「ねえユジン、今晩あたり初雪が降るって言う予報だったわよね。
サンヒョクとデートの約束があるんでしょ。
後は私がやっとくから、今日はもう帰っていいわよ。」
「でも、この図面明日には仕上げないといけないし、今日別に約束もしていないから。」とユジンは図面から目を離さずに答えた。
「約束してないって、まさかユジン、あなたまだプロポーズの返事していないの?あんなにユジン一筋のサンヒョクなのに、どうして…。
何か問題でもあるの?
そりゃ、うちだって今すぐユジンに辞められたら困るけれど、婚約したからと言ってすぐ結婚して仕事を辞めなきゃならないわけじゃないんでしょ。」
「ええ。」ユジンは手を休ませずに答えた。
「だったら、なんでなの。
まさか…、ほかに好きな人がいるわけじゃないんでしょう。」
「ジョンアさん…」
ユジンは顔を上げて、少し困惑したような表情を浮かべた。
「わかってるわよ、そんなはずないことぐらい。
ユジンとはもう長い付き合いだけど、サンヒョク以外の男性と付き合っているなんて事、見たことも聞いたこともないもの。
婚約していないだけで、家族同然の付き合いをしているんでしょう。
だったら、早くきちんと婚約式をして、お母さんを安心させてあげたほうがいいわ。
私ぐらいの年になれば親も少しは諦めてくれるけど、あなたは長女なんだし、お母さん心配しているんじゃないの。」
「ええ、わかってます。
あ、ジョンアさん、客先に行く時間じゃないですか。」
「あら、本当だ。大変。
じゃあユジン、行ってくるわ。
サンヒョクに電話ぐらいしてあげなさいよ。」
「はい。行ってらっしゃい。」
「ふぅ。」
ジョンアが行ってしまうと、ユジンはほっとしたようにため息をついた。
〈サンヒョク、ごめんね。
もう、前に踏み出さなければいけないこと、わかっているの。
いつまでもあの日のまま留まっていてはいけないこと…。〉
ユジンの想いは、高校3年生の冬へと飛んでいた。
初雪の降ったあの日、私はジュンサンの存在を強く感じた。
〈今日こそ会える。初雪が降ったんですもの。ジュンサンが待っていないはずがない。〉
私は湖へと急いだ。
恋人たちは町の中で笑いさざめいているのだろうか。
湖の畔(ほとり)は、人影もなくひっそりとしていた。
私は去年のように、ゆっくりとメタセコイアの林を歩いた。
そうすれば、きっと木陰からジュンサンが現れるに違いない。
「待たせてごめんよ。帰って来たよ。」
そう言って、あのはにかむような笑顔を見せてくれる・・・。
しばらく歩いてもジュンサンは現れなかった。
私は、ふと予感がして後ろを振り向いた。
でも、そこには私の歩いた足跡だけが、一列続いているだけ。
去年は、私とジュンサンの足跡が並んでいたのに…。
一度やんだ雪がいつの間にかまた降り出して、私のつけた足跡も消そうとしている。
私は空を振り仰いでつぶやいた。
「ジュンサン、あなたはやっぱりもう帰ってこないのね。
本当に「影の国」に行ってしまったのね。」
私の頬を伝う涙にも雪が落ちて、一緒に融けて流れてこぼれていった。
君はもう死んだと言って聞かせ…冬 ヒサト
ジュンサン、もうここへは来ないわ。
ここへ来れば、どうしてもあなたの姿を探してしまう。
体はこの世にあるけれど、心はあなたのそばにいるから。
あなたのことは決して忘れないから。
*******
その時、ユジンの携帯が鳴り、はっと我に返った。
「ああ、サンヒョク。
ごめんね。こっちから電話しようと思っていたところ。
明日までに仕上げなきゃいけない図面があって、今日は会えないわ。
今度の休み?
ちょっと一人で行きたいところがあるの。
その後、”あの返事”をするから。
じゃあ、また。私から連絡するわね。」
何年ぶりかしら。
湖へ行ってこよう。
そして、心の整理をしてこなければ。一歩前に踏み出すために。
あなたとの 思い出はみな 心の扉
その奥にしまい 鍵をかけよう
あの日から 九 「あなたを忘れるわけじゃない」に続く
サンヒョクとデートの約束があるんでしょ。
後は私がやっとくから、今日はもう帰っていいわよ。」
「でも、この図面明日には仕上げないといけないし、今日別に約束もしていないから。」とユジンは図面から目を離さずに答えた。
「約束してないって、まさかユジン、あなたまだプロポーズの返事していないの?あんなにユジン一筋のサンヒョクなのに、どうして…。
何か問題でもあるの?
そりゃ、うちだって今すぐユジンに辞められたら困るけれど、婚約したからと言ってすぐ結婚して仕事を辞めなきゃならないわけじゃないんでしょ。」
「ええ。」ユジンは手を休ませずに答えた。
「だったら、なんでなの。
まさか…、ほかに好きな人がいるわけじゃないんでしょう。」
「ジョンアさん…」
ユジンは顔を上げて、少し困惑したような表情を浮かべた。
「わかってるわよ、そんなはずないことぐらい。
ユジンとはもう長い付き合いだけど、サンヒョク以外の男性と付き合っているなんて事、見たことも聞いたこともないもの。
婚約していないだけで、家族同然の付き合いをしているんでしょう。
だったら、早くきちんと婚約式をして、お母さんを安心させてあげたほうがいいわ。
私ぐらいの年になれば親も少しは諦めてくれるけど、あなたは長女なんだし、お母さん心配しているんじゃないの。」
「ええ、わかってます。
あ、ジョンアさん、客先に行く時間じゃないですか。」
「あら、本当だ。大変。
じゃあユジン、行ってくるわ。
サンヒョクに電話ぐらいしてあげなさいよ。」
「はい。行ってらっしゃい。」
「ふぅ。」
ジョンアが行ってしまうと、ユジンはほっとしたようにため息をついた。
〈サンヒョク、ごめんね。
もう、前に踏み出さなければいけないこと、わかっているの。
いつまでもあの日のまま留まっていてはいけないこと…。〉
ユジンの想いは、高校3年生の冬へと飛んでいた。
初雪の降ったあの日、私はジュンサンの存在を強く感じた。
〈今日こそ会える。初雪が降ったんですもの。ジュンサンが待っていないはずがない。〉
私は湖へと急いだ。
恋人たちは町の中で笑いさざめいているのだろうか。
湖の畔(ほとり)は、人影もなくひっそりとしていた。
私は去年のように、ゆっくりとメタセコイアの林を歩いた。
そうすれば、きっと木陰からジュンサンが現れるに違いない。
「待たせてごめんよ。帰って来たよ。」
そう言って、あのはにかむような笑顔を見せてくれる・・・。
しばらく歩いてもジュンサンは現れなかった。
私は、ふと予感がして後ろを振り向いた。
でも、そこには私の歩いた足跡だけが、一列続いているだけ。
去年は、私とジュンサンの足跡が並んでいたのに…。
一度やんだ雪がいつの間にかまた降り出して、私のつけた足跡も消そうとしている。
私は空を振り仰いでつぶやいた。
「ジュンサン、あなたはやっぱりもう帰ってこないのね。
本当に「影の国」に行ってしまったのね。」
私の頬を伝う涙にも雪が落ちて、一緒に融けて流れてこぼれていった。
君はもう死んだと言って聞かせ…冬 ヒサト
ジュンサン、もうここへは来ないわ。
ここへ来れば、どうしてもあなたの姿を探してしまう。
体はこの世にあるけれど、心はあなたのそばにいるから。
あなたのことは決して忘れないから。
*******
その時、ユジンの携帯が鳴り、はっと我に返った。
「ああ、サンヒョク。
ごめんね。こっちから電話しようと思っていたところ。
明日までに仕上げなきゃいけない図面があって、今日は会えないわ。
今度の休み?
ちょっと一人で行きたいところがあるの。
その後、”あの返事”をするから。
じゃあ、また。私から連絡するわね。」
何年ぶりかしら。
湖へ行ってこよう。
そして、心の整理をしてこなければ。一歩前に踏み出すために。
あなたとの 思い出はみな 心の扉
その奥にしまい 鍵をかけよう
あの日から 九 「あなたを忘れるわけじゃない」に続く