「ねぇ、波が高くなったと思わない?」
少し離れた所で夫は鼻歌混じりだ。
「ねぇったら」
「ああ、分かっているよ。さっきから風がつよくなったんだ」
夫はゴルフクラブを二、三本載せていて、パターを器用に動かして舟を漕いでいる。
「やっぱりこれじゃ駄目かしら」
私は木製の櫓を流そうとした。
「おいおい、待てよ、その前にクラブを貸してやるから漕いでみなよ」
夫の投げてよこした五番アイアンを使って漕いで見る。水を切るだけだ。
「ねぇ、何でこんなもので漕いでいるの。何であなたに漕げるのよ」
「俺の一番好きなモノだからだろ」
息子と嫁は二人ともスキー板で漕いでいる。嫁が前で息子がその背に体を押し付けて、掛け声を掛けながら力を合わせている。
「スキー板は漕ぎやすい?」
「まぁね。やり方一つかな」
「スキー板でやってみようかしら」
「慣れるまで大変だと思うよ」
息子は別にスキー板を貸すつもりもないらしく、「ヘイホー、それヘイホー」と追い越していく。夫を見ると余裕があるのか、時々クラブを交換したり、磨いたりしている。
私は櫓を片方の手で握ったまま、何か良いモノはないかと舟の中を見回した。
「おい、焦らずについて来いよ。ゴールはまだ先さ。そのうち追いつけばいいよ」
夫はそれだけを言うと、両岸の景色を楽しんでいる。そして、少しずつ遠のいて行く。
私はこんな競技に参加したのを悔やんだ。
川幅は広くなっていた。風も一層強くなってきた。漕がなくても舟は流されている。
★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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