優緋のブログ

HN変えましたので、ブログ名も変えました。

「若年認知症とは何か」

2006-04-28 12:13:19 | 読書
若年性認知症家族会「彩星の会」編 筒井書房 2005年7月11日発行


「私の頭の中の消しゴム」が公開されたことにより、若い人でも(20代でも)アルツハイマーになるのだということが広く知れ渡たることになったと思います。

私も以前テレビで見て、「早い人では40代、50代でも認知症になる人がいる。」事は知っていました。
でも、それは稀な例であって、早い遅いの違いはあっても、認知症という病気には違いはない、その程度の認識しかありませんでした。

やはり、基本的には年をとることによって起きる病気、という意識が強く、まさか20代でなるとか、正確な数は分からないけれども、軽度の患者を含めると10万人程度いるなどとは思ってもおらず、正直なところショックでした。
そして、高齢者の認知症とは違った様々な問題点があることもこの本を読むことで知ることができました。
これは他人事ではないと思いました。
是非、皆さんにも読んでいただきたいと思います。


副題に「隠す」認知症から「共に生きる」認知症へ とあるように、この本の監修をされている宮永和夫医師は、「若年認知症」を病気ととらえて「治療」するよりも「障害」ととらえて「共に生きる」場を作っていくことを訴えておられます。

それは、「若年」と「高齢者」の違いからくるもので、「若年」の場合は体が動き、エネルギーがあるため、それを発散させて落ち着かせることが大事なケアになるからなのです。

現在施設などで高齢者に対して行われている「刺激して生活を活性化させる」という接し方は「若年者」には逆効果で、「暴れる」「怒りっぽい」などの問題行動を引き起こす結果になります。

病気の初期の段階では、物忘れの症状により仕事上のミスが重なり職場に適応できなくなったり家事に支障をきたすなど本人が非常に悩みます。
やがてまわりがおかしいと気付いて病院へ連れて行く、あるいは休職させるなどの処置がとられるわけですが、本人は病識(病気であるという意識)がなかったり、あるいは「今は病気だから休んでいるけれども治ったら復職したい。」という現職意識(あるいは社会で生活しているという意識)が若い人ほど強いのです。

ですから、本人に残されている能力を生かせる「本人がやりたいことを出来る場」を提供し、「社会で今までどおり生活しているのだ。」と安心でき、自尊心が保てる社会にしていかなければならないのです。

日本での若年認知症に対する支援の現状は、専門の施設がないだけでなく、専用の介護サービスもないため、高齢者用の施設やサービスを利用することになります。しかし、「若年者は介護が難しい」と受け入れを拒否されることも多く、対応が遅れています。

介護保険では、40~64歳の場合、アルツハイマー病などの老化に伴う認知症は保険給付に含まれていますが、交通事故などが原因による頭部外傷など「老化に伴って発症したものではない場合」は除外されています。
また、介護保険の対象外の39歳以下はまったくカバーされていません。



「私の頭の中の消しゴム」

2006-04-25 12:10:19 | 読書
木村元子著 小学館文庫2005年10月1日発行

この小説は、2001年制作のドラマ「Pure Soul~君が僕を忘れても~」のノベライズ作品として書かれたものを、映画の公開に合わせて全面改稿した作品。

一読した感想は「エ?これで終わり?」というのが正直なところでした。
主人公薫(映画ではスジン)の日記という形式で綴られた内容は、文章も口語体で読みやすく、一日が一行という日もあり、本当にあっという間に一時間半もあれば読めてしまいました。

これまで、映画やドラマのノベライズ本といえば、本編では映像だけで表現されていて、台詞などで語られることのない、登場人物の心の動きなどが細かく描写されているのが良いところだと思い読んできました。
しかしこの本の場合は、薫の視点から一日のことが数行で書かれているだけなので、薫の見ていない(知らない)浩介(映画ではチョルス)の行動などは全く表には出てきません。
これは、一行づつ、じっくり想像力を働かせながら読まないと、本当の内容は見えてこないぞと思い読み直しました。

1月28日
薫の28歳の誕生日の日記から始まる。
その日、地下鉄の中でふと昔の恋人和也のことを思い出す薫。
「火傷をしたときは痛くても、傷が癒えて、そのうちそこに傷があったことを忘れてしまう。
傷が消えることはないのだけど、自分の一部みたいに、そこにあることに慣れていくのだ。」
物語の結末を暗示するような文章が示されている。

数日後、行きつけのカフェLuna Coffeeで薫は浩介と出会う。
薫がLuna Coffeeに置き忘れたデザインのスケッチブックを取りに戻ったところで浩介と出くわし、「私のスケッチブック、返してください!」と大声で叫んでしまう。
実際は、薫の勘違いで、浩介がたまたま同じものを持っていただけなのだった。
薫が謝っても浩介はろくに返事もせず無愛想。最悪の出会い。

この後、薫は浩介のことを日記の中で「無愛想男」と呼んでいる。
気に入らない奴と言いながらも、でも薫が浩介のことを意識していることが文章の端々から読み取れる。

一方、浩介も薫の事を一目惚れしていたことが、後になって分かる。
薫がLuna Coffeeで、デザイン画を書いている時に消しゴムを折ってしまい「どうしよう。」と思っていると、浩介がぽんとテーブルの上に消しゴムを。
薫の存在など眼中にないような顔をしていつも設計図を広げていた浩介も、薫のことを意識していたのだ。そうでなければ、そんなタイミングよく渡せるわけがない。

この「消しゴム」をきっかけに、二人は急速に親しくなってき、薫の日記は幸せな文章で彩られてゆく。
しかしその合間に、会社でのありえないミスや、物忘れなど、薫の不安な「症状」が時々見え隠れする。

夏祭りの夜、二人は初めての大喧嘩をする。
「祭りに行きたい」という薫に、浩介は「祭りは嫌いだ」という。
なぜ?私は行きたいのに。
両親や子供のころのことを語ろうとしない浩介に薫は、「子供のころのアルバムを見せて」という。
しつこいよ、と怒る浩介に薫も不機嫌になり帰ろうとする。

やがて浩介が生い立ちを語り始める。
浩介は夏祭りの夜に母親に捨てられたのだ。
両親のいない浩介は「人は変わるんだよ。愛なんていつかは消えてなくなるんだよ。将来なんて、誰にも分からないんだよ。」と。
両親の愛に育まれて幸せに育った薫には浩介の心が分からない。

マンションに行っても、Luna Coffeeに行っても浩介に会えない日々。
二人の間に溝ができ、浩介に気持ちを伝えられない苛立ちが薫を襲う。
もうだめなんだろうか?

その日も閉店までLuna Coffeeにいた薫は店を出ようとした時、激しい眩暈に襲われて倒れてしまう。
意識を失っていく中で「薫!」と呼ぶ浩介の声が聞こえる。
浩介も毎日薫のことを想い、Luna Coffeeのドアの前まで来て中に入れずにいたのだった。
「これまでずっと明日なんてないと思って生きてきた。でも今は薫と歩く永遠の未来がほしい。」

浩介は一級建築士の試験に合格し、二人は10月26日に結婚する。
幸せな未来が約束されたような浩介と薫。
しかし、薫の病気は確実に進行していた。

ある日「キッチンタイマー」という言葉が出なかった。
薫が言葉をよく忘れることを心配する浩介。
薫は大学病院で検査を受けることにした。

クリスマスイブの日。
薫の病名が判明する。「若年性アルツハイマー」
全てのことを忘れてしまう病気。
浩介のことも。

家に帰り、クリスマスのご馳走とプレゼントを用意し、家を出る薫。
「友達の看病。」と嘘をついて、分かれる決心を付けるために。
「私の頭の中には消しゴムがある。浩介とは別れるしかない。
明日。明日は帰ってちゃんと話そう。」

ホテルも取らず、思い出の東京タワーの並木道の脇で座っている薫を浩介が探し出す。
私の病気のこと、分かっちゃったんだね。
「薫は俺を信じさせてくれたんじゃないか。何も信じられなかった俺に。
変わらないものがあるって。信じられるモンがこの世にはあるって。いまさら逃げんなよ。」浩介が泣くのを初めて見た。

それから一年、二人は共に病気と闘う。
しかし、しだいに仕事ができなくなり退職。
過去と現在の記憶の混濁が起こり、着替えも一人ではできなくなってくる。
日記の文字もひらがなが多くなり、最後には意味をなさない単語の羅列になってゆく。

最後の日記。
「かずやにあいたい
たまねぎをきる
はんばーぐ
すいっちはつける、けす
しゃしんのひと、こうすけ。
こうすけは、ないている。」

薫は日記を残し家を出る。
主治医の紹介で施設に入り、一ヵ月後に投函してくれるようにと言付けて、浩介への手紙を託す。
そのころにはもう私を連れ戻すことも諦めてくれるでしょうと。

一ヵ月後、手紙によって薫の所在が分かった浩介は薫に会いに行く。
しかし、薫にはもう浩介が分からない。

薫の気持ちを尊重し、薫を連れ戻さない決心をする浩介。
記憶を失った薫がいつも大切に抱えているアルシュのスケッチブックには、浩介の姿だけが描かれている。
その絵は、ページをめくってゆくとしだいに輪郭がぼやけ、やがて幼児が描くような絵になってゆく…。


最後の日記には、和也と浩介の記憶の混濁の中でも、浩介の妻でありたいという薫の心が表れているような気がしてなりません。
そして、たとえ記憶を失ったとしても、命の中には何かが残ってゆく、私もそう信じています。

あなたから 一生分の 愛情を
        もらったから もう、泣かないで

最期まで 高原薫で いさせてね
       あなたを縛る わけではないの

いつの日か 心の傷も 癒えるから
        あなたは自分の 人生生きて

信じること 教えてくれた 君だから
        僕を忘れても 君を愛する

君の中 僕がいること わかるから
       愛は変わらぬと 僕は信じる

永遠の 愛を僕らは 得たのだと
      共に過ごした 時は短くも

買いに、走る!

2006-04-18 10:38:39 | おもいつくまま
私、実は買い物が大嫌いです。
女のくせに珍しいとよく言われます。

昨日は近所のスーパーの売り出し日だったのですが、午前中は用事があって行かれず、夕方は仕事がある日だったので、〈牛乳とか買いに行かなきゃいけないんだけど・・・、あぁお父さんのビールもないわ〉と、どうしようかうだうだと考えながら、パソコンで「若年性アルツハイマー」のことを調べていました。
(「私の頭の中の消しゴム」を見たので。)

すると、あちらこちら眺めているうちに、「私の頭の中の消しゴム」の原作となった日本のドラマの小説本があることを発見。
〈なぁんだ、本あるじゃん。しかも小学館文庫。話題作だから、きっと本屋に平積みしている。買いに行くか。〉

私、気に入ったドラマや映画があると、その原作や小説本を読みたくなるのです。その方がじっくり味わえる気がして。(実際、映画やドラマを見直す時間もないからというのもありますが。)

時計を見ると、仕事まで後45分。
一番近い、大きめの本屋まで車で15分。
う~ん、ぎりぎりだぁ。でも今晩読みたい!
よし、行こう!探す時間は5分。
財布が入ったバックを引っつかんで、出発しました。

結局、本は品切れ中で、注文は出してあるので数日中には入荷予定とか。
確実に手に入れるため、予約してきました。早くこ~い。

それにしても、昨日のフットワークは、我ながら凄かった。
出不精で、スロースターターの私、いつもこうならもっと仕事がはかどるのにね。笑

この勢いが残っていたのか、珍しく仕事の後、その売り出しのスーパーまで出かけて、必要最小限度の買い物をいたしました。
それにしても夕方の込み具合は凄い!
やっぱり買い物は、午前中だわ、と反省した一日でした。

飲むよりも 読むためならば 足取りも
        軽々と、さあ 買いに、走る

小手毬

2006-04-15 09:14:41 | 日々の歌
花たわわ 手折られし枝 拾いしが
        花剥ぎ取られ 挿し木となりぬ

ぐんぐんと 枝茂らせて 花咲かす
        幾年(いくとせ)も我 楽しませたり

清らかに 可憐にしかし たくましく
       生きていきたし 小手毬(こでまり)のよに



初めて小手毬に出会ったのは中学一年生の春。
土曜日の学校帰り、アパートの玄関先にたわわに花をつけた枝がありました。
下を見ると、花をつけたまま折れて落ちた枝がたくさんあります。
〈コップに挿しておけば、2、3日は楽しめるかな。〉と思い、拾って家に帰りました。

昼ごはんを食べ、遊びに出かけ帰ってみると、花がありません。
母に「お花は?」と聞くと、「挿し木にした。」といいます。
確かに、プランターを見ると、か細い枝が何本も挿してあります。
しかし、花がありません。
「お母さん、お花は?」というと、「花をつけたままだと、そっちに栄養がいって、つかないから全部取ったわ。」と。
がっかり。可愛い花だったのに。

あんなか細い枝で、本当につくのか、私は半信半疑でした。
しかし、本当に母の言うとおり、枝はぐんぐん伸びて、手のひらに乗るぐらいしかなかったものが、数年後には腰の高さほどまでの立派な株になり、毎年たわわに花をつけるようになりました。

小さくて可憐な白い花を咲かせる小手毬。
それ以来、私の好きな花のひとつになりました。
実家のは、建て替えのときに残念ながらなくなってしまいましたが、今の我が家の庭にも、小手毬は植えてあります。 

広報委員会活動終了!

2006-04-14 15:35:42 | おもいつくまま
午前中、PTA総会資料の印刷をしてきました。

表紙を入れて27ページの資料+総会のご案内、290部。
印刷、帳合、ホチキス止めに4時間かかりました。疲れた~。

印刷は印刷機がしてくれるので、ページを間違えないようにセットするだけなので一人でも出来るのですが、何せ部数も多いし、ページも多い。印刷するだけで2時間以上かかりました。

その間はすることがないので、校庭で体育をしている子供達を眺めながらおしゃべりタイム。
「次の人たちには、お茶菓子とお茶を用意した方がいいって、引継ぎしないとね。笑」などと言いながら。

印刷が半分終わったところで、「終わった分だけでも帳合しておこう。」と手の空いている人たちが作業を始めます。
「あ、そろそろ幼稚園迎えに行かなくちゃ。また戻ってくるから。」と一人が途中抜け。いってらっしゃい。

印刷が終わると、いよいよ座ってラストスパート。さあ、頑張るぞ!
「なんか、なかなか減らないね。けっこうあるなぁ。」
昼も過ぎて皆さんちょっとへばってきます。
お子様達も飽きてきて、ちょっと暴れ気味。早く終わらせないと…。

「あぁ、やっと見えてきたかなぁ。」そろそろ終わりです。
「これ、部数とかチェックするの?」
「いや、ちょうどしか刷ってないから、ページの過不足なければ終わりでいいよ。」
「これで終わり?ぴったり?」
「OK!終了!お疲れ様!!!」

これにて、17年度の広報委員会の活動は全部終了です。
委員の皆さん、ご協力ありがとう!お疲れ様でした。
でも、楽しかったね。
「このメンバーでやれるなら、もう一回やってもいいよね。」って言って貰えたのが私は何より嬉しいです。
またどこかでいっしょになったら、よろしくね。