれど。」

「ごめんなさいね。
私から話し掛けたのに名乗らなくて。
オ・チェリンと言います。よろしく。

ファッションデザインの勉強に来ているの。あなたは?」

「僕は、イ・ミニョン。
友達のところに遊びに来ているんです。
僕も近々こちらに短期留学するので、その下見も兼ねて。」


「じゃあ、ミニョン、僕はここで失礼するよ。
チェリンさんも、またお会いしましょう。」

「あら、ごめんなさいね。お話していたのに私が横取りしたみたいになっちゃって。さよなら。」


「お友達に悪いことしちゃったかしら。」

「大丈夫ですよ。
もともと予定があってそろそろ行かなくてはと言っていたんですから。」

「ミニョンさんは今日これから何か予定があるのかしら?
もし良かったら一緒にお食事でもいかが?」


ミニョンは笑って
「チェリンさんはずいぶん積極的な方ですね。どうして僕に関心をもたれたんですか。」

「だって、ミニョンさん、とてもハンサムで素敵なんですもの。
私一目惚れしてしまったみたい。こんなこといったら失礼かしら?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。正直な方なんですね。
僕も美しい人は大好きですよ。

チェリンさんはとても美人だから、僕たちは仲良くなれそうですね。」ミニョンは愉快そうに笑った。



その日からチェリンとミニョンは交際を始めた。


ミニョンはチェリンにとって理想的な恋人だった。


いつも優しくチェリンを楽しませてくれたし、かといって束縛することもなかった。




[空港にて]

「ミニョンさん?私よ、チェリン。今どこにいると思う?空港よ。」

「空港?空港ってどこの?」

「ニューヨークよ。あなたを追いかけてきちゃったわ。
もうすぐ会えるのは分かっていたんだけれども、来ちゃった。迎えに来てくださる?」


「(笑)チェリン、僕がいなかったらどうするつもりだったの。今迎え行くから待ってて。」



[ミニョンの家]

「母さん、前に話したフランスの彼女。(笑)」

「お母様、初めまして。オ・チェリンと申します。突然お邪魔して申し訳ありません。」

「いらっしゃい。どうぞお入りになって。
ミニョンからお付き合いしている人がいることは聞いてました。お噂どおり綺麗な方ね。

でも、今日お出でになってよかったわ。明日から外出する予定だったのよ。」

「まあ、そうなんですか。ラッキーでしたわ。

あと一週間でミニョンさんがフランスに来ることは分かっていたんですが、急に会いたくなってしまって。
ミニョンさんのお宅にも伺って、お母様にもお会いしたかったですし。

突然お伺いして申し訳ありません。」


「チェリン、座ってゆっくりして。
母さん、パクさんにコーヒー頼んでくるから。」


「チェリンさん、ミニョンと会うようになってからどのくらいなの?

初対面なのにこんなこと聞いて気を悪くしないでね。」

「いえ、構いませんわ。まだ一ヶ月くらいです。

ミニョンさん、アメリカにもお付き合いしている方がいらっしゃるんでしょうね。

突然お伺いしたのに、お母様驚かれないのは、こういうこと初めてではないからなんですね。」


「チェリンさん、あの子はああ見えて何人もの方と平気でお付き合いする人間ではないの。
だからたぶん今はあなただけよ。

もちろんガールフレンドくらいの人はたくさんいるでしょうけれども。

ただね、いつもあまり長続きしないのよ。
たいてい相手の方が離れていってしまうの。

ミニョンは優しいけれども冷たいところがあって、仕事や勉強に打ち込んでいるときはそちらを優先してしまうし、自分から積極的にならないから女の人にすれば淋しいんじゃないかしら。

まだミニョンは本当の恋に出会ってないのね、きっと。

母親なんてそんなことまで心配して…、愚かね。

でも、チェリンさんは大丈夫そう。
あなたは本気みたいだし、しっかりしていて長続きしそうだわ。頑張ってね。(笑)」



「二人で仲良さそうに何話してるの?まさか、僕の悪口?」

「そんなことお母様とお話しするわけないでしょ、ミニョンさん。
あなたが浮気してないかお母様に聞いてたの。」

「僕はチェリン一筋だよ、ねえ、母さん。
今日だって電話貰ってすぐ駆けつけたじゃないか。
こんなに優しい恋人なんて、なかなかいるもんじゃないだろ。」


「そうね、母さんはお邪魔のようだし、用事があるからちょっと出かけてくるわ。
チェリンさん、どうぞゆっくりしていって。よかったら夕飯も用意するから食べていって。」

「はい、ありがとうございます。」

「いってらっしゃい。」


〈思い切ってニューヨークに来てよかった。お母様にも会えたし、どうやら私のことを気に入ってくださったようだ。
私は絶対ミニョンさんのことを諦めたりしないわ。何があっても。〉



パリのカフェ 柔らかい春の 風のよう
         微笑むあなた 亡き人に似て

こんどこそ 私は恋を 実らせる
        もう泣きはしない なにがあっても




あの日から 五 「チヨンの思い」

2005-07-07 11:30:24 | あの日から
[サンヒョク社会人となって数年後 キム家の居間]

「お父さん、お父さんの誕生祝にユジンを呼んでもいいかな。」

「ああ、そうだな。
そういえばユジンの顔も久しく見ていないな。

ユジンのお母さんからもくれぐれもよろしくと頼まれているんだ。
こちらがソウルにいるのに知らん顔というのも申し訳ない。

何かないとユジンも遠慮して来にくいだろうから、ぜひ呼んであげなさい。」

「あなた、誕生祝は家族でするものですわ。
それに、ユジンだってもう子供じゃないんですから、呼ばれたらかえって気を使わせることになってかわいそうですよ。
仕事も結構忙しいんでしょう?」

「そんなに気を回すこともなかろう。
ユジンは小さい頃から良く知っている間柄なんだから、まあ、心配なら誕生祝といわずに、たまにはご飯を食べにおいでと誘ってもいい。

サンヒョク、少し息抜きしにおいでと誘ってあげなさい。」


サンヒョクの一家はジヌの転勤で今はソウルに住んでいた。



それにしても…

夫もサンヒョクも困ったものだとチヨンは思った。


大学に入って広いソウルに行けばたくさんの人と出会ってユジンへの熱も冷めるに違いないと高をくくっていたのがいけなかった。

社会人になった今でも相変わらず、サンヒョクの話に出てくる女性といえばユジンばかり。
もうあきれてばかりもいられない。
何とかしなければ…。



「ねえあなた、ユジンで思い出したのだけれども…
ユジンにどなたかお世話してあげたらどうかしら。

サンヒョクの話だと毎日残業続きで休みの日も仕事に出ることが多くて、恋人を作る暇もない生活をしているようですよ。

ユジンはチョン家の家長なんだから、早く結婚してお母さんを安心させてあげなくちゃいけないわ。
もう学生じゃないんですもの。

ユジンにのことを気にかけてあげることも結構ですけれども、いいお相手を、できれば養子に来てくださる方をお世話してあげるのが、ヒョンスさんの親友としてのあなたの勤めではありませんか?


ほら、あの方なんかどうかしら?

あなたの研究室の助手をしている方で、ご両親をなくして学生時代は苦学していたからとても人柄がよくてっていう方がいらっしゃったでしょ。

確か次男だって言ってたし、いいんじゃありません?」


「ああ、ソン君か。彼は真面目でいい青年だ。

しかし…、サンヒョクは今でもユジンのことを想っているんじゃないのか?
サンヒョクの気持ちも考えてやらんと。」


「あなた、サンヒョクはうちの跡継ぎですよ。
ユジンがうちの嫁になるわけにはいかないでしょう?

それは、ユジンはいい子だし、あなたも気に入っているかもしれないけれども、いくら親友の娘でもそれとこれとは別ですよ。

第一、ユジンはサンヒョクのこと友達以上には想っていないんじゃありませんか?

それではいくらサンヒョクがユジンのことを好きでもサンヒョクが不憫ですよ。


ねえあなた、ソンさんのこと考えておいてくださいね。」


ユジンのことは、それこそ幼い頃からよく知っていて良い娘だと思っていたが、嫁としてはサンヒョクに相応しくないとチヨンは考えていたのだ。



もっと早く手を打つべきだったのだ、とチヨンは今更ながら後悔した。


そういえばサンヒョクの学生時代もこんなことがあった。
あの時に何とかしていれば…。



[サンヒョク学生時代 ある休日]


「もしもし、母さん。
今日これからそっちへ行くから、うん、昼前には着くと思う。
じゃあ、後で。」


「あなた、今日サンヒョクが顔を出すそうよ。
泊っていかれるのかしら。
聞き損っちゃったわ。

せっかくだから夕食も一緒にできるといいんだけど。
サンヒョクももっとちょくちょく帰ってくればいいのに。
車があるんだから。」


「まあ、学生とはいっても、放送部に入っていれば結構忙しいものだ。
サンヒョクは勉強も真面目にやっているし、長い休みには戻ってくるのだから、いいじゃないか。」

「それは、そうですけれども…。」




「ただいま、母さん。」

「お帰り、サンヒョク。あら、ユジンも一緒だったの?」

「おば様、こんにちは。ご無沙汰しております。
いつも母が大変お世話になり、ありがとうございます。」

「ユジン、わざわざ挨拶に寄ってくれたのね。
こんなところで立ち話もなんだから、あがってお茶でもいかが。」

「いえ、母が待っていますので、ここで失礼します。」

「そお、お母様によろしくね。」

「母さん、ユジンを家まで送ってくるから、すぐ戻る。」



〈サンヒョクが帰ってくるときはいつもユジンが一緒だわ。

あの子、サンヒョクを足代わりにしているのかしら?〉




「サンヒョク、今日は泊っていかれるんでしょ。
お夕食も一緒にと思って準備してあるのよ。」

「ああ、でもユジンが今日のうちに戻るっていってたから…どうしようかな。」

「どうしていつもユジンと一緒に帰ってくるの?
ユジンに乗せて欲しいって頼まれるの?」

「違うよ。
僕から誘ってるんだ、一緒に帰ろうって。

ユジンは春川に帰る時はバスに乗るからいいっていつも断るんだけれども、忙しくてこんなときぐらいしか会えないからさ。」


「まあ、あなたはいつまでユジンばかり追いかけているの?
他に誰かいい人はいないの?

放送部の後輩とか、もっとあなたに相応しい人がいるんじゃないの?

恋人ができたらちゃんとお父様に紹介するのよ、わかった?」




[ジヌの誕生日数日前]

「サンヒョク、お父様の誕生祝にユジンを誘ったの?
もしまだなのなら、今回は辞めておきなさい。

あなたもユジンももう社会人なんだから、中途半端なお付き合いはお互いの為に良くないわ。

あなたがいくら幼馴染のユジンを友人として気にかけてお付き合いしているつもりでも周りはそうは見ないわよ。

恋人として付き合っていると勘違いされたら、男のあなたは良くても、女のユジンは困るのよ。
わかるでしょ。

いくら世の中が変わってきたといっても、きちんとした考えの人はまだまだ女性が複数の男性とお付き合いしたことがあるということに批判的なのよ。
だから、ユジンの為にももう少し考えてあげないと、そうでしょサンヒョク。

ユジンはチョン家を継がなきゃならない人なんだから、仕事も大切だけど早くきちんと結婚相手を決めてお母さんを安心させてあげることも大事なのよ。
あなたも友人として、親切にしてあげるだけではなくてそういうことも言ってあげるべきなんではなくて?」


「母さん、僕はけして中途半端な気持ちで、幼馴染だから気軽にユジンと接しているわけではないことぐらいわかっていてくれると思ったのに…。
僕は真剣にユジンと一緒になりたいと思っているんです。
ユジンではだめなんですか?」

「当たり前です。
あなたは二つの家を一人で背負い込むつもりなの?

第一、こんなことを言っては失礼だけれども、ユジンの家と我が家ではつりあいませんよ。

ユジンのお母さんが苦労されるだけじゃありませんか。

結婚となれば色々な手続きや準備があって嫁の家で負担しなければならないことも多いんです。
ただ好きなだけではすまないんですよ。

ユジンだって苦労することになります。」


「母さん、そんなことは僕がうまく何とかすればいいことじゃないんですか。
あやふやにしているのが気に入らないのなら、僕がちゃんとユジンに結婚を申し込むよ。

お父さんにも恋人としてユジンを紹介する。
それならいいだろう?母さん。」


サンヒョクのあまりに真剣な顔に、チヨンは二の句が告げなくなってしまった。




あの日から 四 「誰も愛したくないから…」

2005-06-29 23:26:34 | あの日から
「な~にユジン、その髪!まるで子供のおかっぱ頭じゃない!」

チェリンはユジンを見るなりそう言った。
大学路(デハンノ)の喫茶店に春川高校の仲間が集まっていた。

ヨングクとサンヒョク、ジンスクはまめに会っているようだったが、ユジンも皆とは久しぶりだった。
チェリンとは大学入学以来だから半年ぶりになる。

「おい、久しぶりに会ったのにいきなりなんだよ。
まったくオ・チェリンは大学生になっても相変わらずだな。」

「だってヨングク、ユジンの髪型何なの?
服だって、もう高校生じゃないんだから、もっとおしゃれしなさいよ。
そんなんじゃ恋人もできないわよ。
ミーティング(合コン)も出たことないんでしょ、ユジン。
ははぁ、まさかあんた達まだ付き合っているわけ?よく続くわね。」
チェリンはユジンとサンヒョク、二人の顔を見比べながら言った。

「そんなんじゃないよ。
僕だってユジンに会うのは久しぶりさ。
2ヶ月ぶりかな?ユジンはいつも忙しいから、たまに誘ってもふられっぱなしさ。
それにユジンのショートカット、似合ってると思うけどな。」

「サンヒョクは相変わらずユジンなら何でもいいわけね。まあいいわ。
とにかく、愛しいユジンに久しぶりに会えたのは私のお陰ってわけね。
私が皆に声をかけたからなんだから、感謝しなさい!」

「はいはい、チェリン様、おありがとうございます。(笑)」
ヨングクが引き受けて、おどけて言った。
「しかし、お前の化粧はちょっとケバイぞ。」

チェリンは自分から皆に会いたいと声をかけただけあって、次々と皆を質問攻めにした。

「それにしても、ユジンは美大にいくと思っていたのに、ずいぶん畑違いのところに入ったものね。」

「だって、絵じゃいくら好きでもそれで食べていくのは大変じゃない?建築業界ならそんな心配はないし、趣味に生きられるような身分じゃないもの、私は。」

「あら、嫌味?ま、いいわ。
で、ヨングクはどうして獣医なんかになろうとしてるわけ?
あんたは『東洋哲学』みたいなのが好きだったでしょう?だからてっきりその方面に進むのかと思っていたのに。」

「俺はちゃんと自分の未来を自分で占ったのさ。もちろん動物が好きって言うのもあるけど。
韓国社会も裕福になってきたから、これからは絶対ペットブームになると思うんだ。俺は家畜じゃなくてペットを扱う獣医を目指すんだ。」

「へ~え、なるほどね。」

「人のことばかり聞いているけど、チェリンはどうなの?彼氏はできた?」

「私は別に文学をやりたくて仏文科に入ったんじゃないわ。フランス語とフランス文化を知るためね。
いずれ大学を卒業したら留学するつもりよ。
向こうで何を勉強するかはまだひ・み・つ。
彼氏はまだよ。
ボーイフレンドならいっぱいいるけどね。誰でもいいってわけじゃないもの。」

「サンヒョクは大学でも放送部に入ったのよね。」

「うん、僕はラジオ局を目指しているから。」

「アナウンサーになるの?」

「いや、番組を制作する側さ。」

「それにしても狭き門じゃない。大学にいっても真面目に頑張っているわけか。えらい、えらい、学級委員長殿。(笑)」


「あ~あ、皆それぞれ目指す道がもう決まっているのね。結局まだふらふらしているのは私だけか…。」

「ジンスク、まだ大学に入ったばっかりなんだから、なにも焦ることないわよ。これからゆっくり決めていけばいいじゃない。」

「ありがとう、チング(友よ)。
ねえ、そういえばユジンのルームメイト、引っ越しちゃったってほんと?」

「ええ、先輩と一緒に住んでいたんだけど、留学することになって、いったん実家に戻るって先月の末に引き払っていったわ。」

「ねえ、それじゃさ、ユジンのアパートに越していってもいいかな~?だって、寮は規則がうるさくて、食事も美味しくないし、出ようかなと思って。どお?」


「おい、ジンスク、お前アパートになんか入ったって自炊できるわけないし、ユジンが料理上手いからって食わしてもらう気か?迷惑になるだけだぞ。やめとけ。」

「ヨングクったら酷いわ。そりゃ、私は料理下手だけど、ユジンに教えてもらったりしてだんだん覚えていけばいいし、そのほかのことだって自分でちゃんとやるもの。大丈夫よ。」


「いいわよ、ジンスク。越してきなさいよ。私もどうせいつまでも一人で家賃を払っているわけにはいかないから、ルームメイトを探さなくちゃと思っていたんだもの。
ジンスクだったらお母さんも安心するわ。」

「やった!じゃ決まりね。
引越しの日が決まったら連絡するから、ヨングクとサンヒョクは手伝いに来てよね。お願いよ。

ヨングク、そんなに睨まなくても大丈夫。ちゃんと迷惑かけないようにやるから。」

窮屈な寮を出られることになって、ジンスクはご機嫌だった。


「あら、もうこんな時間。行かなくちゃ。
呼び出しておいて悪いけど、私先に失礼するわ。」

「あら、チェリン、もう帰っちゃうの?ボーイフレンドとデート?」

「まあね、そんなところ。じゃあ、またね。」


「じゃあ、俺もそろそろ帰るかな。ジンスク、一緒に途中まで行くか?」

「うん、いくいく。」

「僕達も出ようか。」

「そうね。」

「じゃあ、サンヒョク、ユジン、また連絡するよ。」


  ***

「ユジン、明日時間ある?映画でも見に行かないか?」

「ごめん、明日はバイトなの。この間休みを替わってもらったばっかりだから明日は無理だわ。
いつも断ってばかりでごめんね。」

「いいよ、しょうがないさ。理系は授業も大変だし、ユジンはバイトもしているんだから、忙しいさ。
でも、あんまり無理するなよ。

今日は会えてよかった。車でアパートまで送るよ。」

「ありがとう。でもいいわ。本屋さんに寄っていきたいから。
じゃあ、サンヒョク、またね。」


そういってユジンは小さく手を振ると商店街のほうへ歩いていってしまった。

ユジンの背中を見つめながら、サンヒョクはユジンとの間に見えない壁のようなものを感じていた。


[半年前 入学式後]

ユジンはジュンサンの肖像画を引き出しから取り出すと、話しかけるようにつぶやいた。

「ジュンサン、やっと髪を切ってきたわ。
似合わない?いいのよ。

あなたがいなくなってからずっと切りたかったの。

何故って?

ジュンサンは『ユジンの長い髪が好きだ。』って言ってくれたでしょ。

もうあなたはいないんですもの。
美しく粧(よそお)う必要なんかないじゃない。


私、あなたがいなくなってから、湖に何回も行ったわ。

ジュンサンに会いたくなると行ったの。

ひょっとして、あなたがいるかもしれないと思って。

でもいなかった…。

そうよね、あなたは影の国にいってしまったんだもの。


あなたに会いたくて、側に行きたくて、…何度湖に入ろうとしたかしら?

でもできなかった。


お母さんとヒジンが私の足を捕まえて離さないの。

だから、できなかった。


ごめんね、ジュンサン。

二人を置いていけないの。

私が守らなければいけない家族なのよ。


ジュンサン、一人で淋しい?

ごめんね、一人にして。


ジュンサンは私が側に行ける様になるまで一人で待っていてくれるかしら。


湖を見つめながら、あの時私は決めたの。
春川を離れたら髪を切ろうと。

もう、あなた意外誰も愛したくないから…。



この湖(うみ)の 水に入りて 君がいる
          影の国へと 行きたしと思う

もう誰も 愛さぬ証 髪を切る
      君が愛でたる 黒髪だから