遠くに近くに笛太鼓が響く。幟を背にしたチンドン屋が、村道を練り歩いて来た。
村の衆は、寄ると触るとお婆の行方を噂していたが、誰もお婆を見たものがいなく、いつか忘れ去られた頃だった。
「チンチン、ドンドン、チンドンドン」
先頭の髪を高く結い上げた女は、うっすらと汗ばんだ頬を、なお一層赤くして、両手を忙しく動かす。二番目を歩く笛の男は、上に下に、右に左に肩を揺すり、腰を深く落として従う。その後を行くチラシを撒く女は、すっかり日焼けした皺だらけの手に、真っ赤な手甲をつけ、厚く化粧した顔が、豆絞りの手ぬぐいで半分見えない。
「さぁさ、村はずれに雪之丞が来るよ。雪之丞の早変わりが見られるよ。芝居小屋に来ておくれ。さぁさ、たったの三日限りだよ」
チラシを撒く手を休めては、大きな声を張り上げた。周りを黒く縁取った目が、「おいでおいで」するように片目をつぶった。
物知り松つぁんも、村一番の金持ちの常吉も、子供等に混じってチンドン屋について行く。今夜は月も出て夜道も明るいだろう。二人とも、家族ごと見に行こうと思った。
久しぶりに芝居小屋のかかる村は、全体が浮かれていた。月も真ん丸で、星は語りかけるように、瞬く。
芝居小屋の木戸係が、チラシの女だ。女は半分隠れた顔で銭を受け取ったが、少し俯き加減に目を逸らした。
「なぁ松つぁん、木戸番の女、誰かに似ていると思わないかい」
「俺もさっきからそんな気がしていたんだ」
「あの皺くちゃの手。どっかで見た」
「いや、それより、あの声」
二人は、何故か消えたお婆を思い出した。
『おばばシリーズ』最終回
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