石森則和のSEA SIDE RADIO

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どぶ板。

2013-06-21 | Weblog
2005年の秋。
尾道で壮絶な戦いを見た。

強固な地盤を誇ってきた
旧来型のその政治家は

古巣自民党から「抵抗勢力」の代表格とみなされ
「時代の寵児」を刺客として送られていた。

小泉人気が吹き荒れる中、
声を枯らして叫ぶ主張を、道行く人々は聴こうともせず、

それでも、彼は頑なだった。

選挙カーは山道をうねうねと走り続け
点在する民家を隈なく回り
それを追いかける僕の乗ったタクシーは
なんとガス欠した。

遊説先につけば、
嘲笑うような土砂降り。

すだれのようになった髪が
眼鏡のレンズに貼りつくのも厭わず
グレーのスーツが、
染みこんだ雨で真っ黒になるのも気にせず

彼は両手で握手をしてまわった。

別に僕は彼を支持していないが
いたたまれない気分だった。

しかし、蓋を開けてみれば
11万票を獲得して当選。
時代の寵児は8万4千票で落選した。

うわべだけのフィーバーよりも
ずっと固いシガラミが建設業界などをはじめ
地元にはあった。

それでも、
捨て身の「どぶ板選挙」が功を奏したのも確かだと思う。

土砂降りの中で手を握られた聴衆の肩も
また濡れそぼっていた。

なぜ、こんなことを思い出したかというと

総理の軽薄なFBや、
粘着質の大阪市長のツイッターを見たから。

政治家じゃないけど復興庁の職員の
屁をこいて逃げるようなツイッターも。

ディスプレイを見れば
勇ましい主義主張は羅列されるが、

そこには、
あの悲壮なまでのド迫力も、両手の温もりも
義理人情も感じられない。
(そういう手法がいいか悪いかは別にして)

その後も彼は
自らの主張を曲げることなく
それゆえ仲間も離れていき、


でも。

失ったものは多かったが
政治家に必要なものは持っていたと思う。

ネットを使った選挙運動が解禁になる。

時代の流れだというが

指先ひとつで、
どれほどのことが語れるのだろうか。

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