優緋のブログ

HN変えましたので、ブログ名も変えました。

If… 11話「もし大晦日にジュンサンとユジンが会えていたら」後編

2007-03-31 21:06:09 | 冬のソナタ
ぐぅんと体に重力がのしかかり、背もたれに押し付けられる。
飛行機は加速し、雪をかぶった家並みが次第に遠ざかってゆく…。

さようなら、韓国。僕の祖国。
さようなら、カン・ジュンサン。
さようなら…、ユジン。僕の大切な妹。家族…。
もう、会うことはないかもしれない。
会わないほうがいい。
僕のことは忘れて…。
幸せになっておくれ…。


高度が上昇して水平飛行に移ると、キャビンアテンダントたちが手際よく機内サービスを始めた。
ミヒは毛布を二枚頼むと、まだ身じろぎもせず窓の外を見つめているジュンサンに声をかけた。

「ジュンサン、少し眠ったほうがいいわ。ほとんど眠っていないのでしょう?
私も休むから。」
「ありがとう、かあさん。」
毛布を受け取りながらミヒに向けるジュンサンの微笑みはいつになく優しかった。

「僕、トイレにいってきます。」
ミヒはジュンサンの背中を見つめながら胸に広がる言いようのない不安を打ち消そうとしていた。
〈これでよかったのよね、ジュンサン。〉
シートを倒すと、ミヒは目を閉じ、数時間前のことを思い起こした。



「伯父さん、母さん、心配をさせて申し訳ありませんでした。」
ジュンサンは神妙に頭を下げた。

「母さん、僕はイ・ミニョンになります。ドンファンさんの息子になります。
どうか、イ・ドンファンさんのおっしゃる通りにしてください。」

ミヒは目を大きく見開いて
「ほんとうにそれでいいの?あんなに反対していたのに。
母さんは結婚してもいいけれど、自分は絶対カン・ジュンサンのままでいるって…。
だから、アメリカに本拠を移しても結婚するつもりはなかったのよ。
アメリカへ行くのだって、もともとあなたのためなんですもの。」

「気持ちが変わりました。
でも…、その理由は聞かないでください。

僕はイ・ミニョンとして新しい人生を生きてゆくことに決めました。
だから、さっき車に積んだ荷物は全部春川の家へ戻してください。
何も要りません。カン・ジュンサンの記憶は全部春川においてゆきます。
いつの日か、僕がカン・ジュンサンであったことが辛くなくなる日が来たら、その時自分で始末をしに行きます。それまであの家にしまって置いてください。」

「でも、何で急に…。」
しかし、ジュンサンの揺れる瞳を見たとき、ミヒはそれ以上何も言えなくなってしまった。

いつもの、射す(さす)ようなそれでいて淋しい眼差しではない。
哀しい優しさをたたえていた。
〈もう母さんを責めるようなことはしません。〉そう言っているように思えた。

「お前の気持ちは分かった。あの家の名義はミヒに替えておこう。そうすればいずれお前のものになる。好きにするがいい。
後のことは私に任せなさい。
学校には、転校ではなくお前は急死したと伝えておこう。
葬儀はソウルで家族のみでするから弔問も遠慮したいといえば、あれこれ詮索されることもなかろう。

こうなるとソウルから転校して、短期間春川にいたのがかえって良かったかもしれない。
ミヒは、ドンファンさんに早く連絡をしておきなさい。
向こうでのことはすべて良い様にしてくれるだろう。」

「わかりました、お兄様。よろしくお願いいたします。
ジュンサン、もうあなたはお休みなさい。
朝まであまり時間がないわ。」


朝になり、春川第一高等学校に連絡すると、
「そうでしたか、それはお気の毒に。お悔やみ申し上げます。
昨夜の交通事故の被害者は、カン・ジュンサン君でしたか。
お電話されているのは後見人の方で間違いございませんね。
それでは、転校の手続きは必要ありませんので、このお電話で事務処理のほうは済ませておきます。それでは失礼いたします。」

「お兄様、大丈夫でしたか?」
「ああ。急病というのも変だからどうしようかと思っていたのだが、電話を受けた事務員がこちらが何も詳しいことを言わないうちに交通事故と思い込んでくれたから、そのままにしておいた。昨夜は大晦日だったから、春川でも事故が多かったのだろう。
面倒なことにならずに済んでよかった。

ドンファンさんとは連絡が取れたのかね。
そろそろ出発したほうがいい。」

「はい、お兄様。
では、後のことはよろしくお願いいたします。
しばらくは帰ることはないと思いますので。」


学校では、ジュンサンが交通事故で死んだという噂があっという間に広がっていた。
大晦日の夜、数件の交通事故があったと朝のニュースで報道されていたが、新年のお祝いムードにかき消され、それらの事故は詳しく扱われることはなかった。
ジュンサンの死を疑うものは誰もいなかった。


「トイレはそちらでございます。」
「ありがとう。」

トイレのドアを閉めると、ジュンサンは壁にもたれて目を閉じた。
その目から一筋の涙が零れ落ちた。
〈母さん。母さんも父さんと別れたときこんなに苦しかったのですか。
心臓が無理やり二つに引き裂かれるように痛かったのですか。
その苦しみの中で、僕を見捨てずに育ててくれたのですか。
僕を見れば、父さんのことを思い出してつらかっただろうに…。
ごめんなさい、母さん。
これまでのこと、許してください。これからはよい息子になります。

ユジン。君は、今泣いているだろうね。わかるよ。
僕達は離れていても一つだから。
だからこんなに苦しくて涙が出るんだよね。
でも、その傷は君の優しい家族や仲間達や、時間がいつか癒してくれるだろう。

君には何も知らないでいて欲しい。
一番愛したい人を、親を憎まなければならないそんな辛さは僕だけでいい。
君の真っ白な心に、消えることのない黒いシミを残したくはない。〉

「お客様、ご気分がお悪いのでしょうか?」
いつまでも出てこないジュンサンを心配して、キャビンアテンダントが尋ねてきた。
ジュンサンは慌てて涙をぬぐうとトイレから出た。
「大丈夫です。少し気分が悪かったのですが、もうおさまりました。」
「お水をお持ちいたしますか?」
「いえ、結構です。冷たいタオルがあったらお願いします。」
「お席までお持ちいたしますので、少々お待ちください。」

「ジュンサン、大丈夫?」
「寝不足のせいか目が疲れました。少し休みます。
あ、ありがとう。」

シートを倒すとジュンサンは目を閉じた。
冷たいタオルが、火照った目に心地よい。
静かに溢れてくる涙をやさしく吸い取ってくれた。


「ドンファンさん。出迎えありがとう。お待たせしてしまってごめんなさい。」
「ミヒさん、お疲れ様。
ミニョン、アメリカへようこそ。
今日から君は僕の息子だ。イ・ミニョンだよ。いいね。」
「はい、お父様。」
「そんな堅苦しい呼び方はしないでおくれ。もう、ずっと前からお前のことは実の息子だと思っているのだから。」
「ありがとうございます。…お父さん。」
それでいいというように、イ氏は満足そうにうなずいた。

「気流が乱れて到着が遅れるというので、車を一度返したんだ。
来るまで、カフェで一服しようか。」
「ええ、そうですわね。ジュン…、ミニョン、行きましょう。」

「母さん、僕、少し外の空気を吸ってきたいんだ。
いいですか、お父さん。」
「ああ、行っておいで。」
「ニューヨークの風に吹かれてきます。」


「前に会った時とはずいぶん変わったね。
一回り大人になったようだ。
君に対しても、以前のようにとげとげしいところがすっかりなくなったじゃないか。
なにがあったんだい。」
「私にも何も言いませんの。
聞かないでくれって。」
「それならば、そっとしておいたほうがいい。
いつか自分から言い出すだろう。心配だろうがそうしてやろうじゃないか。」
「そう…、ですわね。」


ニューヨークの風は冷たかった。
ジュンサンはジャンパーの襟を立て首をすくめた。
ポケットに手を突っ込むと、触れるものがあった。

〈ユジンのミトン…。
返せなかったな…。

ユジン、僕は前を向いて歩くことにしたよ。
もう、過去は振り返らない。
もう、泣かない。

君も、宿命に負けないで強く生きて欲しい。
笑って分かれたから、涙は拭いて、笑うんだよ。
いいね…。〉

ユジンに触れるように、優しくミトンをなでると、その上に白い雪が落ちてきた。
美しい六角形の結晶にジュンサンの指先が触れると、それは融けて小さな水滴になった。
もう一度結晶を見ようと、手をかざしたその時、一陣の風がさっと吹いてピンクのミトンを吹き飛ばした。
ジュンサンの目にはミトンしか映っていない。

キィーッ!!
ジュンサンはピンクのミトンを握り締めたまま道路に倒れふした。


10年後
「私は、韓国に行かせるのは反対ですわ。」
「もう人事で決定したことだ。
それに、私も行ったほうがよいと思う。
君も10年ぶりのリサイタルを故国で開くんだ。
いい機会じゃないか。」
「なぜですの。
人事など、あなたの一存でどうにでもなるではありませんか。
ソウルになど行かせたら、誰に会うか。
同級生だっているのですよ。
あの子の記憶が戻ってしまうかもしれません。
そうしたらどうなさるおつもりなんですか。」

「私は、いっそその方が良いと思っている。」
「どういうことですの?
あなただって、10年前治療には賛成なさったではありませんか。」
「あのときはそうするしかなかった。
いくら催眠療法を施しても、ミニョンは苦しむばかりで思い出そうとしない。
まだ、あの子には過去の記憶が重過ぎるのだと思ったのだ。

だが、もう10年たった。
彼はすでに大人だ。
それに、この10年間彼は順風満帆でありすぎた。
失恋さえしたことがないではないか。
このままでは、ミニョンは人の痛みが分からない傲慢な人間になってしまう。

偽りの過去の上に出来上がった成功など、砂上の楼閣以外の何者でもない。
ガラス細工のように美しいだけで脆いものだ。
もう真実を知ってもよいときだと私は思うのだよ。」

「そんなきれいごとをおっしゃって…。
あなたには、私達親子がどんなに苦しんだか、やっぱりお分かりにはならないんですわ。」ミヒはそういい捨てて部屋を出た。


「母さんとお父さんが喧嘩なんて珍しいですね。」
「ミ、ミニョン…。
喧嘩なんて、ただね、もういい加減あなたを膝元から放して独立させたらってお話していただけよ。
あなたは充分建築家としてひとり立ちできる実績があるんですもの、いまさら韓国の子会社の理事になんて…。」

「僕が行きたいって言ったんですよ。
親の七光りで名前ばかりの理事で、設計はできても経営はできないなんて言わせておくのも癪ですからね。
もちろん、向こうへ行っても事務室にこもっているつもりはありませんよ。
どんどん現場に出て、陣頭指揮を執るつもりです。」

「今まで韓国になんて興味を示さなかったのに、チェリンさんと結婚したいの?」
「いずれはそうなるかもしれませんけれど、彼女が帰るから行くわけじゃありません。
なぜか分からないけれど、急に行きたくなったんです。祖国でもありますし。
今、行かなきゃいけないような気がするんです。
そうしないと何かし忘れたような気がするんです。
行ったこともないのに変ですけれど。

母さんは、僕の心配などしなくて大丈夫ですよ。
ご自分のリサイタルに集中なさってください。」

そう言って晴れやかに笑うミニョンに無理に作り笑いを返すミヒだった。

If… 第11話「もし大晦日にジュンサンとユジンが会えていたら」前編

2007-03-16 14:13:29 | 冬のソナタ
「はぁ、はぁ…」
雪が舞う大晦日の雑踏を縫うように、ピンクのミトンを握り締め、白い息を吐きながらジュンサンはユジンの待つ約束の場所を目指して走っていた。

〈もう少しで着く、ユジンはまだ待っていてくれるだろうか〉
約束の時間はとうに過ぎていた。
でも諦め切れない。
ジュンサンは走り続けた。

〈いた…、待っていてくれた〉
ジュンサンの頬に笑みが浮かんだ。
しかし、その笑みは一瞬で消え、ジュンサンの足は止まった。
〈ユジンになんと言えばいいんだ…〉
ジュンサンは手の中にあるピンクのミトンを見つめたまま立ち尽くしてしまった。


しばらく遠くから隠れるようにユジンを見つめていたジュンサンは、ふと時計を見ると何かを思いついたようにまた走り出した。

「ユジーン!」
「ジュンサーン!」ユジンは笑顔で手を振った。
「もう!遅いっ!帰ろうかと思ったわ。」
「ごめん。急に用事で出かけなきゃならなくなって、でも、君の家は知ってるけれど電話番号はまだ聞いてなかっただろ。連絡できなくてさ。
寒かっただろ。ホントにごめん。」
「手袋もないし、凍え死ぬところだったわよ。」
ぷっと頬を膨らませてジュンサンを睨みつけながらもユジンは嬉しそうだった。

「そうなんだ。これを返さなくちゃと思ってさ。ありがとう。」
そう言いながらジュンサンが差し出すミトンをユジンは受け取らずに押し返した。

「今日はいいわ。その代わり罰として、明日もう一度ここで待ち合わせよ。その時返して。
今度はあなたが先に来て待っててよね。
わかった?絶対よ。

あ、もうこんな時間。大変!お母さんに怒られちゃう。
ほら、最終のバスが来たわ。行きましょ。」

慌ててバス停に向かって走り出したが、ジュンサンはついて来ない。
ユジンは気がついて立ち止まると振り返えって「乗らないの?」と不思議そうな顔をした。

「うん、僕は別のバスなんだ。」
「そうなんだ。じゃあ明日ね。
その時ジュンサンの住所と電話番号も教えてよね。
もう、待ちぼうけはごめんだから。
おやすみ!」

ユジンは笑顔で手を振りながらバスに乗り込んだ。
ジュンサンも手を振って見送った。
バスの姿が見えなくなってもジュンサンはその場から離れようとしなかった。

〈ユジンごめん。
僕は約束を破るよ。
明日は来ない。
いや、もうこの世からカン・ジュンサンはいなくなるんだ。
だからもう僕のことは忘れて。

…手袋、返したかったのに…
ありがとう、ユジン。なにもかも…
君に会えてよかった。
君がいたから、生まれて来て良かったと初めて思えた。

もう会うことはないけれど、どこにいても君と僕との絆は決して途切れることはない。僕と君の体には同じ血が流れているから。
そのことを、一度は恨みもしたけれど、今はかえって嬉しいくらいだ。

初めてバスの中で会ったときから、君のことが気になって仕方がなかったのは、僕の妹だったからなのかな。
ユジン…幸せになって。
君には何も知らないでいて欲しい。
あんなに大好きで大切に思っているなお父さんを恨むようなことになりませんように。

さよなら…ユジン…〉


ジュンサンは踵を返すと、電話ボックスに向かった。
「伯父さんですか、ジュンサンです。
遅い時間にすみません。
母は、そちらに行っていますか?
はい、わかりました。
それでは僕もこれからそちらに向かいます。
今、春川にいます。
申し訳ありませんが、ぼくがそちらに着くまで起きて待っていて下さいませんでしょうか。お願いしたいことがあるのです。
ええ、朝が来る前に。
母にもそう伝えていただけますか。
ご心配おかけして、申し訳ありません。」

年が明けても道路はまだ混んでいた。
どうやら事故でもあったらしく人が群れて騒がしかった。

ジュンサンはどうにかタクシーを拾うと運転手に告げた。
「ソウルまでお願いします。」

    つづく

もしも・・・

2007-03-04 22:19:48 | 冬のソナタ
もしも、もしも… それでも二人は 惹かれあい
            堅く結ばる 縁にあるか

まさかとは 思えどついに あの方も
         魅せられいつか 虜になりぬ 
         


            

連作冬ソナで食べたい! 第6話 「冷たい食卓」

2007-01-01 17:31:46 | 冬のソナタ
「あの、これ私が湯がきます。」
「いいのよ。
まだ正式に嫁になったわけじゃないんだから、台所の物には手を出さないで欲しいの。
サンヒョク、ユジンを向こうへ連れて行ってちょうだい。」

お義母様はやっぱりまだ機嫌が悪い。
婚約式のことを怒っていらっしゃるのだろうか。
当然よね。

でも…、いつもより冷やりとするような冷たい目で私のことを見るような気がするのは気のせい?
母からの贈り物の服もちらりと眺めただけで箱を閉じてしまわれた。
どうしよう、なんとかしなくちゃ。


食事の準備も整い、食卓を囲んでもお義母様の硬い表情は変わらない。
お義父様もサンヒョクもぎこちない雰囲気を察して気を使っているのが分かる。
お義母様のせっかくのご馳走も味が分からない。

いつもは三人で楽しく食卓を囲んでいられるのだろうに、私のせいでせっかくの誕生日のお祝いが、申し訳ない…。
私は思い切ってお義母様に話しかけた。

「サンヒョクがいつも自慢するとおり、本当にお義母様はお料理がお上手ですね。この和え物とっても美味しい。
今度是非教えてください。お願いします。」

私がそう言うと、お義母様もやっと少し表情を崩されて
「そうね、教えてあげてもいいけれど…。」

「おお、そうだ、ユジンも料理は上手らしいが、母さんに教えてもらえばもっと上達するだろう。
来年の誕生日にはユジンの手料理でお祝いができるな。
今から楽しみだなぁ。」
お義父様が気持ちを引き立てるように言ってくださる。

するとお義母様はまた表情を固くして
「ユジンは忙しくてなかなか来られないんじゃありません?
その家庭家庭で味も違いますし。
第一、料理は愛情ですから、家族に美味しいものを食べさせたいという気持ちがないと…。
ユジンにその気持ちがあるのかどうか…。
私、ケーキを持ってまいります。」


お義母様は台所に立ってしまわれた。
〈ユジンにその気持ちがあるのかどうか…〉
私はその言葉に、ぎくりとした…。
その気持ちを打ち消すように、慌ててお義母様の後を追う。

ケーキの取り皿を私が差し出すと、
「あなた、スキー場で本当に仕事だけしているの?」と私を問い詰めた。

お義母様の厳しい目が〈口答えは許さない〉と言っている。
お義母様は私の心を見抜いていらっしゃるのだ。
私は何も言えず、目を伏せるしかなかった。


こんな気持ちのまま、サンヒョクと結婚しても今日のような冷たい食卓が待っているだけだ。
こんなふうに、自分の心に嘘をついて誤魔化しても皆が不幸になってしまう。

昔、ヒジンと二人だけの食卓でもこんなに淋しくはなかった。
忙しく働いて、一人で夕食を済ませているであろう母を思いながら、学校でのことや時には父の思い出話をしながら二人きりでも温かい食卓だった。
肉も買えず、豆腐と野菜だけのチゲ鍋でも、一日活動してお腹がすいた私達には充分おいしかった。


私は決心した。
こんな冷たい食卓を囲むことはもうしないと。
サンヒョクの為にも…。



…でも、それをサンヒョクはわかってくれない…。

連作「お昼の校内放送」第35回  『追悼放送』

2006-09-29 09:31:08 | 冬のソナタ
この虚しさはなんなのだろう。
ジュンサンの死を聞いてからこの方、僕は自分自身をもてあましている。

机の上には歴史の教科書とノート、参考書が広げられていたが、勉強をする気にもなれず机を背にして椅子に座り考え込んでいた。

彼のことを友として親しんでいたかといえば、それは嘘になる。
学級委員長として、放送部の部長として彼に対しては親しむようには努めてはいたが、正直な気持ちを言えば、ユジンとまた父と僕との間に割り込もうとする奴と疎んじていた。憎みさえしていたかもしれない。

それなのに…
まるで、やっと見つけた宝物を失くしたときのように、大切な愛する人を失ったかのようにこの胸にぽっかりと穴の空いたみたいな喪失感…。
いったいなんなんだ…。

後ろめたくはあるが、これで元のように彼が現れる前に戻ってユジンや父とも過ごせると安堵してもいいはずなのに…。

確かに、ユジンの嘆きを思えば心が痛む。
でもその傷はいつか時が癒してくれるだろうし、僕の力で彼女の心の空白は必ず埋めてみせる。必ず…。

しかし、それだけではない、何かが僕を虚しくさせる。
いったいどうしたら…。

僕は机に向き直ると教科書や参考書を閉じてしまった。
そして机の隅にある放送原稿に目を落とした。
休み明けの最初の日に放送するはずの予定のものだ。
〈こんなありきたりの内容、何事もなかったように放送することなんてできるものか…〉
僕は立ち上がって下の部屋へ駆け下り電話をとるとヨングクの家の番号を押した。

「もしもし、ああ、サンヒョクか。
いや、勉強じゃなく占いの本を読んでいたところだ。どうした?
2年生の放送部員だけ集めろって?
お前の家へ行けばいいのか?
うん、わかった、連絡する。じゃな。」


「みんな急に呼び出してごめん。
実は、休み明けの校内放送のことで相談しようと思って。
どうだろう、パク先生にお願いして、ジュンサンの追悼放送にさせてもらうというのは…。」

ヨングクは驚いてサンヒョクの顔をみたが、思い直したように頷いて言った。
「そうだな、2年生の大部分は知っていることだし。
せっかくの休み明けから暗い話題でちょっと気が引けるけど、何事もなかったようにするのもなんか白々しいしな。」

そのヨングクの言葉を遮る(さえぎる)ようにチェリンが言う。
「いやよ!そんなの!
ジュンサンのことは、私達仲間の間だけで、楽しかった思い出だけ胸にしまっておけばいいことじゃない。
…そんな悲しい出来事を思い出したくないわ。」
チェリンは立ったまま涙ぐんでしまった。

「ごめんよ、チェリン。座って聞いて欲しい。
君の悲しい気持ちも、信じたくない気持ちも分かるよ。
あんなこと早く忘れてしまって、彼はどこかの学校へまた転校して元気でやってるって思いたいんだろう?

でも事実なんだ。
確かに僕は彼と余りうまくいってなかった。みんなも知ってるとおりだ。
そんな僕がこんなことを言うのは変かもしれないけれど、僕達は仲間だったんだということを確認したいんだ。

ジュンサンのことを忘れちゃいけない、出会えたことに、たとえたった2ヶ月だけでも一緒にすごせたことに感謝して、僕達は今生きていることに感謝しなきゃいけないと思うんだ。

なんかうまくいえないけれど、追悼放送といったってどういう内容にしたらいいかわからないけれど、そう思うんだ。

ユジンはどう?」

うつむいていたユジンはハッとしたように顔を上げた。
「え、えぇ。私は…、サンヒョクの考えでいいと思うわ。
内容はパク先生とも相談して…。
ね、ジンスク。」

「そうね、なんかこうして毎日元気で暮らしているのが当たり前だと思っていたけれど、ジュンサンみたいに…なっちゃうこともあるんだものね。
感謝しなきゃいけないのよね。
ジュンサンの思い出を語りながら、『今を大切にしましょう。』みたいな話にすればいいんじゃないかな。」

「おう、お前もたまにはいい事言うじゃん。
どうだ、チェリン。そういうのならかまわないだろ?」

「……」
チェリンはまだすねたように横を向いている。

「僕のわがままかもしれないけれど、気持ちに区切りをつけたいんだ。
なぜ急にアメリカへ行くことになったのかそれは分からないけれど、彼にとっても僕達と過ごした2ヶ月は大切ないい思い出であって欲しいし、このままうやむやにその歳月が忘れられてしまうのはなんかいやなんだよ。

ここに僕達の仲間として確かにいたんだということを刻み込んでおきたいんだ。」

「わかったわ。
ジュンサンと色々あったことは許すって、そう思っていいのね。」

「ああ。なぜあんなに僕に突っかかるような態度をとったのか理解できないけれど、でもやっぱりいなくなってみると僕も胸に穴が開いたようなんだよ。
だから、彼も大切な仲間だったんだなっていまさらながらに思ったんだ。」

「そうまで言うのなら、サンヒョクの言う通りにしましょ。」

「ありがとうチェリン。
それじゃあ、僕が原稿のたたき台を作って先生と相談するから、後はそれぞれ一言づつ彼の思い出なんかを語るという形にしよう。
それでいいかな。」

「おまえにまかせるよ。
また何かあったら連絡しあって、な。」
とヨングクがみんなの顔を見ると皆うなずいてくれた。


「ユジン。」
帰ろうとするユジンをサンヒョクが呼び止めた。

「なに?」
「もし、辛いのならユジンは無理してしゃべらなくてもいいよ。
今回の企画は、ある意味僕のわがままだから…。」

「ううん、大丈夫。心配しないで、私にも話させて欲しい。
それより、うちのお母さんには私とジュンサンのこと黙っていて欲しいの。
お母さんはジュンサンのこと知らないし、会ったこともないわ。
私も話したことないし…。

放送部の仲間が亡くなった…ことは言ったけれど、転校してきたばかりの人でそんなに親しいわけじゃないからって言ってあるから。…
心配させたくないの。
お願いね。」
そうユジンはいうと、少し淋しそうに微笑んだ。

「あぁ、わかった。
ユジン、家まで送っていこうか?」

「ううん、一人で大丈夫。
じゃあ、学校でまた会いましょ。」

   ーーーーーーーーーーーーーーー

「皆さん、こんにちは。
お昼の校内放送の時間です。
今日は新年に入って初めての放送ですが、先生方の許可をいただいて特別の内容で放送いたします。
担当は2年生のキム・サンヒョク、クォン・ヨングク、オ・チェリン、コン・ジンスク、チョン・ユジンの5名です。

ご存知の方もいらっしゃると思います。
昨年の大晦日、僕達の仲間であるカン・ジュンサン君が交通事故で亡くなりました。

彼は、事故に会う直前に、ご家庭の事情で急にアメリカへ転校することになり、その手続きがとられていました。
ですから、事故に遭ったときすでに彼はこの学校の在校生ではなくなっていました。
そのため、事故前後の詳しい事情は知らされておらず、僕達もソウルでの葬儀に参列することもできませんでした。とても残念なことです。

今日は、彼の追悼放送とさせていただきます。


西村由紀江の『あなたに最高の幸せを』の曲にのせて、僕達から彼へ送る言葉を読みたいと思います。」

http://homepage2.nifty.com/te-studio/midiroom.htm
(↑こちらで試聴できます。)


「クォン・ヨングクです。
お前は本当に変わった奴だった。
科学高校から転校してきたというだけで異色だった。
もちろん噂どおり数学はずば抜けてできたし、機械にも強かった。

そのくせ『しゃべるのは苦手だと』放送部員のくせに校内放送の当番や部活動はサボるし、ましてやパク先生が監督の自習時間にサボるなんて他の人間では考えられないこともしでかしてくれた。

本当に”意外性の固まり”だったよ。
でも、俺はお前が憎めなくてなぜだか好きだった。
もっと親しくなりたかったのに。
何でこんなに早く逝ってしまうんだ…。

俺の占いによれば、俺達は会うべくして出会った仲間なんだ。
たった2ヶ月だったけれど楽しかったよ。
またいつかどこか出会えることを信じている。
さよなら、カン・ジュンサン。」


「オ・チェリンです。
ジュンサン、あなたは私を夢中にさせたただ一人の人です。
私はあなたが好きだった。
あなたはクールで、知性があってとても素敵だったわ。

みんなのアイドルの私にあなたは振り向かなかったけれど、でも泣いたりしていないから心配しないで。
絶対あなたより素敵な人を見つけて私のものにして見せるから、天国から見ていてちょうだい。
あなたと過ごした時間はとても楽しかったわ。
ありがとう、カン・ジュンサン。」

「コン・ジンスクです。
初めの頃、私はあなたのことをとても怖い人だと思っていました。
だって、いつも無表情で本ばかり読んでいて笑わないんですもの。

でも、だんだん本当は優しい人なんだってわかったわ。
放送室で配線がおかしくなってみんなが困っているときに黙って直してくれたり、私がレコードを運ぶのに重くて落としそうになっていると手伝ってくれたり。
どじな私をそんなふうに助けてくれた時でもあなたは特に偉ぶる様子も見せずに、さりげなくいつもどおり無愛想で…。やだ、泣けてきちゃった…。ぐすん。

私達の中で諍い(いさかい)や揉め事もあったけれど、今はもう楽しかった思い出ばかりです。
これからはジュンサンの分も頑張って放送するからね。
さようなら、カン・ジュンサン。」

ユジンの番になった。
原稿を持つ手が小刻みに震えている。
サンヒョクが心配そうにユジンの肩の上に手を置くと、ユジンは振り返って「大丈夫」と言いたげに微笑んだ。

ユジンは思い切って原稿をたたんでしまうと、目を閉じて語り始めた。
「チョン・ユジンです。
ジュンサン、みんなの声が聞こえていますか。

あなたは一人で遠くへ行ってしまったけれど、みんなあなたのことを忘れません。あなたのことを覚えているから、あなたは一人だけれど一人じゃない。
だから、淋しくなんかないわよね。

短い間だったけれど…、もっともっとあなたと思い出を作りたかったのに…、でも今はあなたに出会えたことに後悔などしていません。

またいつか、少し先のことになると思うけれど、あなたのいるところへ私も行って会えることわかっているから、さよならは言いません。
少しだけ待っていてくださいね。
ありがとう、カン・ジュンサン。」

マイクの前を離れるユジンの後姿にジュンサンとの目に見えぬ深い絆が感じられて、サンヒョクは言葉を失った。
〈もう、僕の入り込むすきはないのか…。〉


暗澹たる心を振り切るように、サンヒョクはマイクの前に座った。
「僕達は毎日当たり前のように今日という日を迎え、明日という日が続くことを信じて疑いもしません。
しかし、今回の出来事は、そうではないことを僕達に改めて教えてくれました。

永遠に続くと思もっている今の平凡な日々がいかに尊いものか、永遠という時間も今の一瞬一瞬の積み重ねであることを彼、カン・ジュンサンの短い生涯が教えてくれました。

ありがとう、カン・ジュンサン。
最後に、彼が愛したピアノ曲『初めて』をお送りし、今日の放送を終わらせていただきます。

明日からは通常の校内放送をお送りいたします。」



「お疲れ様。今日はみんなありがとう。
これで何かが変わったわけではないけれど、少し気持ちの整理がついたような気がするよ。
これからもよろしく。」
サンヒョクが手を差し出すと、一人一人と握手を交わした。

「ユジン、大丈夫?」
「うん、ありがとう。大丈夫よ。
ジュンサンもきっと喜んでくれているわ…。
ね、そうでしょ、みんな。」

「そうだな、まだジュンサンがここにいるようだよ。そんな気がしないか?」
皆が放送室のいつもジュンサンが黙って座り込んでいたソファの方を向いた。