石森則和のSEA SIDE RADIO

ラジオマンの
石森則和がお届けするブログです!

レッスン~1~

2006-10-31 | Weblog
19歳の女の子と
20代の男の後輩から
それぞれ別の機会に
恋の相談をされた。

2人とも
やや不器用で、
言ってしまえば
とても
他愛の無い話。

でも本人にとっては
切実な話だった。


・・・でも、なんだろう?
僕の頃とは何かが違う気がした。

そうか。

僕らがその年のころは
バブルの時代で、

学生のくせして
トレンディな高めのレストランを
無理して予約したり

ブランドもので身を固めたり

クリスマスには
高級ホテルに予約が殺到していた。

今から思えば
あほみたい?
(僕は、そこまではしなかったけど)

そう、今の彼らには
そこまでの「背伸び」が必要ないのだ。

でも彼らなりに
いっしょうけんめい背伸びして
人生から「恋のレッスン」を受けている。
毎日が小さな冒険なのだ。

多分、恋愛が
一番あからさまに
自分というものを
教えてくれる。

自分が意外に
逞しかったり
情けなかったり
大人だったり
子供だったり
いじわるだったり
泣き虫だったり
えっちだたり・・・

やがて
互いに背伸びをする時期を過ぎ
それはおそらく、
あと10年もすれば
慈しみや
いたわりになっていくだろう。

今の「とまどい」を
懐かしく思えるときがくるといいね。

がんばれ!
と愛しく思った。

忘れな草をあなたに。

2006-10-30 | Weblog
最近、人の名前を
度忘れする。
「顔は浮かんでいるのに」だ。

TVの収録でスタッフと雑談しているとき
「ほらほら、
元ヤクルトの選手でさあ、
競馬と宝くじが好きで子煩悩で
シャープな顔つきで
僕がTFMの競馬の番組にブッキングしたんだよ」

・・・とうとう最後まで
名前が出てこなかった。


次回の収録は再来週(笑)
スタッフのみなさん、
今も悩んでいるでしょうか?
今度会えるときまで
お伝えできませんが、



・・・答えは「池山さん」でした。


それから先日も
「あれ?今すれちがった
タレントさんの名前なんだっけ?」

(以下、いしもりんぐの脳内の会話)


ほら、ブログで有名な女性タレントでさあ、

・・・いやいや
「しょこたん」じゃないお?
ギザちがうす。



ほらほら
頻繁にブログを更新していて・・・


え?「く○○り」?

悪い意味でのモエ系だよ!

・・・心から反省して欲しい。




そうじゃなくて
ほら、あの
・・・そうそう


ん!もうすぐ、出そう。

あ、出る・・・




ま、


まな、



まなべ、べ・・・



「弁当何にします?石森さーん」
(BYバイト君)


あああああああああああああっ!



「何か怒ってますか?」
(BYバイト君)








おまけ

以前、テレ朝で
華原朋美さんと仕事をした時、
「やだあ、お元気でした?」と
満面の笑顔でおっしゃっていただきました。



いやあ、覚えていてくださったんですか?


・・・初対面なのに。







教授にお願い!

2006-10-28 | Weblog
必修科目がどうのこうのという
記事を読んでいたからか

大学生時代の
「やべえ、試験だ!」って夢を
見ちまった。

実はまだ学生で
商法や簿記の試験会場にいるのだが
(経営学部出身だから)
ここ15年ほど
アナウンサーやっていた関係で(笑)

すっかり忘れてしまって
何も書けない。

やべえ、卒業できない!と
もがいたところで
目が覚めた。

うわあ!って起き上がって、
肩で息をした。

ああ、よかった。
もう試験しなくていいんだ・・・

(タレントだからオーディションの面接はあるけどな)

そしたら
学生時代のいろんな人を
思い出した。

出席者の少ない講義の試験で
教授が現れないまま試験用紙が配られ、
そこには3枚の写真が。


第一問・・・
「私はどれでしょう」

うわああ!


もう一人。

ともだちの
だいちゃんは

バイトばかりで授業に出ず、
定期券も買わない始末。

でも、いよいよ
単位がやばくなった時、

キャンパスを歩く
教授を見つけ
泣きつこうと思ったようで

呼び止めようと、おもいっきり
教授に叫んだ・・・。


「店長っ!」・・・と。

ピアノ。

2006-10-27 | Weblog
僕は進学校に通っていたけれど

ちょっと誰かが失敗したり
逆に真剣になにかを語ったりするたびに
「シー、シー(意味不明)」と嘲るように
口を鳴らす雰囲気や

ほかの学校を見下すような
屈折したエリート意識に息がつまり

放課後や休み時間には
時々教室を離れ
音楽室でピアノを弾いたり
ラジオを聴いたりして過ごした。

トロンボーンのロングトーンが
秋の空に伸びて行き
西日の当たる窓枠で
四角く切り取られた夕焼けを覚えている。


今、
「必修科目を履修させなかったため
生徒が卒業できないかもしれない」という
進学校の名前が次々に挙げられている。

入試の試験科目ではないから・・・と
履修されなかった世界史や音楽の先生は
どんな気持ちでいたのだろう?

でもな?
確かに由々しきことだろうけど、
この問題、

「・・・なんか、妙なニオイがする」



そもそもこうしたことは
少なくとも
随分前から行われていたというのに

「・・・なぜ、このタイミングで取りざたされたの?」

安倍政権が誕生し、
教育基本法改正など
教育改革を唱っているこのタイミングに
この問題や
教育現場の問題が噴出しているのは
本当に偶然なのかな?

なんてな。

あの頃、
果たして僕らは
誰かに学ばせられたのか?
それとも自分で学んだのか?
何を選んで
何を選ばされたのか?

今の僕らの中の
この価値観は
だれかにもらったものなの?
自分で見つけたものなの?

・・・なーんてな。

少なくとも
大人の言いなりにはならないと
思っていたけれど。

そのくせ
早く大人になりたかったけど。


ピアノ
まだ弾けるかな?










永遠の声。

2006-10-18 | Weblog
先日、千葉市の
井上保孝さん・郁美さんご夫妻にお会いしました。
(文化放送、特集プラス!取材のため)

1999年11月。
東名高速道路の用賀近くで、
酒酔い運転の大型トラックが猛烈な勢いで
井上さん一家4人の乗った車に追突、炎上しました。

後ろの席には長女・かなこ奏子ちゃん(当時3)と
次女・ちかこ周子ちゃん(1)が眠っていました。

運転していたのは郁美さん。
バックミラーに黄色い巨大なトラックが
更にどんどん大きくなり
あれ?って思っている間に
押されるように追突され、
前の車との間にはさまれて
車はトラックとともに
ひとつの塊になって炎上。

奇跡的に郁美さんは脱出、
保孝さんは腕をはさまれましたが救出。
でも腕は・・・・
3度の手術を受け今もリハビリ中。

もうどうすることもないほど
燃え上がっており、
2人の幼い命は
ご両親の目前で
奪われていきました。

娘の「あちゅいー」と言う声が
耳から離れないといいます。
母親の郁美さんは
今でも、「何もしてあげられなかった」と
自責の念に苦しんでいます。

しかし、長年飲酒運転を常習にしていた
トラック運転手に、
2001年に確定した刑はわずか懲役4年。
実はこの時、飲酒運転には「過失致死傷」の罪が
適用されたのです。
(最高で懲役5年)

刑の軽さに怒りを覚えた井上夫妻は、
一人息子を奪われた鈴木共子さんらとともに
法改正を求める署名運動をし、
全国で37万4,339名の署名が集まりました。
その甲斐あって
2001年11月には刑法改正法案が国会を通過し、
ついに「危険運転致死傷罪」が刑法に新設。
飲酒などの危険な運転で人に怪我をさせた場合、
10年以下の懲役。死亡させたら
1年以上15年以下の懲役となりました。

・・・確かに死亡事故は半減しました。

しかし悪質なひきにげなどが目立つのは
厳罰化により、
一回逃げておいて
呼気のアルコール濃度を下げようとする輩が
現れたから。
これではみんなで作った法律が
ザル法になってしまいます。
なんとか法整備をしなきゃ!

そこで井上さんたちは
また署名を始めています。

そして、被害者ながら
潜在的なアルコール依存症などの人を
(いわば加害者予備軍)を
ケアしようと呼び掛ける運動までしているのです。

僕がなぜ、そこまで?と聞くと
「本当は国の仕事ね」と笑いながら、
2人の娘たちが
後押ししてくれるのだと
強いまなざしで
おっしゃっていました。

これを読んで加害者を憎く思うかもしれません。
でもそう思ったひとでも
加害者になりうるのが飲酒運転でもあるのです。

井上さんへの署名などの問い合わせは電話FAX共通で
043-276-4162
署名はこちらから。
http://takamichi.moo.jp/page008.html


謎の人形・・・・。

2006-10-17 | Weblog
幼い頃に大切にしていた人形を
ふと思い出しました。
いつもいっしょに寝ていた人形です。

いわゆるソフビで今まで
仮面ライダーの怪人だと思っていました。

一体は、全身が青く、
ショッカーみたいなベルト?をしており
顔には小さくて赤い目はあるものの
鼻も口もありません。

頭頂部から
縦に一本、筋がお腹まで入っています。
それはどうやら左右の鉄板をビス止めした境目らしく
足の裏には「鉄仮面」と書いてあった気がします。

ところがネットで調べても
初期のライダーにそのような怪人が見つかりません。

彼は誰で、どのように戦ったのでしょうか?


もう一人。

これは背中に黒い羽の生えた
「蝙蝠男」?

確かに、ライダーの怪人の中には
「こうもり男」はいるのですが
ぜんぜん顔が違います。

似てる似てないではなく、
デザインそのものが違い、
頭の両脇にも羽?があり
おでこは三角の赤いしるし?がありました。

これ、「蝙蝠男」ではなかったのでしょうか?
また彼はどんな話にできたのでしょうか?

誰かマニアのかた、知りません?

もみもみもみもみ。

2006-10-11 | Weblog
地方に仕事で行った帰りの電車で
壊れたカバンを直していたら
大事にしていた黒いコートに
瞬間接着剤が2滴ついた。

寒いところへ行ったから
久々に出したコート。
白い点が2つ目立つ。

・・・へこんだ。
「ちょっといやなこと」があって
へこんでいたところだったから
尚へこんだ。

携帯サイトでしみぬきの方法を探したが
これといってない。
それどころかかなり難しいことがわかった。

家に帰ってからPCで調べても
お湯につけて「もむ」だの
「はがし隊」って液がいいだのの情報は
出てくるものの
お湯につけてもだめだったし、
「液」は素材によっては生地が痛むとある。

翌朝、
適当なクリーニング店に電話したら
方法はあっためるぐらいかなあ、
・・・といわれた。

ほかの店も「難しい」と、乗り気ではない

しかたない、と思ったとき

ある個人が住んでいる町並みを紹介しているHPに、
「近所のクリーニング店で
あきらめていた染みがとれ、感動!」との記述が。

自分のサイトは持っていない店のようだが、
近くではないか。

一応電話すると
受話器から耳を離さないと鼓膜がやぶけそうな
明るい声のおばちゃんが出て

「きょうはお店休みだけどあいているよ。(?)
持っておいで!預かるわ」との返事。

「うちはねー。木綿なら瞬間接着剤
100%取れるのよ。
その素材でできるかはわからないけどやってみるわ。」

まじでか?100%なんて記述、ネットにもなかったど。

行ってみると、昔ながらの、
いや、チェーン店全盛の今ではむしろ珍しくなった
個人経営のお店だった。
最初、気付かずに素通りするほどの。

中では、かわいい笑顔のおばちゃんが
ひとりで待っててくれて
コートをあずけようとすると
いきなり薬品の瓶を持ってきた。

ちゅちゅっと裏地に試したあと、
染みにかけてみる。

その間も、おばちゃん
ずーっとしゃべっている。
「NHKにも出ているクリーニングの先生」に
誉められて紹介されたこと。
キャリア10年ぐらいじゃまだまだ染みは取れないこと。

そして伝票の束。
見てびっくり、
都内はもちろん、(銀座のママとかだ)
大阪や苫小牧からも!
そして大手の店からも!

「内職みたいなもんよ。
みんな、最後に持ってくるの。
あのね?あたしねえ、
いっぱいいっぱい弁償してきたの」

ええっ!?それ、不安!

「でもね、何十年もやってきて
最近やっと弁償しなくなったの」と笑う。

それはつまり
ほかの店が自信がなかったものまで
どうにか客のその衣類への想いに答えようと
努力してきたことを意味している。

「昔この横浜に住んでいた人が
遠くに遠くに行っても
遠くの町から送ってきてくれるの。

これおねがいねって。
それがとても嬉しいの」

しかし、接着材のあとは薄くはなった気がするが
なかなか消えない。

「あら?これ本当に瞬間接着剤?」
そうです。有名なやつではないから
成分がちがうかもしれないけど。

「あたためろっていわれたの?
だめ。この生地は白くなっちゃうわ。
別の薬で分解できるかもしれない」

再別の薬をつけ、
おばちゃんは指先でもみ始める。
揮発性の薬品を直に指で・・・だいじょうぶ?

そのとき、おじいさんが帰ってきた。
おじいさんはソフトバンクが買ったので
機嫌がいい。
ん?ということはやっぱり休みなの?

おじいさんいわく
いいんだよ。
このひとは仕事がしたいんだ。
こうして来てくれるのが嬉しいんだよ。

「あら!ほら!消えたわよ!」

・ ・わあ、本当だ。びっくり。
手品みたいだ!

みんな一緒に大喜び。

いくらですか?

「ひとつ500円」

ええっ!?
30分はもみつづけてくれましたよ!?

あら、ここも汚れているわ。
また今度持っていらっしゃいね。

おばちゃん、
ちょっと「もみあと」が残ったけれど
それ、かえって記念になったよ。

プロとしての仕事への心構えを
教えていただいた記念に。

FAR!

2006-10-10 | Weblog
つーわけで、女子ゴルフ、
<SANKYOレディースオープン>
赤城CC(6479ヤード、パー72)
賞金総額7770万円(優勝1398万6000円)に、行ってまいりました。

僕の役割は「ケイ・○ラントさんかよ!」ってな声で
最終5組のティーショットで、BGMに乗せて選手の紹介をし、
ティーオフのきっかけを作ることと、
最終日に行われる表彰式のMCでした。

朝、東京駅のホームで新幹線を待ちながら
仕事の電話をかけていると、
異常にでかいカバンを持った女性が視線のはじに。
可愛らしい人だが、こっちをガン見しているので
「さらわれる!(カバンに詰め込まれる!)」とびびったのですが、
「石森さんですね?」
・・・今回の演出等を担当する
「BTC」(渋谷)という会社の石丸さんでした。
新幹線に乗車すると指定席なのに僕は窓際でひとつ席をあけて
通路をはさんで石丸さん。石丸さんの向こうには年配の夫婦。

変な並びかただな・・・
ほかのスタッフ数人も,この車両に乗るはずなのに。
ただし、たまーにお互い気を使わないように
出演者だけ少し離して座らせるケースもあるので
それかな?と思っていたのでした。

石丸さんは(初対面の)夫婦におせんべをもらって食べている。
僕と石丸さんの間にはモッズスタイルの
スリムなめがねをかけた男性が座ろうとしたのですが挙動不審。
きょろきょろして、いったりきたり・・・
やがて座るも、妙な空気が。
新幹線が大宮に着くと
石丸さんのほうが騒がしくなってきました。

背の高い2枚目の若者に夫婦が頭を下げている・・・
石丸さんも立ち上がってうろうろ。
「?」と思っていると
石丸さんが若者を僕に紹介し
「あ、スタッフの斉藤さんです」

どうやら夫婦は
自由席のチケットを買っていたのに
堂々と斉藤さんの指定席に
勝手に座っていたのでした。

ちょっと気の毒だけどな・・・と
夫婦を見送ったとき、

その瞬間、不審なモッズ青年が立ち上がり
「あ、スタッフのアベです」
・・・・あんたもかい!

石丸さんもアベさんと初対面でした。
石丸さんはアベさんを不審者だと感じ
僕を守るために席を替わってもらおうかとまで
考えたらしいです。

かくしてこの4人のチン道中が始まったのでした。

新幹線を高崎で降りて、
両毛線に乗り換えて伊勢崎へ向かうことに。

石丸さんが両毛線への乗り換えかたがわからないらしく
以前もきたことがあるというアベさんに
「乗り方覚えてます?」と聞くもアベさんも自信なさそう。

そんな不安げな中、
僕が先頭になってスタスタ歩いていると
石丸さんが

「ちょっと。
ちょっとちょっと。(注:タッチ語録から引用?)

石森さん、そんな早く歩いて!
乗り換え口わかるんですかっ?」

「あー、僕、FMぐんまの局アナでしたから」

「早く言ってよっ!」


「両毛線、短っ!ホームあまりすぎっ!」
と言いながら乗り込み、窓の外を見ていると
ちょっと旅行気分。
(BGM:世界の車窓から)

「や、どこみても山、山が迫力」
「雲が絵みたい、すごいなあ」
「あのお客さんのクレープ食べたい」(石丸さん)
・・・関係ないだろ。

「伊勢崎着いたーっ!」
(たまのランニングの人風)
えーここからタクシーです。
何分?え?40分!

ぎゅうぎゅうづめで桐生市町にあるゴルフ場へ。
その途中の会話。

「見たことないコンビニがたくさんあるー」
「セーブ○ンだってえ」

「あ、僕局アナ時代スポンサーになっていただいて
公開放送の生コマーシャルで
一押しの中華まんを
一緒に出ていたスターダストレビューの根本要さんに
食べてもらったら、生放送なのにマズイっていわれました」

「・・・ど、どんな商品?」


「ぷりんまん」
・・・・一同爆笑。

石丸さんが
「あー同じ苗字のお墓がいっぱーい」と得意そう。
「ん?」
「みーんな斉藤家のお墓だって」
「ふーん・・・え、縁起いいね」(斉藤さん)
「・・・あ」


ゴルフ場につくと
ものすごい風と
田舎の香水(ふれぐらんす)に
傷心の斉藤さんがクラっときてしゃがみこむ。

そこに今回、われらがボス、
片山さんが登場するのでした。
(BGM:ダースベーダーのテーマ)

まもなく50だという片山さんは
BTCの社長で背が高く
ひげを生やしたダンディなかた。たくさんの経験を積み、
仕事には厳しく、でも心優しい尊敬できる人でした。

またプリングルスの箱の絵みたいな監督の天野さんも
プロ中のプロで、てきぱきと指示。

プレハブの本部に行って打ち合わせをしたあと
(その間、石丸さんは弁当を2人前食って、
ポテロングをあけていた)早速リハへ。

演出がすごい。
ティーグラウンドの周りにはかっちょいいスタンドが組まれ、
放送席の上にも座席。
フェアウェイが目の前に広がり、
そこで選手がダイナミックなティーショット。
まさに、爽快!大迫力!

18番ホールで行われた表彰式も,
非毛氈のヴィクトリーロードを優勝者が進むと
CO2(スモークね)が道の両側から吹き出し、
表彰の瞬間には池から4~5メートルの炎が吹き上がり、
轟音とともに花火がどーん!と打ち上げられる。
K-1さながらの演出だけど、これが屋外、
グリーン横だってんだから凄い。

ついついリングアナみたいになるのを
指摘されつつ、暗くなるまで練習。

リハを終え、桐生駅の前のホテルに向かったのでした。

荷物置いたらメシにしようよ、と片山さん。

部屋で資料を整理して
再びロビーに集まると
前日から泊まっていた片山さんはこういうのです。

「ゆうべも行ったんだけど
女の子が凄い水着で運んでくる寿司屋が
すぐそこにあるんだ」

「まじ?こんなさびしい駅前で?」
半分冗談だと思ってついていくと
数分あるくと・・・そこにあったのは!



「美喜仁(びきに)寿司」嘘おおおおっ!?

・・・別に普通のすし屋さんでした。
(なんでこんな名前なの?)

僕はお酒は飲めますが
しゃべりの前日には
声がかわらないように飲まないことにしています。
でも、この夜は、お互いの素顔を知るためにも
結束のためにも飲むことにしました。
飲んでよかった。
・・・・これが楽しい楽しい。

アベさんは関西弁、石丸さんは三重弁まるだしで
初対面なのにドツキ夫婦漫才が始まるし
先輩たちからは爆笑の経験談が聞けるし・・・
なにより一体感をもったのでした。

さて、翌日は6時15分チェックアウト。

女子プロゴルフの試合ってのは初めて参加させていたんだけど
意外とみんな華奢なのな。(一部を除く・・・)

でも打つ瞬間、
体が、手足が、ぐーんとしなやかに伸びるかんじがするんです。
プレー前に服部道子さんが
「しぶい声ですね。いつもそうなんですか?」と
誉めてくださったので
服部さんの前でだけ
「低い声~」でしゃべらなくてはいけなくなりました。

最終日。諸見里しのぶ(20=キヤノン)は-7で独走状態。
このままなら悲願の初優勝。
この時点の2位は大山志保で
こちらが勝てば賞金女王なのですが・・・

なんと風は20メート以上。
コースでは倒木まで発生!

どんどんスコアは落ち、
後半は4ボギー、1ダブルボギーと大崩れ。

風だけでなく、巨大なプレッシャーが彼女を苦しめます。
18番ホールにあるVIP席でモニターを見ながら
準備をしていると
オーナー、スポンサー幹部、
ゲストの志村けんさんも「あいーん・・・」とくぎ付け。
志村さんのタバコの灰は長く伸びたまま。

「もうがまんできない!」と
VIP席から飛び出して、直に見に行くVIPも。

諸見里選手は後に
「心拍数が上がっていたし、普通の状態ではなかった。
本当に苦しかった」と打ち明けます。

・・・でも彼女は勝ったんです。自分自身に。
なんと最後は2位の全美貞(23=韓国)とはわずか1打差。
20歳84日での初優勝は宮里藍(21)らに次ぐ
5番目の若さでの優勝。
大山志保(29)は2打差の3位。

プロ13戦目での初優勝は日本人選手では3番目の速さですが
報道陣に
「ここまで育ててくれた両親、
コーチらいろんな人たちに勝てなくて申し訳なかったし、
自分自身が歯がゆかった」と話しました。

彼女はこれまで予選落ちしてもあきらめず
涙しながら、なんどもなんども日が暮れても練習してきたのです。
あー、
あなたのおかげでゴルフが好きになったぞ。
(自分はやんないけどな)
ってゆーか、彼女らのファンになった。

ただ最後に「諸見里しのぶーっ」て呼ぶ肝心なときに
「もろみじゃ・・・あぐあぐ」って
噛んじゃったけどな。
(風よ吹き消してくれ)
ごめんね。
でも、とてもとても
よい経験でした。

帰路、
スタッフは予定より早く高崎駅につきました。

みんな僕よりも遅い便のチケットだったんだけど
乗車変更したら僕より早くなっちゃった。

僕はどうしようかと思ったんだけど
せっかくだから指定券どおりの
みんなより20分ほど遅い列車に
乗ることにしました。

みんなを見送ったあと
好きな音楽も持ってきたし
雑誌もあるから気楽に帰るかあ、と思ったら

なんだか急にさびしくなってきました。
息苦しいほどに。

「なんだこの気持ち?」と思って振り返り
はっとしました。

そこには、いろんな人の思惑や事情があって
なかなか夢が動き出さず、

唇をかみ締め、
いつかここから旅立つんだと思っていたあの頃の自分が、

たったひとりでオーディションなどに向かうため
何度もくぐった改札口が見えました。

うわっ!と追い立てられるような気持ちで
ホームに上がり、新幹線に乗り込みました。
あの頃、
僕は遠くに届きたかったのか?
遠くに離れたかったのか?

DJとしての僕を育ててくれた町。
みんな元気でいますか?
みんな知らないけど、
久しぶりにここでマイクの前に立ちました。
僕は、こうして今、日々すばらしい人たちにかこまれて
チャレンジできる場を与えてもらっています。
それは、あの日々があったからとわかっているし
感謝もしています。

でも、もっともっと
もっともっと。

ふと、諸見里選手の姿が心によみがえり
あんな華奢な女の子が
自分に勝ったんだ、
ぐずぐずしてないで
僕も強くならなけりゃ、と
思ったのでした。

そーだんしよう、そーしよう。

2006-10-04 | Weblog
法律に関したトラブルで悩んだときに
原則無料で全国どこからでも
共通の電話番号で受けられる制度が
10月2日からスタートした!・・・ので
「文化放送:特集プラス!」で取材したのよ。

あ、そうそう
これ、
「文化放送吉田たかよしプラス!」の「神出鬼没」を
さらにタイムリーネタにブラッシュアップしたもの。
放送は朝7時20分ごろです。
石森は原則水曜日に出演中。

話を戻します。
新たにスタートしたのは
「日本司法支援センター=法テラス」

法テラスは全国50箇所に事務所がありますが、
相談は全国一律の電話番号で受け付ける。

しかしこれまでの法律相談などと違って、
その場で相談をするわけじゃないど。
①相談にあった法律の知識を紹介し
専門の弁護士や司法書士、被害者支援団体を紹介・転送。
②経済的に豊かでない人の無料相談や裁判費用立替(民事法律扶助)
③弁護士が少ない地域で法テラス地方事務所勤務の弁護士が対応。
④犯罪被害者支援
⑤国選弁護人の確保・・・などをするのだよ。

この法テラスには全国各地の弁護士や司法書士、
支援団体など2万5000件について調査した情報が
ばっちりデータベース化されているし、先方も心得ている。

弁護士や支援団体をあっちゃこっちゃ探して
ただでさえ困っているのによけい疲れたんじゃしょーがない。
弁護士の確保・・・などまだまだ改善点はあるものの
伊藤塾(司法試験合格のための学校ね)の伊藤真さんも
「やっと先進国の仲間入り」と話してます。

すでに1日3000件近い電話がかかり
多いのは金銭トラブルに悪徳商法、
あと相続や離婚の慰謝料問題だってさ。

もし、トラブルを抱えていたら、
「これ、法律で解決できるのかなあ?」と思っても
一応電話してみたら?

法律制度や関係機関に関する相談は
(0570)078・374(おなやみなし)で、
また犯罪被害者支援は(0570)079・714。
(泣くことないよ)で受け付け。
通話料金は全国どこからでも3分間で8.5円。

ただ、PHSやIP電話の場合、電話番号が変わる。
法制度などの情報提供は03(6745)5600、
犯罪被害者支援は03(6745)5601となる。

平日の午前9時から午後9時までと
土曜日の午前9時から午後5時まで。