どんな悩みも悠然と乗り越えられる境涯。
それが幸福だ。
困難が立ちはだかったとき、よおし成長のチャンス、宿命転換のときと確信できる人は、もうすでに人生に勝利している。
何も怖くはない。
頭では、わかってる。
ところが、実際はどうだ。
子供が失業したといっては嘆き、頭が痛くて眠れない、と言われればおろおろし、財布の中身を考えてはどうしようとやりくりに悩む。
何もやる気がおきないのを体調不良のせいにし、自分に言い訳をする。
やっぱり心のどこかで幸福というのは、未来という距離の彼方にあると思っているんだな。そうじゃないのに。
漫画「ちはやふる」で、肉まん君は「俺は千早のようなカルタ馬鹿じゃない。楽して勝てればそれに越したことはない。強いやつとは当たりたくない。」といいます。普通の人はそうですよね。本音です。たぶん。
無病息災。家内安全。
だけど、その肉まん君も同い年の強敵新と当たると自分ももっと強くなりたい、勝ちたいと思うんですよね。
(そう思っちゃうから、頑張らなきゃならなくなるから強いやつはいやだって言ってますけれどね。)
人間って、そういうふうにできている、らしい。
話はどんどん脱線しますが、フィギアスケートの浅田真央選手。
いつも韓国の金妍兒(キム・ヨナ)選手とトップ争いをしていて、へたれな私などはしんどくないのかな、なんて思いながら試合を見ていました。
なんで、同い年で隣同士の国にこんな強い人がいるのよ、彼女さえいなければ、もっと楽に勝てるのに、なんて(思わないんだろうなぁ。思う私は、凡人)
話を元に戻しましょう。
この本は、12人のSGI(創価学会インターナショナル)メンバーの人生ドラマ、体験談集です。
元大リーガー選手、ジャズサックス奏者、作家、弁護士、指揮者…。
名前を見れば、ああ、あの人ねと誰もが知っている有名な方もいます。
肩書きだけを見れば、いわゆる成功者ばかり。
信仰をして成功しました!いえいえ、そんな簡単な体験じゃありません。
麻薬事件を起こし逮捕され人生に挫折。栄光からの転落。
子供の障害(重度の脳性まひ)。
愛するパートナーの事故死。
子供の難病。
肉親の自殺(しかも、目の前で、ピストル自殺…)
etc…
これでもか、これでもかと彼らに苦難が襲い掛かります。
もう、読んでいても胸が痛いくらいに。
最後の章で、作家の方がこう書いています。
「…逆境の数だけ一瞬でも仏の生命の光輝を発せられるなら、私はこれからも一作ごとに絶体絶命の淵に落ちたい。私のような人間に幸福になれる条件があるとしたら、それ以外にはあるまいと思うのである。…その積み重ねのうちに命の扉は開き、運命も切り開かれていく。…」
余談ですが、この本を初めて読んだのは、冬のソナタを見たころ。
この本を読んだからこそ「別れの後」を書いたというのは裏話です。
これを読んでいただくと、あれ?どこかで聞いたようなせりふが…、と思っていただけるかも。
はい、随所に(ふんだんに)いただいております
それが幸福だ。
困難が立ちはだかったとき、よおし成長のチャンス、宿命転換のときと確信できる人は、もうすでに人生に勝利している。
何も怖くはない。
頭では、わかってる。
ところが、実際はどうだ。
子供が失業したといっては嘆き、頭が痛くて眠れない、と言われればおろおろし、財布の中身を考えてはどうしようとやりくりに悩む。
何もやる気がおきないのを体調不良のせいにし、自分に言い訳をする。
やっぱり心のどこかで幸福というのは、未来という距離の彼方にあると思っているんだな。そうじゃないのに。
漫画「ちはやふる」で、肉まん君は「俺は千早のようなカルタ馬鹿じゃない。楽して勝てればそれに越したことはない。強いやつとは当たりたくない。」といいます。普通の人はそうですよね。本音です。たぶん。
無病息災。家内安全。
だけど、その肉まん君も同い年の強敵新と当たると自分ももっと強くなりたい、勝ちたいと思うんですよね。
(そう思っちゃうから、頑張らなきゃならなくなるから強いやつはいやだって言ってますけれどね。)
人間って、そういうふうにできている、らしい。
話はどんどん脱線しますが、フィギアスケートの浅田真央選手。
いつも韓国の金妍兒(キム・ヨナ)選手とトップ争いをしていて、へたれな私などはしんどくないのかな、なんて思いながら試合を見ていました。
なんで、同い年で隣同士の国にこんな強い人がいるのよ、彼女さえいなければ、もっと楽に勝てるのに、なんて(思わないんだろうなぁ。思う私は、凡人)
話を元に戻しましょう。
この本は、12人のSGI(創価学会インターナショナル)メンバーの人生ドラマ、体験談集です。
元大リーガー選手、ジャズサックス奏者、作家、弁護士、指揮者…。
名前を見れば、ああ、あの人ねと誰もが知っている有名な方もいます。
肩書きだけを見れば、いわゆる成功者ばかり。
信仰をして成功しました!いえいえ、そんな簡単な体験じゃありません。
麻薬事件を起こし逮捕され人生に挫折。栄光からの転落。
子供の障害(重度の脳性まひ)。
愛するパートナーの事故死。
子供の難病。
肉親の自殺(しかも、目の前で、ピストル自殺…)
etc…
これでもか、これでもかと彼らに苦難が襲い掛かります。
もう、読んでいても胸が痛いくらいに。
最後の章で、作家の方がこう書いています。
「…逆境の数だけ一瞬でも仏の生命の光輝を発せられるなら、私はこれからも一作ごとに絶体絶命の淵に落ちたい。私のような人間に幸福になれる条件があるとしたら、それ以外にはあるまいと思うのである。…その積み重ねのうちに命の扉は開き、運命も切り開かれていく。…」
余談ですが、この本を初めて読んだのは、冬のソナタを見たころ。
この本を読んだからこそ「別れの後」を書いたというのは裏話です。
これを読んでいただくと、あれ?どこかで聞いたようなせりふが…、と思っていただけるかも。
はい、随所に(ふんだんに)いただいております