「ミニョンさん、待った?」
「ああ、チェリン。
ううん、少しだけ。忙しいのに呼び出してごめん。」
灰皿を見ると、何本も吸殻がある。
やはりかなり待たせてしまったようだ。
それでもいつものように、ミニョンはいやな顔も見せず読んでいた本を閉じるとチェリンにやさしく微笑んだ。
「ミニョンさんから私を呼び出すなんて珍しいことね。雪が降るんじゃないかしら?」
「いくらなんでもまだ雪には早いよ。(笑)
ところでチェリン、僕、留学が終わったら父さんの会社に戻らずに独立する予定だったんだけど、韓国に行くことになったよ。
むこうのグループ会社の理事が急に辞めるので、そこは母方の伯父が関係している会社でもあるから、僕が行くことになったんだ。
これからアジア方面にもっと力を入れていこうという思惑もあるらしい。
チェリンもアメリカに行くって言っていただろう?
相談もしないで決めてしまってごめんよ。」
チェリンは少し膨れたような顔をして
「久しぶりに逢いたいって言うから何かと思えば、ん、もう!
でも、もう決めちゃったんでしょ。
ミニョンさんって、意外に頑固なんだから、私が反対したってだめなのは分かっているわ。
いいわ、私も帰ることにする。
実はね、父からもういい加減に帰ってこいって言われていたのよ。
店は造ってやるからって。
でも、親の力を借りるのもいやだし、ミニョンさんもいるからアメリカに行って、まずブティックに勤めて修行をしながらお金をためるつもりだったんだけど、私も一緒に帰るわ。」
「良かったよ。チェリンが機嫌悪くするんじゃないかって、実はびくびくしていたんだ。」
「嘘ばっかり。」
「本当だよ。
じゃあチェリン、お詫びの印って言うわけじゃないけれど、店を出すための資金を貸してくれるよう銀行を紹介するよ。
向こうに大学時代の友人で銀行に勤めているやつがいるんだよ。
僕が保証人になるから。
それで許してくれる?」
「本当?でも、もしお店がうまくいかなかったらどうするの?」
「大丈夫さ。君はきっとうまくやるよ。信用してるから。」
ミニョンはチェリンにウインクしてそういった。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうしていただくわ。
わぁー、いよいよお店を出すのね。忙しくなるわ。」
「それにしても、ミニョンさん、何で急に韓国に行く気になったの?
今までそんな話したことなかったのに。
その伯父様とはお会いしたことがあるの?
ミニョンさんは韓国へは行ったことがないんでしょう?」
「うん、韓国へ行くのは今回が初めてだよ。
でも、僕が子供のころはよくアメリカにいらっしゃって何度も家にも来てくださったから、お会いしたことはあるんだ。
そういえば、しばらく伯父様にはお会いしていないな。
ところでチェリン、キム先輩って覚えている?
ほら、アメリカの僕の家に来たとき会ったことがあるだろう?」
「キムさん?
ああ、あのちょっと変っているっていうか、おもしろい大学の先輩ね。
覚えているわ。」
「向こうの会社は『マルシアン』って言うんだけれど、キム先輩がそこで次長をしているんだよ。」
「そうなの。それで、キムさんに引っ張られていく気になったの?」
「そういうわけじゃないんだけどね。
父さんに行ってみないかって言われて、そろそろ両親の生まれ育った国に行ってみるのもいいかなって思ったんだ。
昔はそんな気なかったんだけれど。
先輩がいるならまるで知った人がいないってわけじゃないから気楽だし、わがままさせてもらえるかなと思って。」
「まあ、ミニョンさんたら…。」
チェリンはコーヒーを飲みながら、内心ほっとしていた。
ミニョンを追いかけてアメリカへ行ってもいつまでいられるかわからなかったからだ。
両親はいい加減に国へ帰って結婚しろといってくる。
帰国して離れ離れになればミニョンの心を繋ぎとめておけるか不安だった。
でも、一緒に帰国してミニョンが保証人になって店を開くことができるのだ。
もうこれでミニョンが自分から離れることはあるまいとチェリンは思った。
「ねえ、ミニョンさん『マルシアン』だったかしら?しゃれた名前の会社ね。
ミニョンさんにぴったりよ。
私もお店の名前を考えなくちゃいけないわね。
帰国したらすぐに韓国へ行くの?…」チェリンは上機嫌だった。