紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★69 イダテン

2024-12-29 07:16:31 | 「と・ある日のこと」2024年度


 最近行きだしたフリーダンスの会。見たことのある男性が居るが、踊り方といい、表情といい、別人と思えるほどの人だ。けれど、気になっている。何度か私の経営する店に来たことがあるし、元気いっぱいの疲れ知らずの人で、いつも汗を飛ばすほど踊るだけ踊ると、いつの間にか消えていた人だ。

「ね、あの方の名前を知っている?」ダン友に聞くと、「えーとね、何て言ったっけ」と、言う。もしかして別人ならそれはそれでよいのだが、喉元まで上がってきた文字は、「い」という文字だ。い、い、い・・・・・

 伊藤でもないし、石川でもないし、井上でもない。池端? いや違う。い・い・い・・・
 名は体を表すというよねぇ。「い」から始まる苗字を散々思い出そうとするが出てこない。

 その人物は、チラと私を見たりするが、すぐに視線はホールの中へ移っていた。

 踊りながら、リードする男性に聞いてみた。
「あ、あの人ね、イダテンさんだよ。何でも脳溢血で倒れたことがあったらしく、しばらく踊りに来なかったけど、ああやって、踊れるまで回復したみたい」
そうだった。イダテンさんだった。「韋駄天」という苗字に驚いたりしたものだったが、別人のように、静かな踊り方になっていたので思い出せなかった。

「韋駄天さん、踊ってください」と、椅子席の男性に言うと、ゆっくり立ち上がると踊りだした。以前との違いは驚くほど。

「まだ書いているの?」と聞いてきた。「ええ、ボケ防止にね」というと、「そうか、何よりだね」という。私の素性は知っていたようだ。一曲だけ踊ってくれると、追い立てるように手を振った。余りにも違いすぎる様子。

「あなたは、軽やかでいいね」韋駄天さんが、言った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「と・ある日のこと」は、今記事が今年最後になります。
お付き合いいただきありがとうございました。
新年もまた引き続き掲載の予定です。
皆様には、お元気で良いお年をお迎えくださいね。
またよろしくお願いいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俳句・めいちゃところ
https://haikumodoki.livedoor.blog/
写真と俳句のブログです。
こちらもよろしくです。



★68 そら似

2024-12-21 07:36:49 | 「と・ある日のこと」2024年度


 私が乗る帰りの電車は、混む。なるべく空いた車両に乗ろうと、この日は後ろから三両目に乗った。思惑通り直ぐに座れた。右隣の中年男性は、スマホの縦書きの小説らしい画面を見ている。向かい側には、左腕を三角巾で吊った詰襟の男子。その隣は松葉杖一本を抱えた老人。腕を負傷した孫と祖父かな? 

 男子は眠っているようだ。持っているスマホが今にも手から滑り落ちそうだ。眉毛の形が隣の老人に似ている。祖父と孫だろうか? 男子は腕だけの負傷なのか、それとも、祖父らしい人物の抱えている松葉杖も使うような怪我なのだろうか? 三角巾の汚れ具合は時間の経っているのを物語っている。 

唇の形も似ている。血のつながりが無いとすれば、同じ民族と言えそうだ。などと、想像しながら見るともなしに見ていると、「ガシャドン」と音を立てて、スマホが落ち、男子の足元より遠く、私の方向へ滑り落ちた。隣の老人は、どうしようかと男子の顔を見る。男子は気づかないで眠っている。

私は、カートが滑って移動しないように左手で抑えながら、スマホに手を伸ばして拾った。そして、男子の手に持たせようとしたが、完全に眠っているようで、反応が無い。老人がスマホを受け取り、男子の膝を叩いた。男子は、半分夢の中のようなぼんやりとした表情で受け取ると、外の景色を眺めた。どうやら流れる風景で今現在の電車の走っている位置確認をしたようだ。間もなく某駅に着くと、男子生徒は、老人へ顎を引くような挨拶をして下りていった。

 祖父と孫の連れとばかり思っていたが、赤の他人ようだ。それにしても、似たような顔だった。次の駅で老人が、松葉杖を抱えたまま下りて行った。

 車窓から、夕焼けを背景に富士山の黒いシルエットが見えた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「と・ある日のこと」をお送りします。
日々の暮らしの中から、ちょっと心に引っかかった事を綴っています。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俳句・めいちゃところ
https://haikumodoki.livedoor.blog/
写真と俳句のブログです。
こちらもよろしくです。

★67 自慢しっこ

2024-12-15 06:48:08 | 「と・ある日のこと」2024年度
 


正午からレッスンを受ける日であった。
 ダンスウェアーに着替えてから、準備体操をして、先生を待つ時間をも含めて、少し余裕を持って電車に乗った。

 一人分の空席があった。
 10年ぶりに箪笥から出し、数日間陰干しをしておいた薄手のコートを着て来た。和服のリメイクをしたものだ。地味目の長着を解き、網に入れて洗濯機で洗い、生乾きの状態のうちにアイロンを掛けた。表地は地味目で、裏地はちょっと可愛い小花模様。

 リバーシブルの縫製は四苦八苦の作業であった。喫茶店の仕事と、遊び歩けぬ我が家の環境の中で、様々な気休めの趣味と、縫物をするなど、家から離れられない中で仕上げたコートだった。数年前から、服装の自由さのある時代が続いている。だから、時代遅れの感じもなく、サラリと着こなしたつもり。

 空席に腰を下した。左隣の私と同年配の女性が、微かな笑い顔を見せた。知った顔ではない。それに、既に乗車していた女性だ。

「作ったのですか?」と、小声で私に話しかけてきた。直ぐにコートのことだと気づいた。「ええ」と答えると、「私も作ったのですよ」という。改めて女性の着ている上着を見ると、紬のような和服地のモノだった。「私の母が、着物が好きで、たくさん遺してあったものですから、こうして作っては楽しんでいるんですよ」という。

 負けず嫌いでは無いつもりだが、自然と自慢話になっていた。傍から見たら、どう見たってリメイク品の自慢のしっこではないか。

「ウフフフフ・・・」と、二人で押し殺した声で笑った。こうして、お隣の女性と私は、同じ乗換駅までご一緒して別れた。二度と遭うこともないかも知れない女性だった。それにしても、何となく嬉しい。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「と・ある日のこと」をお送りします。
日々の暮らしの中から、ちょっと心に引っかかった事を綴っています。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俳句・めいちゃところ
https://haikumodoki.livedoor.blog/
写真と俳句のブログです。
こちらもよろしくです。

★66 元気で踊ろう会

2024-12-07 06:58:18 | 「と・ある日のこと」2024年度



「歳を重ねてきたら、遠くへ遊びに行くのも大変になるから、だんだん近場の遊び場を見つけないとダメよ」と、旧友が言う。
なるほど。確かに。現在、踊りに行くのは1時間以上の距離を電車に乗って通っている。エスカレーターやエレベーターはどの駅にも設置されているし、駅からの道のりも歩ける程度の距離と思えている。だが、いずれ、階段は勿論、駅から自宅までの距離も苦痛になるだろう。

5、6年前まで、ダンスを習いに通った公民館。数年続けているという「元気で踊ろう会」へ行ってみることにした。どのような顔ぶれかよりも、自分の気に合う雰囲気であるかどうか、見学してみることにした。

公民館の駐車場を歩いていると、見たことのある男性がいた。懐かしく挨拶をする。

 公民館のホールに入ると、30人ほどの男女がいた。男女とも同じような人数だ。入場料は200円。2時間の予定。60歳前後から80歳代位まで。やはり、日中ではこのような年齢なのは当たり前なのだろう。

 音楽が鳴りだした。ワルツから始まる。私は壁際の椅子に腰を下ろした。駐車場で見かけた顔見知りの男性がにこやかに手を差し伸べた。歩幅はいつもの半分以下。足を踏まないようにリードに従う。2曲踊って、丁寧にお礼を言い、椅子に戻る。次の曲が始まると別の男性が手を差し伸べてくれた。また2曲踊ってもらう。こうして、10数人と踊った。近年はラテンダンスが人気だがここでも同じような感じがする。年齢を重ねて、体幹が弱くなり、背中が丸くなっても、サンバやジャイブ、クイックステップまでも踊っている。

遠征できなくなったなら、近場のこういう場に、運動がてら参加すれば、死ぬまで踊ることが出来るような気がした。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「と・ある日のこと」をお送りします。
日々の暮らしの中から、ちょっと心に引っかかった事を綴っています。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俳句・めいちゃところ
https://haikumodoki.livedoor.blog/
写真と俳句のブログです。
こちらもよろしくです。

★65 華やかな裏側

2024-12-01 07:00:49 | 「と・ある日のこと」2024年度


 私の踊りに行っているダンスホールのお客様は、年齢は40代の女性も居るが、大抵は60歳前後から上は90歳位までの女性。スタッフは大学生から還暦位までの男性。一番多いのは30代までの男性が多い。
女性客は自分の子供から孫位の男性に踊ってもらっていることになるのだが、雑談の内容ともなると、一気に現実味が滲み出る。

「私は、いずれは老人ホームへ入所するつもり」という隣席の黒白のドレスを着たNちゃん。その隣の席のパープルのドレスのHさんは、「えっ?」と言って、話の内容に付いていけないという表情をした。

 Nちゃんの父上は医者だったそうだからか、母上はとてもきめ細かい介護を受けられる施設に入所していたそうだ。だから自分も同じような所へ入るつもりだと言った。それには、多額の一時金が必要とか。一般のサラリーマンでは、その金額を用意できる人は少ないと思う。我が家ではとてもそういう至れり尽くせりの介護施設には入れそうもない。だからこそ、健康に気を付けて、「ピンピンコロリ」を目指すしかないのだ。

 華やかなダンスホールでの話題にしては、超現実味のある話である。子や孫が居ようが居まいが、自分の最後の始末をどうするか? イヤでも考えておかなければならないだろう。

「自宅は娘に、千葉の別荘は息子に相続させると夫婦で決めているのよ。あれこれ姉弟で揉めても困るので、今の内から二人には話してあるのよ」と、Nちゃんは言った。
相続問題から、高価な食器まで、娘と息子が喧嘩しないように割り振ってあるとか。
そういう点では我が家の相続人は一人なので心配ないが、猛暑の夏にしては小寒い話だ。

 ダンサーが手を差し伸べた。
 軽快なジャイブの曲が流れている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「と・ある日のこと」をお送りします。
日々の暮らしの中から、ちょっと心に引っかかった事を綴っています。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俳句・めいちゃところ
https://haikumodoki.livedoor.blog/
写真と俳句のブログです。
こちらもよろしくです。