紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★59 カッコイイひと

2024-10-20 07:18:24 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
と、ある土曜日。今日は1レッスンとダンスタイム2時間の楽しみの日。

車内は混んでいた。50分ほど立ったままの移動。乗換駅に着くと、いつもの乗換え電車の車内も混んでいる。カートを引いて、スカイツリーの見える窓側の中ほどのつり革に掴まって立っていた。車内アナウンスが、乗換駅構内での人身事故の影響で、車内が混んでいると、言った。いつもと違う年代層と混み具合が、連休前のレジャーなどのせいだろうとも思う。

 目前の座席の若い男性が、小声で「どうぞ」と、席を譲るというゼスチャアをした。「大丈夫です」と、私も小声。立ち上がるのを止めた男性は、二駅ほど過ぎた時立ち上がり、出入り口の方に移動した。私の目の前の席が空いた。もう降りるのだろうと思い、腰を下ろした私。ところが、男性は、席を立つことで、私に席を譲るつもりだったらしい。私は、会釈して感謝を表した。そして、そっと、その男性を観察する目になってしまった。

 年齢は二十代前半かしら? 身長は173cm位。緑色のTシャツにグレーのジィーンズの半パン、キャメル色の斜め掛けの大きめのバッグ。帽子はベージュの野球帽。黒のブーツの紐は茶色だった。ちょっと色白な顎に髭が薄っすらと。

 私の眼は傍から見たなら、どんな眼だったのだろう。きっと、あの男性は私の無神経な視線を感じていたかもしれない。ちょっとばかり恥ずかしくなった。

 レッスンは、スローホックストロット。一回踊ってから、ヒールターンの練習。動作は単純ではあるが、重心の載せ方や方向など、丁寧に教わる。基礎の出来ていない私だから、少しずつ直してもらうつもりでいる。



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★58 赤い自転車

2024-10-12 07:08:08 | 「と・ある日のこと」2024年度


「大型廃品回収車です。冷蔵庫、電子レンジ、自転車など、要らなくなったモノを回収します。お声掛けください」
 通りの向こうから、回収車のアナウンスが聞こえてきた。庭にいた私に、滅多にない都合よさ。私は通りに出た。軽トラックから流れてくる声が少しずつ近づいてくる。

 隣家との境の塀際に置いてある赤い自転車。喫茶店経営中に買った。暫く近所への買い出しに使った。夫が現役引退後は、専ら夕刊紙を買いにコンビニまで乗っていく程度だった。あちらこちらは錆び付いているし、いつの間にか後ろのタイヤがパンクしていた。庭のオブジェにして、前籠や荷台の籠に寄せ植えなど飾っても良いかと思ったが、夫の大反対で諦めていた。

「自転車? うん、無料で持っていくよ。えっ? ステレオタイプのラジカセ? いいよ、持って行ってやるよ」と、回収屋さん。

 ガレージに入った軽トラックの荷台に自転車を載せながら、「自転車で転んで怪我してもしょうがないからね。いやね、ちょっと前免許の書き換えで認知テストなんかしたんだけど、視野が年々狭くなって、次回はたぶん受からないだろうと思ってんのよ。事故起こしたら何にもならないからね。怪我は怖いよ。寝たきりになる恐れがあるし、自転車でだって、転んで骨折したなんてよく聞くからね」と、回収屋さんが言う。

 赤い自転車は、軽トラックの荷台に寝せられた。その傍にラジカセも載せられた。おしゃべりしながら積み込んだ回収屋さん。ぺこりと頭を下げると、走り出した。

無料で引き取って、どれだけの収入になるのだろう? なんて、余計なことを考えながら見ると、隣家との境の塀際が、ちょっとばかり寂しくなった気がした。



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★57 倒れた若い娘

2024-10-06 06:56:49 | 「と・ある日のこと」2024年度


 過不足のない疲れを感じながら、帰途の車内にいた。いつもより1時間早めの帰宅になる。台風10号の迷走ぶりに、湿った空気の車内は丁度座席が埋まる程度の乗車人数であった。

「う、うーつ、うーっ」という呻き声がした。後方の優先席付近に目をやると、若い女性が倒れていた。両脚は力なく投げ出され、頭が座席シートの下に入り込みそうな程の状態だ。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。近くにいた中年の女性と男性が、「大丈夫ですか?」と声をかけた。倒れた若い女性の返事は無い。意識が無いように見えた。誰かが、非常通報装置を押した。某駅に停車する寸前だったので、滑り込んで停まったホームに「ジージージー」と、けたたましい音が鳴り響いていた。駅員が4,5人集まってきた。

 倒れた女性は気が付いたようだが、眼は虚ろで顔色は真っ白。周りにいた数人と駅職員とでホームに降し、ベンチに掛けさせた。
 駅職員が女性に何かを聞いたりしていたが、真っ白な顔に血の気は戻らない。私は、小学校6年生の時のことを思い出していた。
 授業中だったのか、休み時間だったのかは思い出せないが、男子生徒が突然、机や椅子をなぎ倒すような勢いで倒れた。意識はなかったのかは覚えていないが、担任の先生が、右往左往していたのを覚えている。

 私の乗った電車は、僅か6分遅れで発車した。この後、あの女性はどうなったかは分からない。深刻な病気でなければ良いが。
 わが身を振り返れば、一時間以上もかけて踊りに行って、一レッスンとその後二時間のダンスタイムを楽しんできた。
「決して若くないのだから・・・ね、気を付けよう・・・」と、小さな声が口から洩れた。



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★56 逞しきママ

2024-09-29 07:37:40 | 「と・ある日のこと」2024年度


 踊りに行くときの移動手段は電車。午前10時半過ぎの快速に乗って乗換駅まで50分。そこからスカイツリーを見ながら10分ほどでホールのある駅に着く。地方住まいの私の毎回の楽しみはスカイツリーを眺めること。天候の具合によっては、くすんで見えたり、すっきりと聳えて見えたりする。

 この日の車内は混んでいた。それでも途中駅から座席を確保できたラッキーなある日。

 途中の駅から、5歳位の男の子と、乳母車に乗せた3歳くらいの女の子と、1歳位の男の子を抱っこ紐で胸に抱いた母子が乗った。少し強引にだが、5歳位の男の子は慣れているようで、するりと車内に乗り込み、譲ってもらえた席に着いた。乳母車の妹に笑いかけ、いつものように「キャッキャッ」っと、遊びだした。周りの乗客に迷惑にならない程度なので、見ている私も、ふと、自分の子育て中に電車に乗った時のことを思い出していた。

 次の駅から、お友達らしい母子が乗り込んできた。車内の母子と待ち合わせていたらしい。こちらも、三人の子供を連れている。一人は乳母車、先の子供たちと同じような年頃の男の子と女の子と。大きな声を出すでもなく、席に詰めて座り、笑顔で会話している。

 車内は混んでいるにも関わらず、幼い三人の子供を連れているママたちも、楽しそうに会話している。そして、乗換駅に着いた。巧みに乳母車を操り、二組の母子が降りて行った。私も急いで降りた。

何故かこの国の将来は心配無いような気がした。先ほどの二組のママの逞しさに、嬉しくなったのである。

世界のあちらこちらで、悲惨な戦争が続いている。犠牲になるのはいつも、女子供を含む民間人。生きるもの全てが、共に平和に暮らせる地球であってほしい。



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★55 最期の最後

2024-09-22 06:28:06 | 「と・ある日のこと」2024年度



「あなたねぇ、さいごはどうするつもり?」
 電話の向こうのM子の言う「さいご」は人生の最期のことらしい。

M子の実母は90歳を越えていた。痴呆症らしい症状も出てきた頃、M子の兄や姉の手を煩わせることが多くなった。ようやく、実母を施設に預けることが出来た。それも、家に居たいということを説得し続けて、ようやく入所させたのだが、面会に行く度に、「家に帰りたい」と言い続けていたらしい。そのような状態だった実母を見て、自分が老いたなら、自分から施設に入所する。と言っていたM子だった。

「わたしは、最期の最後まで家にいるつもり」という私の言葉に一瞬息をのんだ様子。
「何故なら、入所したところが、必ずしも、自分に合った職員だったり、入所仲間だったりなら良いけれど、そうでなければ、大変な事よ。帰ると言っても、易々と家族が承知するとも限らないし、苦しむのは自分。出来る限り心身の健康を保って、最期の最後まで、この家で暮らしたいと思っているわ」
 M子のため息が聞こえたような気がした。たぶん、M子が想像していた答えではなかったのだろう。
「お嫁さんの世話になるってことね?」
「そうなるかもしれないし、また、その時の状況が全く違ったものになっているかもしれないけれど」
「私は」M子が言葉を詰まらせた。

 さて、本当はどういう状態の最期の最後になるのかは不明だ。誰しもが、突き当たる問題。人間として良い最期の最後が迎えられれば幸せなことだが。

 誰にも看取られることも無く、ひっそりと最後を迎えたにしても、それはそれで、最高の良い最後かもしれないし・・・。




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