優緋のブログ

HN変えましたので、ブログ名も変えました。

別れの後 十九 「喜びと悲しみ」

2005-08-23 08:45:28 | 別れの後
[二年後 結婚三年目の夏。]

もうこのころにはジュンサンの視力はほぼ失われていたが、日常生活に支障はなく、仕事もユジンとの二人三脚で順調であった。

そんなある日の朝、ジュンサンはユジンの体調の変化に気付いた。
「ユジン、どこか具合が悪いの?辛そうだよ。」

〈どうして判ったのかしら…〉
「息遣いがなんか苦しそうだからさ、熱はないようだね。」
とユジンの額に触れた。

「ごめんなさい。なんだか体がだるくて、気分も悪いの。
朝ごはん食べられそうもないわ。
風邪を引いたわけでもないと思うのに、早くも夏ばてかな?」

ジュンサンは少し考える風にして、
「ユジン、…あのさ…、生理はいつだった?」
「えっ?ええと、今月は少し予定より遅れていて…まさか!」
ユジンは顔を赤らめて、
〈やだ、私ったらぼうっとしていて、ジュンサンのほうが先に気付くなんて…。〉

「ユジン、まず病院へ行こう。
昨日薬飲んだりしていないよね。
ええと、タクシーを呼んで…。
会社に休暇の連絡もしないと…。」
いつもは落ち着いているジュンサンが慌てていた。

[ジュンサンのかかりつけの病院 産婦人科診察室]
「おめでとうございます。今八週めに入ったところです。
来週超音波診断をいたしますので、またおいでください。
つわりで気分の悪いときは無理をしないで、食べたい物をこまめに摂ってください。お大事に。」

「赤ちゃん!」
ユジンはまだ信じられない気持ちでいた。
ジュンサンが子供を望んでいることは分かっていた。
ユジン自身も早く子供が欲しかった。

だが、「縁があれば子供はできるよ。あせらず自然に任せよう。」
というジュンサンの考えを尊重して特別な治療はしてこなかった。

[自宅のマンション]
「ジュンサン、名前をつけましょう。」
「名前って、今かい?生まれる前に?」
「ええ、おかしい?
赤ちゃんはお腹にいても外の音や声が聞こえるんですって。
動くようになったら、自分の名前にはちゃんと反応するって言うわ。
本当は生まれてからお父様に付けていただくべきなのかもしれないけれど、お願い、わがまま言わせて。名前で呼んであげたいの。
毎日名前を呼んで話しかけてあげたいわ。」

「ユジン、もう決めているんじゃないかい?」
ジュンサンは笑いながら聞いた。
「ええ。ビョル。
私たちの希望の〈星〉だから…。」

「分かった。父には僕から話しておくよ。
…じゃあ、今日から君の名前はビョルだよ。
よろしく、ビョル。」

[一ヵ月後 定期健診の日]
「変わりはありませんか。尿検査のほうは問題ありませんね。」
「はい、特に変わりはありません。
つわりで食欲があまりないのと、体がだるいのが辛いですが…。」
「安定期に入るまでは、赤ちゃんのいる状態に体がまだなじんでいないわけですから、お仕事の都合がつくのであれば、なるべくゆったりした気持ちでいられるように工夫してください。
では、超音波で見させていただきます。あちらへどうぞ。」

映し出される画像を見ていた医師が言った。
「ご家族の方は今日おいでになっていますか。」
「はい、夫が来ておりますが…。」
「それでは、診察室のほうに戻っていただいて、ご主人と一緒にお話させていただきます。」

いやな予感がした。
〈どうしてジュンサンと一緒に…?〉

「大変申し上げにくいのですが、超音波診断をしたところ、お子さんの心臓はすでに停止しています。
こちらの画像をごらんいただけますでしょうか。」

医師がさっき撮ったばかりの画像と一ヶ月前の画像を対比させて見せた。
「ここが心臓です。お分かりになりますか?
ご覧のように先月の画像ではこのように拍動していたのですが、今日のは…動いておりません。」
「ユジン…大丈夫?」
ユジンは蒼白になって今にも倒れそうだった。

「チョン・ユジンさんをベットで休ませて差し上げて。それから点滴を…。」
医師は看護師を呼ぶとてきぱきと処置を指示した。

「先生、私は…画像を見ることが出来ません。
詳しく説明していただけますでしょうか。」
「それは…、失礼いたしました。
今日超音波診断いたしましたところ、お子さんはすでに心停止状態になっておられました。稽留(けいりゅう)流産と思われます。

これは、お腹の中で赤ちゃんが心停止状態になって成長していないのにもかかわらず、出血や痛みがない為に自覚症状がない流産です。
今回のように超音波診断しなければ分からないのです。」

「手術をする必要があるのですね?」
「はい。このまま入院していただいて明日手術ということも出来ますが、どうなさいますか?なるべく早いほうが良いのですが…。」

「妻はかなり精神的にショックを受けております。
落ち着きましたら今日はいったん家に戻って、よく話し合ってから手術をお願いしたいと思います。」

[自宅のマンション 夜]
「ユジン、具合はどう?辛くないのなら少し風に当たってこないか?」

[公園のベンチに座る二人]
「ジュンサン、今日は星が綺麗よ。
パリにいるとき、勉強に疲れると、よく星を見上げながらあなたのことを考えていたわ。」

「ジュンサン、手術をしなければいけないのよね。このままビョルをお腹において置けないのは分かってる…、でも…。
先生は、私のせいじゃないって、赤ちゃんに準備ができていなかっただけだって、誰が悪いわけでもない、仕方のない事だと言ってくださったけれど…。
ビョルは私たちのところに生まれてきたかったんじゃないかしら。私が守って上げられなかったんじゃないかって…。」
「ユジン…。そんなふうに自分を責めないで…。」
ジュンサンはユジンの方を向くと両手をそっと包み込むようにした。
「だって、ビョルは私たちと一ヶ月しか、たった一ヶ月しかいられなかったのよ。
どうして…。
ちゃんと生んであげたかった…。
ごめんねビョル…。」
ユジンの瞳に溢れるものがあった。

「ユジン、意味のない命なんてないんじゃないかなと僕は思う。
ビョルは君のお腹の中に一ヶ月しかいなかったけれど…、ビョルは僕たちの為に、僕たちに教えに来てくれたんじゃないだろうか?」
「何を?」
「別れの練習をしておきなさいって…。」
「……」
「あれからもう三年だよ。分かっているよね。忘れていたわけではないけれど、考えないようにしていたかもしれない。
君との満ち足りた生活で、もちろん充実して毎日大切に生きてきたつもりだけれども、終わりがあることを忘れていたような気がする。
ビョルはそれを教えに来てくれたんだよ。
そしていつか必ず来る別れのときに、残された者がその悲しみに負けてしまわないように、今のうちに二人で練習しておきなさいって、ビョルはそう教えてくれているんだよ。」

別れの後 十八 「結婚式」

2005-08-14 22:12:35 | 別れの後
[ユジンの卒業研究論文を提出した後、二人は韓国に帰国した。
通勤・通院の便を考え、マルシアンの近くのマンションに新居を構えることとした。
また、キム次長の尽力により外島に土地を確保し建築の進んでいた『不可能の家』は秋の終わりにできあがった。
ユジンとジュンサンはこの家を『島の家』と呼ぶことにした。
そして今日は…。]

『島の家』に初冬の暖かな日差しが降り注いでいる。
ユジンとジュンサンの結婚式の日だ。

[当日の朝。『島の家』の一室。ユジンの母とミヒ、イ氏の会話]
「ユジンさんのお母様、お体の調子はいかがですか。
お疲れではありませんか。」
「はい、ありがとうございます。
ご心配をおかけしまして申し訳ありません。
このごろはだいぶ良いのです。
ミニョンさんのお父様、お母様、いろいろとありがとうございました。
私はこんな体ですし、近くに居りましてもなんの力もございません。
ほんとうに何から何まで面倒を見ていただき、なんとお礼申し上げたらよいか、ありがとうございました。」
「いいえ、息子に大事なご長女をいただきありがとうございます。
ミニョンはユジンさんのおかげで生きる気力も自分の人生も取り戻すことが出来ました。
私共はアメリカに居りますので、これからはどうぞ二人の力になってやってください。お願いいたします。」

[式の前日 夜 ユジンの部屋]
「お母さん、疲れてない?」
「大丈夫よ。あなたこそ休まないと、花嫁さんがくたびれた顔をしていたんでは困るわ。
「うん、わかってる。」
「ユジン…、あなた、とっても綺麗になったわ。
…これでよかったのね。」
母はユジンの顔をじっと見つめて頷いていた。

「ジュンサンのことを考えると、正直少し心配だったの。
でも、杞憂(きゆう)だったようね。
あなたは昔からいつもどこか寂しげなところがあったけれど…、もう大丈夫ね。
ジュンサンを大切に…。」
「ありがとう、お母さん。」

『島の家』にはすでにほとんどの出席者が到着していた。
控え室ではパクさんとヒジンが客に茶を振舞っていた。

サンヒョクの一家だけが、まだ来ていなかった。

[ユジンの控え室]
「ユジン、綺麗よ。
ま、ドレスがいいからね。
私もずいぶん腕を上げたと自分でも思うわ。」
「チェリンたら、相変わらず言うわね。」
「ジンスク、冗談よ。
ユジンが綺麗なのは、ジュンサンの花嫁になるからよ。
決まってるじゃない。
ね、ユジン。いろいろあったけれど、おめでとう。
でも今日がゴールじゃないのよ。
負けないで幸せになってね。」

「ありがとう、チェリン、ジンスク。」

玄関ではイ氏とミヒがサンヒョク一家の到着を待っていた。

「キムさん、よくお出でくださいました。奥様も。
お会いできて、本当に嬉しく思っております。
サンヒョクさんも良くお出でくださいました。」
イ氏とミヒはジヌとチヨン、サンヒョクをを出迎えた。

「奥様、お出でになった早々ですが、お庭をご案内いたしますがいかがですか。

ミヒ、パクさんに控え室とは別の部屋にお茶を用意しておいてくれるように頼んでくれ。
奥様を少しご案内してくる。さあ、どうぞ。」

[庭園]
「奥様、いきなりお連れして申し訳ありません。
二人でお話がしたかったのです。

今日はお出でくださって本当にありがとうございました。
奥様にはお出でいただけないかもしれないと、それでも仕方がないと思っておりました。
ミニョンの為にユジンさんとサンヒョクさんの結婚がだめになってしまい、あまつさえミニョンの存在が奥様を苦しめることになってしまいました。
本当になんとお詫びを申し上げればいいかわかりません。
どうぞ、ミヒとミニョンをお許しください。」

「ミニョンさんのお父様、どうぞ頭をお上げください。
私も、ミニョンさんが夫とミヒさんの子供と知ってからはずいぶん苦しい日々を過ごしてまいりました。
昔の事だと、結婚前のことをいまさら言っても、と頭では理解できても心が納得できませんでした。
ユジンとサンヒョクとのこともあって、どうしても受け入れることが出来なかったのです。

結局、時間が私にとっては一番に薬になりました。
息子が、サンヒョクが懸命に立ち直ろうと、ユジンの為にも私達の為にも自分がいつまでも過去に囚われて(とらわれて)いてはいけないと頑張っているのに、親の私が夫の過去を責め続けているのは愚かなことだとようやく気付きました。

結婚以来、夫は私に対していつも誠実で優しい人でした。
その夫に守られて幸せに暮らしてきましたのに、そのことを忘れてしまうところでした。
自分のこれまでの人生を否定してしまうところでした。

ミニョンさんのお父様、今日は本当におめでとうございます。」

「奥様、ありがとうございます。
何より嬉しいお言葉です。
さ、中でお茶の用意が出来ております。まいりましよう。」

[島の家の一室 ジヌとミヒが向き合ってお茶を飲んでいる]
「奥様よく来てくださったわ。

あなたにはずいぶん迷惑をかけてしまいました。
謝って済むことではないけれど…、本当にごめんなさい。
それから、いままでありがとう。」

「ミヒ…。
もとはといえば私の過ちから出たことなのだ。
知らなかった事とはいえ、君にも子供たちにも妻にも悲しい辛い思いをさせることになってしまった。

私こそ申し訳ないと思っている。

サンヒョクも落ち着いてきて仕事に頑張っているよ。
チヨンもそれを見て分かってくれたようだ。

今日ここへ来ることにはさすがに躊躇(ためら)いもあったようだが、この機会を逃しては、ユジンのお母さんや皆さんとの蟠(わだかま)りを解く機会を失ってしまうと思ってね。

ミヒ、君もいいご主人に出会ってよかった。」
「…ええ、本当に立派な人よ。
それなのに…、私は長い間彼に心を開くことができなかった。
ヒョンスへの想いに囚われて…。

いつまでも心を閉ざしている私に、さすがの夫もいつしか冷たくなっていったわ。私はそれでも構わなかった。
ミニョンの父であってくれさえすれば。勝手な人間よね、私って。

夫はミニョンのことを実の子のように愛してくれて、いつも良い父親だった。
だから…、ミニョンが病気でアメリカへ戻ってくることになって、私たちはいやでも向き合わざるをえなくなってしまったの。

それでやっとわかったの。
結局、私は自分ひとりで生きているつもりで、いつの間にか夫に甘えて暮らしていたのよ。
今やっと…本当の夫婦になれた様な気がするわ。」

[ジュンサンの控え室]
「ジュンサン、おめでとう。」
「サンヒョク、来てくれたんだね。
帰国してから忙しくて会いにいけなくてごめん。」

「いや、こっちから行かなきゃ行けなかったんだが…。」
「こいつ出世したから、最近忙しくて俺のところにもめったに顔出さないんだぜ。」
「ヨングク、申し訳ない。今度一緒にジュンサンのところへお邪魔しようよ。」
「おっ、そうだな。いいだろう、ジュンサン?」
「もちろん、待ってるよ。」

「ジュンサン、花嫁さんが出来上がったわよ、見に来る?
あら、サンヒョクもここにいたのね。三人でお出でよ。」

[ユジンの控え室]
「ユジン、花婿さんを連れてきたわよ。」
ジュンサンとヨングク、サンヒョクがユジンの控え室にやってきた。

「ね、綺麗でしょ。
ヨングク、サンヒョクも、そんな羨ましそうな顔してうっとり見ているんじゃないの。」

「ユジン、ちょっと外へ出よう。」
「もうすぐ式が始まる時間よ。」
「すぐ戻るから…。」
ついていこうとするジンスクとチェリンをヨングクが引き止めた。
「二人だけにしてやれよ。」
「そっか…。」

もう屋内ではジュンサンはあまり見えなくなっていたのだ。
ユジンの姿と二人で造った『島の家』を記憶に留めておきたかった。

「ユジン…、綺麗だよ。」
「ありがとう、ジュンサン。
これ、あなたに着けて貰いたかったのだけど、お願いしていい?」
ポラリスのネックレスだった。

「ああ、出来るといいけど…。」

「ありがとう。」

しばらくすると
「ほら~、いつまで外にいるの~。
花婿と花嫁がいなくちゃ式が始まらないわよ~。」
ジンスクの声がした。

「ごめん、今戻るわ。あ…。」
ユジンの頬に冷たいものが触れた。
「ジュンサン、雪よ…。」
二人は天を振り仰いだ。

二人を祝福するように初雪が舞い降りてきていた。

別れの後 十七 「不可能の家」

2005-08-14 20:43:36 | 別れの後
[前回までのあらすじ]

ミニョンは余命三年の宣告を受け、ユジンと距離を置こうとする。
しかし、ユジンはその事実を知るとミニョンの側にいることを決意し、ミニョンに愛を告白する。
ユジンの真摯な姿に触れたミニョンはユジンの記憶を取り戻したのだった。]

[ユジンの母からの手紙]
「ユジン、元気ですか。
手紙、どうもありがとう。

先日ジュンサンのご両親がご挨拶に見えられました。

あなたからの手紙が来たときは、事の成り行きが良く飲み込めず本当に驚きましたが、サンヒョクやヒジンに話を聞き、ジュンサンのご両親にお会いしてよくわかりました。
ユジン、やっとあなたは望んでいたものを手に入れたのね。良かったわ。

私は最後までサンヒョクとの幸せを望んでいたのだけれど、それはあなたを苦しませるだけだったのね。
あなたの気持ちを分かって上げられなくてごめんね。

あなたとジュンサンのお陰でミヒさんとの長年にわたる蟠り(わだかま)も解くことが出来ました。ありがとう。

学校を卒業したらこちらへ二人で帰ってくるそうですね。
ヒジンもとても喜んでいました。
でも、あちらのご両親に申し訳ないような気もします。
アメリカに居るうちによくお仕えしてください。

あちらのご両親が私とヒジンをニューヨークに招待してくださったのだけれど、あまり無理が出来ないので、せっかくですがお断りしました。
あなたからもよくお詫びを申し上げておいてください。
本当はジュンサンにもお会いしたかったのだけれど…。

では、体に気をつけて、ジュンサンを大切に…。        
               母より」


ジュンサンとユジンは入籍を済ませると家族とごく近しい人だけで祝いの会食をした。
本来であれば、セウングループの会長を父とし、世界的ピアニストカン・ミヒを母とする新進気鋭の建築家イ・ミニョンの結婚披露パーティーはアメリカで盛大に行われるべきだったろう。
しかし、韓国に戻りカン・ジュンサンとして残りの時間を生きたいというジュンサンの願いをイ氏は尊重したのだった。

新しい生活を始めたジュンサンとユジンは早速『不可能の家』の建築の為に動き出した。
この作業を進めながら、これから二人でやってゆく仕事のペースを掴むと共に、『不可能の家』が出来上がったらそこで結婚式をする計画なのだ。

[自宅マンションの仕事部屋 『不可能の家』の図面を広げている]
「ねえ、ジュンサン、ここなんだけれど…」
「ジュンサン、どうしたの?」
気が付くとジュンサンはユジンの顔をじっと見つめていた。

「ユジン、僕はこの『不可能の家』の図面を描いている時、まだ君が会いに来てくれる前のことだけど、一人で描いているんだけれども、君と二人で君と話しながら作業しているようでとても楽しかったんだ。
ある時、思わず『ねえ、ユジン』と話しかけてしまったことがあってね、でも、見るとそこには、隣に君はいなくて、君と離れている現実を思い知らされて…辛かった。
ふふふ…。
もう二度と会わない様にしようなんて自分で言ったくせに、僕はそんなふうだったんだよ。
僕は、ユジンと離れて生きていかなければならない現実に淋しさに耐えられなくて、君の記憶を消してしまったのに…。
ユジン、…ありがとう。
僕を信じて待っていてくれたこと、本当にありがとう。

もう決して君のそばを離れない、何があっても。
…たとえこの肉体が滅んでしまっても、僕の『命』は君の側にいるよ。
許してくれる?

ユジンには、また辛い思いをさせることになる。
それは、僕にとっても何より辛いことだ。
でも、もうその苦しみから逃げることはしない。
ユジン、ごめんよ、辛い思いばかりさせて…」
「ジュンサン、…もういいの。
…ごめんなんて…言わないで」

「ユジン、やっと山頂のレストランでの約束を果たすことが出来るんだね。
覚えている?」
「ええ。
これからは一緒に感じて、一つ一つ一緒に作っていこうって。
あの時は、母にもあなたのお母様にも結婚を反対されていた時だったから、とても嬉しかったわ。
ほんとうに、諦めないでよかった…」

[キム次長からの電話]
「ミニョン、元気か?
頼まれていた土地の件なんだが、いい所が見つかったんだ。

ソウルからは離れているから住むにはちょっと不便だが、別荘のように使うならちょうどいい、お前の言っていた条件にもぴったりなんだ。

どうする?本当はユジンさんと二人で見に来てもらえれば一番なんだが、無理だろう?」
「ええ、先輩にお任せしますよ。よろしくお願いします」
「そうか。とりあえず写真を送っておくから見ておいてくれ。
ちょっと交渉に手間取るかもしれないが、また報告するから。
ところで、こっちにはいつ来るんだ?
まだしばらくニューヨークにいるのか?」
「ユジンの研究論文が出来上がって、卒業が決まったら帰ります。
またマルシアンで働かせてもらいたいんですが、席はありますか、キム理事。」
「おい、おい、ちゃんと理事室は開けてあのままにしてあるんだぞ。
お待ちしてますよ、イ・ミニョン理事!」

別れの後 十六 「プロポーズ②」

2005-08-11 09:29:08 | 別れの後
〈ミニョンさん、私が必要ならどうしてあんな冷ややかな態度を取るの?〉
ユジンは一睡もせず思い悩んでいた。

[翌日]

「もしもし、ミニョンさんですか。ユジンです。
昨日はお食事も差し上げず、失礼いたしました。
今日の午後そちらにお伺いしてもよろしいでしょうか。
はい、では一時に」

ユジンはホテルにミニョンを訪ねた。
「お父様はおいでにならないのですか」
「ええ、ユジンさんから連絡をいただく前に出かけました。
もうまもなく戻ると思います」
「そうですか…。
ミニョンさん、大変申し訳ありません。
この度のお話はお受けすることができません。

私はミニョンさんに大恩ある身ですから、どんなことでもお受けしなければいけないとは思っています。
私はフランスへ渡る時にある決心をしたのです。
それはとても辛いことでした。
他の道を選ぶことも出来ました。でもそうしなかった。
その決心を崩したくないのです。
今は卒業することしか考えることが出来ません。

ミニョンさん、私はあなたの友人ではなかったのですね。
ミニョンさんはこの一年、私が使える人間かどうか値踏みするためにお付き合いくださっていたのですか?とても…残念です」

ミニョンは驚きと失望の色を浮かべていた。
しかしそれは一瞬のことであった。
すぐに冷静さを取り戻すと、
「ユジンさん、僕は友人としてあなたの力になれるかもしれないし、あなたの力を僕にも貸していただきたかったのです。
でも、お分かりいただけなかったようですね。残念ですが仕方がありません。
これからはお互い忙しくなるでしょうから、今までの様にはお付き合いできなくなると思いますが、お元気で頑張ってください」
「はい、ありがとうございます。
お父様がお帰りになったら、こちらを発たれる前に一度お会いしてお話がしたいとお伝えください。ご連絡をお待ちしています」
ユジンは帰っていった。

「ユジンさんと会うのも今日が最後になるかもしれない…。
こんな別れ方はしたくなかったけれど…」

苦痛の表情はしかし、やがて悲しい安堵の表情に変わっていった。

[ホテルのロビーで]
「ああ、ユジンさんお出でになっていたのですか。
ミニョンも知らせてくれればいいのに。もうお帰りですか」

「お父様、二人だけでお話がしたいのです。お時間を頂けますでしょうか」

ユジンはイ氏と向き合ってもすぐには口を開こうとしなかった。
「ユジンさん、どうなさいました。
どうぞ遠慮なさらずにお話ください。
ミニョンがあなたに何か失礼なことでも申し上げましたか」

「いいえ、そうではないのです。
私はミニョンさんの申し出をお断りしてしまいました。
お父様、ミニョンさんは本当にお元気なのですか」

「ちょっとお待ちください、ユジンさん。
ミニョンはあなたにどんな風に話したのですか?」
「仕事のパートナーになって欲しいと。それだけです。
私のキャリアにもなるからと…」

「そうでしたか…
ユジンさん、ミニョンの血腫が…また大きくなり始めています。
後三年と宣告されたそうです。
私はユジンさんの事を…高校時代からのことも全部ミニョンに話しました。
ですから、残された時間をあなたと過ごすためにプロポーズするものとばかり思い込んでおりました」

「やっぱり…、そうだったのですか…」
〈ミニョンさん、いえジュンサン、あなたはいつも私のことばかり考えて…、なぜ心の重荷を私に分けてくれないの?〉

「お父様、ミニョンさんは後に残される私のことを心配して仕事のパートナーにと、きっとそうです。
結婚して妻となれば夫の仕事をサポートするのは当たり前のこと、一緒に仕事をしてもミニョンさんの実績であり私のキャリアにはならない。
それでは残された私が一人で生きていくのが難しくなると思ったのでしょう。
それに…私との関係はあくまで仕事の上のこと、個人的に私には関心がないという態度を貫くつもりだったのでしょう。
私に心の傷を作らないために…。
ミニョンさんはそういう人です…。

お父様、お願いがございます。
どうか私をイ家の嫁にしてください。
ミニョンさんに残された時間が少ないのなら、もう離れていたくはありません」

「ユジンさん…、頭を上げてください。
ミニョンの力になれるのはユジンさんしかおりません。
あなたにとっては辛いことかもしれないが、どうかあの子の側にいてやってください」
明日もう一度ミニョンを尋ねることをイ氏と約束し、ユジンは帰っていった。

「ミニョン、ロビーでユジンさんに会ったよ。明日もう一度お前に会いに来るそうだ。
ミニョン、よく考えた末の結論だったのだとは思うが…。
こんなことはお前にいまさら言うまでもないことだが、人は一人で生きていくわけではない。
『他人だけの不幸』というのはありえないのだよ。
同じ様に『自分だけの幸福』というのもありえない。
人と人がお互いの生命の輝きで照らしあってこそ、人は輝くことが出来るのではないかな。

愛別離苦―確かに愛する人との別れは辛く苦しい。
だが、人は「死」によって愛する人と別れるということから逃れることは出来ないのだよ。
だからこそ、別れの悲しみに負けて不幸になってはいけないんだ。
そうじゃないか?」
「お父さん…」

[翌日 ホテルのミニョンの部屋]
「昨日は、大変失礼いたしました。
…お父様からお話を聞きました。やっぱりお体の具合が良くなかったのですね」
「隠していてすみません。あなたを悲しませたくなかった。
それに、ユジンさんのせいじゃない。
もう責任を感じないでください。
…それで、今日来てくださったのは考えを変えられたということですか」

「いいえ、ミニョンさん、私はあなたのビジネスパートナーになるつもりはありません。
私が欲しいのはキャリアじゃない。
私をあなたの側にいさせて欲しいのです。
責任を感じてではありません。

あなたを…愛しています」

愛しています…
愛しています…

・・・・・
ユジンさんの眼差し…
僕に向けられたその瞳が濡れている…
前にも…

…私は謝りません
あなたは私の心を持っていったから…


「ユ…ジン?」

別れの後 十五 「プロポーズ①」

2005-08-11 09:18:00 | 別れの後
「ユジンさん、元気ですか?
来週の金曜日そちらへ父と行きます。
ユジンさんにお願いがあるので、時間を作ってください。
また近くなったら連絡します。
           イ・ミニョン」

〈お願いって何かしら?〉
なぜか胸騒ぎがした。
〈まさか悪い知らせじゃないわよね、ミニョンさん。
ミニョンさんが会いに来るというのに不安になるのはなぜ?〉

「大丈夫よ、お父様にも久しぶりにお会いできるんだわ。
部屋を綺麗にしておかなくちゃ」
自分自身を励ますように元気に言った。

約束の日、ミニョンはイ氏と共にユジンの部屋へやってきた。
「ユジンさん、久しぶりだね。勉強はどうだね。元気だったかい?」
「はい、ありがとうございます。
もう、進級試験も終わりました。
ミニョンさんのおかげで今回も良い成績が取れそうです。
後は一年かけて研究論文に取り組みたいと考えています」

「そうですか。それは良かった。
…悪いが、私は少し用事があるので失礼するよ」
そういってお茶を飲むと、イ氏は二人を残して出かけていった。

気まずい空気が流れていた。
ミニョンの様子がいつもと違っていた。
「ミニョンさん、その後お加減はいかがですか」
「ええ、お蔭様で順調です。
まもなく職場復帰できると思います」
ミニョンの声が冷たかった。

「今日はユジンさんにお願いがあって来ました。
ユジンさん、僕の仕事のパートナーになっていただけませんか。
ユジンさんもご存知のように、僕は近い将来光を失うことになるでしょう。
そうなれば一人で仕事をすることが難しくなります。パートナーが必要です。
あなたにお願いしたい。
受けていただけませんか」

ミニョンと仕事ができる。
嬉しい話のはずなのに、なぜだか喜びが沸いてこなかった。

「あなたの勉強が途中なのはわかっています。
これから一年かけて研究論文に打ち込まれる予定だったのですよね。
それをアメリカで仕事をしながらやらせていただけるように、実は今父があなたの指導教授にお願いに行っています。
あなたの承諾も得ないうちに勝手なことをして申し訳ないが、どうか分かってください。
あなたにぜひ受けていただきたいのです」
ミニョンは、きわめて冷静に、ビジネスライクに話を続けていた。

「イ・ミニョンのビジネスパートナーだったということはあなたのキャリアにとっても損な話ではないと思いますよ」

「イ・ミニョンさんと仕事をしたい方はたくさんおりますでしょう。
私よりも有能な方がおられるはずです」
「いえ、あなたでなければだめです。
僕には時間がない。
ユジンさんなら、今僕の考えていることをすぐに理解し、形にすることができる。あなたのことは良く分かっているつもりです」

「ミニョンさん、時間がないとはどういうことですか?
本当はお加減が悪いんじゃないんですか?」

「いえ、そうではありません。
僕は最近一日一日を大切に過ごさなければという気持ちになっているのです。
事故にあって、手術を経験してそういう心境になったのです。
今日の続きの明日はないかもしれない。
今この瞬間を大切にしたいと思うようになったのです。
ユジンさんのおかげですよ。

あなたなら、僕の足りないところを補ってくれるだけではなくて、何倍にもしてくれる。
僕と一緒に一つ一つ造り上げていっていただきたいのです。
大事なことです。
すぐに返事をくださいとは言いません。よく考えて決めてください。
父がもしこちらに寄りましたら先にホテルに帰ったと伝えてください」
ミニョンは帰っていった。

ミニョンが自分を必要としていてくれることは嬉しかった。
でも…。
何かが、棘(とげ)のように刺さってユジンの心を暗くしていた。

ミニョンのいつもと違う冷ややかな態度…。
私に何か隠している。
まさか、血腫が再発した!
ユジンは恐ろしさで体が震えた。

ミニョンさん、あなたはまた私を一人置いて行こうとしているの?