紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(4) 気になる風景

2021-06-03 06:11:39 | 夢幻(イワタロコ)


 熱があって会社を早退した日の午後。
 俺の向かい合わせの空席に、何条駅から乗り込んだおばさんが座った。後から乗り込んできた二、三歳の男の子を抱いた母子が、他の乗客と共に俺の側に立った。

「どうぞ。よろしいですよ」
 先に乗り込んで腰を下ろしたばかりのおばさんが、母子を見るとすぐに立ち上がった。
 礼を言って母子が席に着いた。母子の後にいたその男の子の祖母さんらしい人が、席を譲ったおばさんに、
「あら、アリアさん」
 と、声を掛けた。席を譲ったおばさんが振り向いた。「あ」と小さい声を出したが、顔を強ばらせて、避けるように三メートルほど離れたドア付近に移動していった。

「知っている人なの?」
 男の子を膝に抱いた母親が聞いた。男の子の祖母さんは答えない。それ以来無言のままだ。
 俺は、二人のおばさんを交互に見た。ドアのおばさんには拒絶感があり、こちらの祖母さんには気まずさが感じられた。

 六駅過ぎた時、母子たちが降りる用意をし始めた。ドアの近くのおばさんも身構えている。同じ町の住人なのだろう。
 駅に着きドアが開くと、おばさんは一気に速歩で階段に向かった。俺の側の祖母さんはスローモーションでドアに近づいて行く。その背中を押すように母子が降りていった。

 俺は熱のある頭で、おばさんたちの過去を想像した。金の貸し借り。食い物の恨み。男の取り合い。もっと違う何か……。

「まちのう、町野駅でございますう」
 俺は慌てて飛び降りた。一駅乗り越している。



著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/

お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・