火星に高等生物がいる。そう信じられたのは翻訳のちょっとしたあやが影響したとか。19世紀後半、イタリアの天文台長が火星の表面に細い筋を見つけ、「canali」(溝)と名付けた

▼誤解されたのは英訳されたときである。運河を意味する単語「canals」が当てられた。運河が掘れるぐらいだから相当な頭脳を持つ生物がすむに違いない。想像が独り歩きした(池内了著「天文学者の虫眼鏡」)

▼そのイメージを決定付けたのは、H・G・ウェルズのSF小説「宇宙戦争」か。タコに似た異様な火星人が地球を襲う。熱線兵器に人類は歯が立たない。どこか冷徹で不気味な火星人の印象が焼き付いた

▼その火星が、きょう2年2カ月ぶりに地球に最接近する。運が良ければ、こよい赤褐色の惑星が一段と大きく見えるだろう。小説では侵略を受ける地球だが、今やこちらから出かけていく時代。米国では民間会社も加わって、有人探査や移住の計画が進む

▼かの星は資源が豊富な可能性がある。開拓すれば、地球の人口問題や食糧難が解決できるのかもしれないが、よそ様の土地に変わりはない。客分でありながら、「捕らぬたぬきの皮算用」ではおこがましい

▼<夜の底に霧たゞなびき燐光(りんこう)の夢のかなたにのぼりし火星>(宮沢賢治)。かの星の神秘のベールがはがれても、歌心や詩心を刺激する魅力は失わないで。欲張りだろうか。2016・5・31