優緋のブログ

HN変えましたので、ブログ名も変えました。

連作「お昼の校内放送」第32回

2006-09-18 20:07:40 | 冬のソナタ
5時半
「タラララン、ラララン・・・」
目覚まし時計が朝を告げる。
私はまぶたを閉じたまま布団から手だけを伸ばし、スイッチを押して音楽を止める。

冬の朝。
部屋はファンヒーターですでに暖まってはいるものの、太陽がまだ顔を出していない外は夜が開けきっておらず、空の色は薄ぼんやりとしている。

こんな朝はいつまでも布団にうずもれていたく、ついつい「あと5分」と目覚まし時計のスヌーズ機能を当てにしてまた寝入ってしまう。
けれども今朝は、思い切って眠い目をこすり布団を跳ね上げた。
今日はキム先輩との放送当番の日だ。

着替えをして窓を開ける。
深呼吸をすると、朝のひんやりとした空気が体をきりりとさせてくれる。
ハアーっと吐く息が白い。

「さぁ、勉強しよう。
今度のテストは、物理頑張らないと…。」

私は夜深しが苦手なので、勉強はいつも朝することにしている。
数学や社会、国語はまあまあなのだけれど、どうも理科が苦手。
特に物理。
でも赤点を取るわけにはいかないから、なんとかしなければいけない。

〈キム先輩に教えてもらえればいいんだけど、そんなことお願いする勇気はないし…。
そういえば、最近入部したカン・ジュンサン先輩は科学高校から来たって話だったわ。
数学がすごくできる人だって誰かが言ってたけど、科学高校なんだから、もちろん物理もできるわよね。
カン先輩…、素敵だけど、ちょっと近寄りがたい感じ…〉
「そんなこと考えてたってしょうがないわ。早く始めよう…」


一時間ほど勉強した後、私はいつもより少し早めに切り上げると食卓へ下りていった。
「おはようシニョン。
今日は早いのね。」
「お父さん、お母さん、おはようございます。
今日は放送当番だから、早めにいって準備しないといけないの。」

「あら、そう。
もうお弁当はできているからいつでもでかけられるわよ。」
「ありがとう。」

朝食を食べながらお母さんが私の顔をじっと見る。
「それにしても、今日はずいぶん機嫌がいいわね。
何か他にいいことがあるんじゃない?」

「そう?そんなふうに見える?
でも…それはお母さんにも、ひ・み・つ
私ももう高校生だもの、秘密の一つくらいはあってもいいでしょ。
別に悪いことをしているわけじゃないから心配しないで。
ごちそうさまでした。
行ってきます。」


家を出ると、バス停まで走った。
走らなくても間に合う時間だったけれど、なんだか体が勝手に動いてしまう。
〈早くバスが来ないかな。…〉


学校へ着くとカバンを持ったまま職員室へ行き鍵を借りた。
放送室のドアを開ける。
まだ暖房のついていない部屋は寒い。
はーっと息で手を温めながらカーテンを開け、暖房のスイッチを付ける。

機材を点検し、今日使うレコードを出すと準備OK。
〈よし、と。これでいいわよね。〉

鍵を取りドアの方へ振り向いたその時、キム・サンヒョク先輩がクォン・ヨングク先輩といっしょに放送室へ入ってきた。

「お…おはようございます。」
「あ、おはよう。早いね。
もう鍵を借りに来たというから誰かと思ったら、シニョンだったのか。
もう準備は終わったの?」

「はい、機材も一応チェックしました。大丈夫だと思います。」

「そう、ありがとう。
後は僕達がもう一度確認しておくよ。
来週の準備もあるし、鍵は僕が返しておくから。」

「はい。では、今日よろしくお願いします。失礼します。」
私はキム先輩に鍵を渡し一礼すると放送室を後にした。

〈あーびっくりした。
でも、ああやって、キム先輩は毎朝鍵を開けているんだものね。
来たって不思議はないんだわ。
ドアが開いてキム先輩の顔が見えたときは手が震えて鍵、落としそうだった。〉


シニョンが行ってしまうと、ヨングクは作業を始めたサンヒョクに近づき耳元でささやいた。
「おい、サンヒョク。あの子お前に惚れてるなぁ。
あの尊敬の眼差し…、ただ事じゃないぞ。気をつけろ。」

するとサンヒョクはヨングクのほうに向き直って
「はぁ?シニョンが?あの子はまじめでそんな浮ついた子じゃないよ。」

「まじめな人間は恋をしないのか?そんなことないだろ。
それに、人を好きになるという気持ちは純粋で神聖なものだ。
そうだろ?」

「それは、まあそうだが、僕とあの子は単なる先輩後輩だよ。
シニョンは先輩としての僕を立ててくれているだけさ。」
そう言うとサンヒョクは休めていた手をまた動かし始めた。

「いや、お前と俺を見る目は全然違う。
乙女にとって『尊敬』と『愛情』は同義語だからな。
むやみに親切にして勘違いさせたら罪だぞ。
だから気をつけろといったのさ。」

「僕は部長として後輩に指導しているだけさ。
それ以上でもそれ以下でもないよ。
それもだめだとなると…、どうすればいいの?
おまえ、しゃべってばかりいないでやれよ。」
サンヒョクは手を休ませずに言った。

「まーね、それがお前の部長としてのお役目だもんなぁ。仕方ないか。
気をつけたところで好きになるものはなるんだしね。
さ、さっさとやっちまおうぜ。授業が始まっちまう。」

慌てて作業を始めたヨングクをサンヒョクはチラッと見て、ふと苦笑いをした。
〈あのシニョンが?まさか。それより…〉
サンヒョクはユジンとジュンサンが気になっていた。

二人で自習をサボって以来、毎日罰として放課後の焼却場掃除をしている。
ユジンがサンヒョクによそよそしくなったというわけではないが、ユジンと自分との距離が少しづつ離れていっているような、ユジンと自分との間に目に見えない壁ができつつあるようなそんな気がしていた。



チャイムがなり午前の授業が終わった。
お弁当と放送原稿を持つと、私は急ぎ足で放送室へと向かった。

「失礼します。」
ドアを開けると思ったとおりすでにキム先輩が来ていて、一曲目のレコードをプレーヤーにセットしていた。

「やあ、こんにちは。気分はどう?
緊張しないで、リラックスしてやろうね。
じゃあ、最終確認するよ。
初めシニョンがここまで話して、曲紹介をして音楽が2曲入る。
その後僕に交代して、終わりまで。これでいいよね。」

「はい、よろしくお願いします。」
「そろそろ時間だね、始めようか。」


「皆さんこんにちは。
お昼の校内放送の時間です。
今日は、私、ウ・シニョンとキム・サンヒョクでお送りいたします。

日に日に寒さが増してきています。
風邪などひいていませんか?

もしかして風邪を引いてしまっていたとしても、あなたの心まで寒くはありませんよね。
あなたの胸には、あなたの心を暖かくしてくれる誰かがいてくれる、そうだと思うからです。

その人はあなたのご両親でしょうか。
それとも友人、あるいは想いを寄せる人でしょうか。

もしあなたが誰かに恋をしているとしたら、その想いはその人に届いているでしょうか。
その人もあなたのことを想っていてくれるのであれば、たとえ外は凍てつくような寒さであってもあなたの心はまるで春の野にいるように暖かなことでしょう。

でも、もしあなたの想いがあなただけのものだとしたら、それは悲しい片思いでしょうか。
私はそうは思いません。
確かに、その人と誰かが微笑みあっているのを見れば切ない思いに駆られるかもしれません。
「私に向かって微笑んでくれればいいのに。」と羨む気持ちにもなるでしょう。

それなら、その人を好きになる前の、その人に出会う前の自分に戻りたいですか?
そんなことはありませんよね。

その人を想うだけで胸が高鳴り、その人の笑顔を見ただけで心が温まる。
その人の姿をちらりと見ただけで一日中元気になってしまう。
そんなあなたは、その人を好きになる前よりずっときっと輝いて素敵な人になっているはずだからです。

たとえその思いが叶わなかったとしても、決して自分を貶(おとし)めないでください。
結果が出なかったとしてもそれまでの努力が無駄ではないように、あなたの恋はあなたの心を高め磨いてくれているはずだからです。

私も今恋をしています。
この想いを大切にしていきたいと思っています。
あなたも今の気持ちをどうぞ大切にしていってください。


では、ここで音楽をお届けいたします。
今日は合唱曲を2曲。
『グリーンスリーブス』『春に』です。





音楽をお送りしました。
ここからはキム・サンヒョクがお送りいたします。

これから冬という季節に春にまつわる曲をお届けするのはちょっと変だとお思いですか?

冬は雪が全てを白く覆ってとても美しい季節です。
しかし、同時に辛く厳しい季節でもあります。
木々もまるで死んだように葉を落とし、しんと静まり返っています。

一方春は、花々が咲き乱れ、暖かさが心まで華やいだ気分にさせてくれます。
希望溢れる季節です。
でも、そう感じることができるのも、厳しい寒さを乗り越えてきたからこそではないでしょうか。
今何かで苦労しているあなた。
辛い恋をしている君。
でも、その苦労はいつか必ず報われる時がくるのです。
冬は必ず春となるからです。

希望と命の息吹の溢れる春を思いながら、この冬も楽しく乗り切っていきましょう。


今日の担当は、私キム・サンヒョクとウ・シニョンでした。
それではまた来週。」


「お疲れ様!」
「お疲れ様でした。」
「さ、お昼ごはん食べよう。お腹すいただろう。
シニョンはいつも当番の時食べないでやってたの?」
「はい。緊張してしまってだめなんです。話すの苦手だから。…」

「そうなんだ。それなのになんで放送部に入ったの?」
「え、それは・・・」
まさかキム先輩がいるからとはいえないし、私は困って口ごもった。

「別に詮索しているわけじゃないから、無理に言わなくてもいいよ。
ただ、他にもしゃべるのが嫌いなくせに部にいる人間がいたからさ、どうしてなのかなと思って。
中学のときは、何の部活をしていたの?」

まさか、理由が違うにせよ、私と同じ様にカン・ジュンサン先輩が入部したのもキム先輩がいるからとは私は知る由もなかった。

「合唱部です。」
「あぁ、だから今日の曲、合唱曲なんだ。」
「はい、2曲とも私の大好きな曲です。」

「僕も別に話すのが好きでやってるわけではないからね。
どちらかというと作るのが好きかな。
自分のお気に入りの曲を皆に聴いてもらったりとかね。
今日のシニョンのように。

今日の放送も、聴いてくれた人の中でひとりでも元気になってくれたらいいよね。そういうのが僕のやりがいかな。

今日の内容は良かったと思うよ。
そろそろ年明けくらいから、一年生を中心にしたローテーションにしようか。
来年度は君達が部を引っ張ってゆくんだからね。
シニョン、部長になったらどう?」

「とんでもない!
私は自分のことで手一杯で、とても皆を引っ張ってゆくことなんてできません。
部長にはテソク君がいいと思います。
彼なら元気がいいし、皆がまとまると思います。」

「そうか、テソクね。
ちょっとおちゃらけたところがあって心配だけど、シニョンがそばでサポートしてくれればちょうどいいかな。

ところで、ちょっと立ち入ったことを聞くけど、シニョンはどうして自分の気持ちを相手の人に伝えないの?
シニョンのような子に想われていることを知れば相手も心が動くと思うんだけどな。」

「それは…、私、知っているんです。
“彼”には好きな人がいることを。
“彼”がその人を見つめる眼差しはとても優しいんです。
その人のすべてを包み込むようで、きっとその人がなにをしても許してしまうんじゃないかと思うような…。
それに、その人といるときはとても温かい笑顔をするんです。
そんな優しい眼差しや笑顔を壊してまで、自分のほうに彼の想いを向けたいとは思いません。」

「そう、シニョンは心が広いんだね。強いのかな。
僕だったら、自分の好きな人が他の人を見ているなんて耐えれないけどな。
自分のことを知らないのならともかく、知っているのに…。」

「そんなことありません。
私は臆病なだけなんです。勇気がないんです。
傷つくのが怖いから、見ているだけで精一杯なんです。」

「…なんか僕のほうが励まされちゃったみたいだね。
さ、五分前だ。
もう行かないと。
僕が鍵を閉めていくから、先に行っていいよ。
今日はありがとう。これからもよろしくね。」
そういうと、キム先輩は私に向かって右手を差し出した。
私は一瞬躊躇したが、左手を右手に添えて尊敬の意を表しながら、そっと先輩の手を握らせていただいた。

暖かくて、大きくて、優しい手だった。
いつまでも握っていたかった。
私はそっと手をはずすと一礼して放送室を出た。

私の胸には一足早く春が来た。


連作「お昼の校内放送」第21回

2006-09-01 18:06:21 | 冬のソナタ
「ジンスク、これ今日かけてもらうレコード。
それから原稿はこれね。
ここのところで曲を入れて欲しいの。
よろしくね。」

「オッケー。
それにしても、こんなレコード、レコード棚の中にあった?
私初めて見る様な気がするわ。
ユジンが持ってきたの?」

「ううん、借りたのよ、ジュンサンから。」

「へぇ~え。」
「なによ。意味深な顔して。」
「ジュンサンと付き合ってるの?」
「そんなんじゃないわよ。
この間『今度の放送で使う曲を探しているから何かいいのないかしら』って相談したの。そうしたら何枚かレコードを持ってきてくれて、そのうちの一枚よ。
よかったらくれるっていってたから、終わったらレコードの棚に入れておいて。」

「了解。」
「なによ、にやにやして。やーね、ジンスクったら。
ほら、時間だわ。はじめましょ。」
ユジンは逃げるように、そそくさとブースの中に入っていった。

「皆さん、こんにちは。
お昼の校内放送の時間です。
今日の放送は、私チョン・ユジンとコン・ジンスクでお送りいたします。」

「そろそろ初雪の季節となりました。
皆さんは初雪の日にはどうされますか?

やはりお友達や恋人と過ごすのでしょうか。

それとも、一人静かに雪を踏みしめながらそぞろ歩く、窓越しに雪を眺めながら本を読む、ちょっと淋しい感じもするけれど、時にはそんなふうに初雪を迎えてみるのもいいかもしれませんね。」

「それではここで音楽をお送りいたします。
私の最近のお気に入りの一曲です。

皆さんはお聞きになったことがあるでしょうか?
もし初めてだったら、どうぞ曲名を当ててみてください。
当てたあなたはきっと感性の鋭い方ですね。

知っている方はどうぞ秘密にしていてくださいね。
では、どうぞ。」


いつもとは違った曲の紹介に、教室では、みんながおしゃべりをやめて聞き耳を立てていた。

音楽が流れ始めると、サンヒョクは“あっ”という顔をし、小声でヨングクに話しかけた。
「この曲は新進気鋭の作曲家の作品で、クラシックやピアノ曲のファンの間ではかなり知られてきている作品だけど…。一般にはまだそれほど知られていない曲だよ。」
「サンヒョク知っているのか?」
「あぁ、聞いたことがある。確か作曲者はまだ大学生だよ。」
「そんな曲、何でユジンが知っているんだ?ユジンはポップな曲を使うことが多いのに。」とヨングクは不思議そうな顔をした。

サンヒョクも自分の知らないユジンを見せられたようで、美しい旋律を聞きながらも心が翳ってゆくのだった。

そのころ、ジュンサンはいつものように屋上でパンを食べた後寝転びながら放送を聴きいていた。
そして音楽が流れ始めると口の端を少し上げて笑みを浮かべ
「もう、屋上で過ごすのは寒いな。教室へ戻るか。」
そう独り言をいうと、ジュンサンは本を持って立ち上がった。


音楽が始まると、ユジンはブースの中から出てきて、お弁当を広げ始めた。
ジンスクは”お先に”という顔をしてすでに食べ始めている。
「あ、ユジンの玉子焼きおいしそう。一つもらっていいかな。」
「いいわよ。」
「さんきゅ。じゃ、私のから変わりに何かとって。はい。」

「へえ~。とっても素敵な曲だね。『初めて』っていうんだ。みんな当てられるかな。」
「ふふふ。どうかしらね。でも、いい曲でしょ。」

「ジュンサンがこういう曲を聴くとはね。
はじめはとっても怖い人かと思ったけれど、案外優しいところがあるのかな。」

「ジュンサンは怖くはないわ。
ちょっととっつきにくいところがあるだけで、本当は淋しがりやなんだと思う。
そんな気がする。」

「ユジン…。ジュンサンが好きなんでしょ。」
「うん。…好きよ。」
今度は照れずにジンスクの目をまっすぐに見て素直に答えた。

「そっかー。がんばってね。」
〈サンヒョクが気の毒だけど、しょうがないよね。
好きっていう気持ちだけはどうしようもないもの…。〉

「ありがとう、ジンスク。
あら、急いで食べなきゃ。曲がもうすぐ終わるわ。」
慌てて口を拭くとユジンはブースの中に戻ってゆき、何事もなかったように放送を再開した。


「いかがでしたでしょうか。皆さん曲名はわかりましたか?
いきなりは難しいですよね。
ではここでヒントをお出ししましょう。
知っている方はまだ教えてはだめですよ。

次の三つの中に答えがあります。さてどれでしょう。
一番 『ときめき』
二番 『初めて』
三番 『戸惑い』


ジュンサンが教室に戻ると、皆が「一番かな」「俺は三番だと思うな」などとざわめいていた。

チェリンはジュンサンを見つけると、
「ねえ、ジュンサン、放送聞いてた?
あなたは何番だと思う?
私はね、一番の『ときめき』だと思うのよ。
乙女が恋る人のことを想う時のあの“ときめき”。
激しくはないけれど、清らかで純粋ででも強い想い。
そんな感じじゃなかった?」

「チェリンらしいな。
俺は半分くらいしか聞いてなかったから…。
どうかな…。」
そう言うとジュンサンは席について数学の本を開いてしまった。
話に乗ってこないジュンサンに、チェリンは諦めてみんなの輪に戻っていくしかない。


「さあ、皆さん意見はまとまりましたか?
では、正解をお教えしましよう。
答えは二番の『初めて』でした。

初めて何かをした時の、初めて何かに出会った時の、そんな戸惑いやためらいやときめきがよく表現されている作品だと思いますが、いかがでしょうか。
そういう意味で言えば、どの答えも正解かもしれませんね。」

「それではここで詩の朗読をお送りします。
題名は今日の曲にちなんで『初めて』です。」


もう一歩
そのもう一歩を踏み出せば
違う世界が見えてくる
きっときっと見えてくる

今日は昨日の続きだけれど
明日は今日の続きだけれど
今、このときを輝かせる
そうすることもできるんだ

初めて出会うその風景
どんな出会いが待っている?
本当にうまくいくかしら?

それはやってみなければわからない
うまくいかないかもしれない
失敗したらどうしよう
そんな弱気が足を留まらせる

『初めて』には
ほんの少しの勇気があればいい

そうすれば昨日と違う私になれる
心ときめく未来をつかめる



これで今日の放送を終わります。
担当はチョン・ユジン、コン・ジンスクでした。
では、またあした。」



「チョン・ユジン!」
「はい!」
放課後、廊下でカガメルに呼び止められたユジンはドキッとした。
〈なんか怒られることしたっけ?昨日の掃除がまずかったのかしら?〉

「いやぁ、今日の放送はなかなかよかった。格調高くてな。
あの詩は自作か?」
「あ、はい。下手な詩で申し訳ありません。」
「いや、上手下手じゃないんだ。よかったぞ。
詩は文化だからな。
文化は継承していかなくてはいけない。
有名な作品を朗読するのもいいが、これからは自分達で作った詩も発表していくといい。
部長のキム・サンヒョクにも言っておこう。」

上機嫌で立ち去るカガメルの背中を見ながら、ユジンは「ふぅ~」とため息をついた。
〈あぁ、びっくりした。また何か怒られるのかと思った。
カガメルは詩が好きなのね。
どおりで詩の朗読の練習をよくさせられる筈だわ。
…今日の詩、ジュンサン聞いてくれたかしら。〉

ユジンは、何かにためらっているような焼却場でのジュンサンを思い出していた。


ためらいて 悩む君が背 押さんとす
        吾のみが知る 笑顔見んとて

もしかして それであなたが 傷ついて
         血を流したら 私も泣こう

憎くても 会えるのならば いいじゃない
        私は父に もう会えないの

その命 与えてくれた 人ならば
       憎まずにどうか 愛して欲しい

連作「お昼の校内放送」第18回

2006-08-27 15:20:58 | 冬のソナタ
「あ・え・い・う・え・お・あ・お」
「か・け・き・く・け・こ・か・こ」
・・・・・・・
放課後の屋上。
放送部員達が一列に並んで発声練習をしている。
そろそろ初雪が降ってもおかしくない冷たい空気の中に、部員達の息が白く吐き出されていく。

「今度は来週の放送当番に当たっている者同士、向かい合って、もう一度はじめからやろう。
一年生は先輩の表情をよく見て。
発声練習は大声を出すだけじゃなくて表情が大切なんだ。
口角と頬骨の筋肉を上げて、目はしっかり開けて相手に微笑むように。
聞く人の心に届くような声を出すんだという気持ちで。
じゃあ、はじめ!」

部員達に指示を出すサンヒョクの向いには、一年生のウ・シニョンが胸をときめかせながら立っていた。
ユジンの向いにはジンスクが、チェリンの向いにはちょっと緊張気味の男子の一年生、しかし、ヨングクの前は空いていた。
ジュンサンは今日も練習をサボっていたのだ。

〈来週は、キム先輩と当番だわ。マイクの前に立つのは緊張するけれど、頑張らなくちゃ。〉
おとなしい性格のシニョンは本来人前で話すのは苦手だったが、中学生の時から憧れていたサンヒョクの側にいたいという一心で放送部に入ったのだ。

サンヒョクがユジンと幼馴染で仲がよいことはどこからともなく耳に入ってきていた。
叶わぬ恋。ただ遠くから見つめているだけの片思い…。
それでもいい、ただサンヒョクを見ていられればそれでシニョンは満足だった。


発声練習が終わった。
「部室に戻って、詩の朗読の練習とそれぞれ来週の打ち合わせをしてください。
内容が決まったら、僕に報告をよろしく。じゃ、解散。」
「ありがとうございました。」


部室に戻る途中、ヨングクが冷えた手をすり合せながらサンヒョクに話しかけてきた。
「おぉ、さぶくなってきた。
なぁ、サンヒョク、ジュンサン、また練習に来なかったな。
今日も誘ったんだけど、『俺は裏方に徹するから練習はいいよ。用事もあるし。』って。
もったいないよなぁ、あいついい声しているんだから、ちゃんと練習すればいい放送できると思うんだけどなぁ。」

「ヨングクも誘ってくれたのか。
僕も声はかけたんだけど…。
彼は機械に強いから裏方を引き受けてくれるのは助かるけれど、練習はサボらないで欲しいんだ。打ち合わせもあるし。
ヨングク、悪いけど、来週の当番の分、一人で内容決めてくれるか?」
そう言いながらも、サンヒョクは心のどこかでジュンサンが来ないことにほっとしている自分を感じていた。

「あぁ、それはかまわないよ。
適当に考えて、後で報告するよ。」


「あの、キム先輩いいですか?来週の放送の内容なんですけれど…」
「あぁ、シニョン、ごめんよ。
どお、何か考えてきた?
来週は僕が機械を担当するから、君が話す内容と曲を決めてごらん。
困っているならアドバイスするから。」

「だいたいの内容と、曲を書いてきたんですけれど、見ていただけますか?」
「もうちゃんと書いてきてくれたんだ。
じゃぁ見せてもらうね。…
…うん、いいんじゃないかな。
ちょっと硬い内容だけれど、シニョンらしくて。
当日は原稿を読むんじゃなくて、自分の前に人がいると思って、その人に語りかけるような気持ちで話せばきっとうまくいくよ。
頑張ろうね。」

「はい、ありがとうございます。
よろしくお願いします。」
シニョンは、サンヒョクに優しい言葉をかけられて鼓動が早くなるのを感じた。
〈どうしよう。先輩に聞こえないかしら。顔、赤くなってないかしら。〉
原稿を胸に抱きしめて恐る恐る顔を上げると、そこにはサンヒョクのやわらかい笑顔があって、シニョンはほっとし、ややぎこちなく微笑み返した。

「シニョンそこに座って。朗読の練習をしよう。
僕が先に読むから聞いててね。」

サンヒョクの朗読を聴きながら、シニョンは初めてサンヒョクに“出合った日”のことを思い出していた。

中学一年生の夏。
中学生になって一緒になったクラスメートとなかなかなじめず、勉強にも行き詰って落ち込んでいたある日。

給食が終わってお昼の校内放送が始まっていたが、シニョンの耳には入っていなかった。
大好きな『足長おじさん』でも読もうかと文庫本を開いては見たものの、それを読む気にもならず、頬づえをついて「ふう」とため息をついた。

その時スピーカーからどこかで聞いたことのある曲が流れてきた。
〈なんていう曲なんだろう。綺麗なメロディー。〉

その音楽は乾いてひび割れた大地に水が沁みこむように、シニョンの心を癒してくれた。
「お送りした曲は『グリーンスリーブス』でした。
暑い毎日が続いています。もう少しで待望の夏休みですね。
暑さに負けないで今日も元気に過ごしましょう。
今日の担当は、キム・サンヒョクでした。」

〈キム・サンヒョク…〉
暗く翳っていたシニョンの心に、小さな明かりが灯ったようだった。


同級生に「キム・サンヒョク」の名前はなかった。
〈一年先輩なのかしら?〉
いつもサンヒョクのことが心から離れなれなくなり、お昼の校内放送の時間が待ち遠しくなった。

その後、秋の文化祭で放送係を担当しているユジンとサンヒョクの姿を見た。
〈あの人がキム先輩…〉

それからサンヒョクの姿を学校で見かけることがあると、シニョンは一日幸せな気持ちになるのだった。

サンヒョクはしばしばユジンと一緒にいて、その時サンヒョクはとても楽しそうにしていた。
〈チョン・ユジン先輩…、綺麗な人…。勉強もできるって、キム先輩はチョン先輩が好きなのかしら…〉

美人ですらりと背の高いユジンに比べて、余りにも平凡でとりえのない自分がシニョンは悲しかった。
〈でも、キム先輩を想う気持ちだけは誰にも負けたくない。一生懸命勉強してキム先輩と同じ高校に行こう。そして放送部に入るんだわ。〉

シニョンは懸命に勉強に励み、サンヒョクの後を追って春川第一高校を受験した。
そして望みどおりに放送部に入ると、自分に少し自信がついてきた。
放送部にはユジンもいたが、もうそれは気にならなかった。

一緒に部活動してみると、シニョンは、明るくて優しいユジンも大好きになった。お似合いのユジンとサンヒョクがうまくいってほしい、そんな気持ちさえ生まれていた。


「じゃあ、今度はシニョンが読んでみて。」
「はい。お願いします。」

「うん、ずいぶん上手になったね。
ただ、シニョンは声が低めだから、もう少し意識して高めの声を出したほうがいい。
ニュースなどの報道だったら、低い声のほうが信憑性が感じられていいんだけど、僕達のやる校内放送は、みんなの気持ちを明るくさせたり、元気を与えるものだと思うんだ。
音階の“ソ”の音があるだろう?
その音が一番良く通って、聞く人の気持ちを明るくさせるんだそうだ。
だから、もう少し高めの音を意識してもう一回読んでみてくれるかな?」

「そう、それくらいがいいね。
慣れるまでちょっと大変かもしれないけれど、今みたいな感じでやってみて。
じゃぁ、来週よろしくね。」

「はい、よろしくお願いします。
ありがとうございました。」

   
  この想い 君に届かぬ ままなれど
         我を励まし 我が花咲かさん


一方、ユジンとジンスクは…
「ユジン、今度どうする?
何か考えてある?」
「ジンスク、今回は私に任せてもらってもいいかしら?
みんなに紹介したい曲があるのよ。それにちょっとおしゃべりを交えて、あと詩を朗読したいの。自作の下手なのだけれどね。」

「へえ、ユジンが自分で詩を書くの?いいんじゃない。
じゃ、今回はユジンにお任せね。よろしく。
それにしても、今日もジュンサン練習に来なかったね。
人前でしゃべるのが嫌いならなんで放送部に入ったんだろうね。
ほんと、不思議な人。
まぁ、最近は当番サボらなくなっただけいいけどね。」

「ほんとね。ふふふ…」
〈そういえば、用事があるって帰ったけど、なにしてるんだろう。ジュンサンがどこに住んでいるかも私はまだ知らないんだわ。〉
ジュンサンと心が通い合ったことを信じながらも、どこか踏み込めない謎めいたものをユジンは感じていた。
もっと彼のことが知りたかった。

   
   あなたとの 隔てを全て 無くしたい
           もっとあなたの 近くにいたい

poppoさんの 冬の挿話 12 「最後の海から…」に寄せて

2006-06-25 21:56:02 | 冬のソナタ
吾が心 表すような 重い空
      丘の上に眠る その人の墓

恋しくて あなたを求め 続けし日々
        あなたは吾を 知ってか知らずか

微笑みも 愛しい人も 奪われた
       それはあなたが 僕の父だから

「お父さん」 初めて僕は そう呼んだ
         タロットを焼く もう夢は見ない

poppoさんの 冬の挿話 11 「二人のおかっぱ頭」に寄せて

2006-06-23 22:04:39 | 冬のソナタ
かわいらしい おかっぱ頭が できました
         満足顔と ふくれっ面と

似てないと 怒る理由は それぞれで
        無邪気と真面目 それに不機嫌