紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(11) 声の主

2021-07-25 08:05:50 | 夢幻(イワタロコ)


 駅を出ると夕日が眩しかった。

「後を付いていくよ」
 俺は後ろを振り返った。男にしては高音の声の主は、俺の視界に入らないところへ体をずらしているらしい。
「北相馬郡って言っていたから福島に近いと思ったが、東京寄りの茨城の外れだな」
――だれ?
「名乗っても分からないだろう。呼び名は違っているし、遠い存在だからな」
――ご先祖様? なんで俺に?
「長い間鎮座しているのに飽きた。ふらっと散歩さ。それにお前たちの住まいが見たかった」そこで言葉が途切れた。
 祖母の郷里での法要は、何人もの先祖の供養を纏めて執り行われた。仕事の都合で俺だけ先に帰る途中だ。
 声の主を振り切るように急いだ。国道を横切り八間堀の橋を渡り、千三百戸の団地に入るとその気配が消えた。

 一本目の突き当たりを曲がって路地を入った。鍵を使って玄関を入る。
「おかえり。一応、家の中は見せて貰ったよ」
 声の主は既にリビングにいる。
 髪を後ろで一つにした老人は、白い着流しで椅子にも掛けず立ったまま浮いていた。真夏だというのにそよ風が家の中を流れている。
「お前の骨格は私とそっくりだ」
――い、いつまでいるつもり?
「そうだな、みんなが帰って来る頃には失礼するよ。まあまあの生活ぶりで安心した」
 声の主はそれ以来話し掛けてこない。

 二日後、祖母と両親が帰ってきた。
 声の主は散歩を切り上げ去って行ったらしい。猛烈な暑さが戻ってきた。



著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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