「それを使うの?」奈津子の瞳が大きくなった。
刃渡り二十五センチ。喫茶店を営んでいたときに使っていた牛刀。
「たまに使わないと可哀想だもの」
リンゴ一つの皮を剥く。ガラスの器に盛る。
「研ぐと切れそうね」
「使わなくなってから四年と十ヶ月。まだ、なんでも切れちゃうから」
「借りようかな」
「少し錆びてきたけど、これだって、立派な武器よ。何を切るの?」
奈津子が微笑んだ。
「なぁに? その不気味な笑い」
奈津子がリンゴ一切れ口に運んだ。
「サクリ」香りが飛散する。スリット窓から外の緑を眺め、また頬張る。横顔に染み一つ無い。薄い化粧で包んでいる。
「ね、何を切るのよ」自分の声がヒステリックに聞こえる。
「糸を切ってもいいかしら」
「紅い?」
「時期を待っていたのよ」
「えっ、法改正をですって!」
「他人は今更って言う? 贅沢って言うかしら、それとも冷酷って言う?」
「冗談でしょ?」
「本気じゃだめ?」
「この牛刀は、食べ物以外は切っちゃ駄目なの。刃がこぼれるわ。私の勲章なんだから」
奈津子が、包丁を持つ真似をした手で、私の体の真ん中を突いた。そして言った。
「なぁんてね。折角の縁を切れないわ。ただ言ってみただけ。だけど……」
私はベストの前を掻き合わせた。胸が痛くなったのは何故だろう。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
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