善光寺内陣の入口に柵があった。依子たち三人に、係の僧が手で内々陣を示して言った。
「お参りを先になさって下さい。それから、内々陣の右側に一列に並んで下さい」
大勢が並んでいた。列の最後尾に依子は並んだ。その後ろに孝江が体を寄せ、その後ろに徳子が続く。係の僧が説明する。
「荷物は左手に持って、間を開けないで一列にお進み下さい。お戒壇巡りは、右手で腰の高さの壁を伝って極楽の錠前を探り当てます。秘仏のご本尊と結縁をさせて頂いて下さい」
「ね、オカイダンってなに?」
三人が同時に言った。
「ご本尊の下を通って来る修行ですよ」
前にいた、依子たちより少し若そうな男性が顔を向けて言った。体験済みのようだ。お戒壇の入口は紅い欄干のような物で囲われていた。地下に向かって急な階段がある。
依子は前の男性の上着に左手を僅かに触れて進んだ。階段から平坦な所に下りた頃には、明かりが無くなり、もっと進むと全くの闇だ。目を開けているのかいないのか、それさえも分からない。「うわぁ、真っ暗」口々に言う。丸みのある柱らしい壁面を何度か通過した。
「ゴォン、グァン」と音がしてきた。
「あれが極楽の錠前の音ですよ」
男性の声。小刻みに進む。錠前に近づいた。
「私の手のところですよ」
男性が言う。手で壁面を辿る。温かい手が何かを握っていた。依子の手を感じるとその手が退いた。
依子は握った取っ手を左右に振った。それが壁の何かに当たる。「ゴォン、ゴン」
四十五メーターの暗闇を抜けた。
「後ろの男性も、私の手を頼りに錠前を握ったみたいよ」
徳子が含み笑いをした。
江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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