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1995年の阪神淡路大震災がきっかけとなり自動書記で突如絵を描き始める 絵の仕事は26年目 ブログ光のチャレンジは11年

魂の子守唄

2012-11-29 | 音楽の話題
昨日のブログに、自動書記で描かれた「線描画」を今度の恵那での展示会(12月21日)にて公表する話を書いたらさっそくに「コメント」をいただき、思いがけない反響に喜んでいます。

このブログは直接的にはコメント出来ない設定になっているため、わざわざメールを下さったこともとっても嬉しかったです。
Aさん、どうもありがとうございました♪

さて、今日は「魂の子守唄」(スピリットソング)について書きます。

「えっ、絵もやって音楽もやるの!?」と驚かれることも多いのですが、実はパートナーと二人で「宇宙画」の制作を始めた頃に、彼が「ケーナ」を始めたそのきっかけは、ある日私が突然にトランス状態?になり、手取り足取りではありませんが、彼にいきなりケーナの吹き方を指導したことからなのです。

私自身はほんとに音痴で音符もろくに読めないぐらいで、ケーナという楽器も初めて見たのに、です!
それもかなり詳しく、姿勢だとか、唇のかたちだとか、一つ一つの音のことだとか、、専門的なことも次々に言うので、私自身おっかなびっくりしつつも、そのまま彼に伝えたりしたのです。

なぜそんなふうに突然に音楽の才能?が開いたのかはわかりませんが、元を辿ると、やはり「阪神淡路大震災」に行き着きます。あの大震災のあと、私は頭の中になぜか音楽が聴こえ、歩きながらそれを口ずさんでいました。
それを後日「ヒロシマーいのち光る」という歌にして「広島平和音楽祭」に応募したりもしました。
もちろん入選はしませんでしたが、その歌は今でも大好きで私の「宝物」です。

そして素人の厚かましさで、もしこの歌を歌ってくれる人がいるとしたら、それはあの美輪明宏さんこそがもっともふさわしいなどと勝手にイメージしたりしているのです。

また1996年の初夏に行ったメキシコユカタン半島の遺跡を巡るツアーで、たまたま泊まったホテルが元は修道院だったところで、その満月の夜、突然に私は歌い始めるという体験をしたのです。
それは宗教音楽(聖歌)のようでしたが、その旅から帰宅した後、折りに触れふと歌が(自動的、即興的に)口をついて出るという体験がずっと続きました。

ある時は彼と喧嘩した後、急に歌い始め、その歌の旋律に感激した彼がそれを楽譜に写し取ったりして仲直りすることが出来たこともありました。(まるでミュージカル!?のようですが、ほんとの話です)

また別の時には、どこかに旅に出た帰りに突然車の中で(半分眠りながら)ハミングしたりして、その歌が後に「くぬぎの歌」になったのですが、伊豆に家探しに行った時に、そこに大きなくぬぎの木があり、そのくぬぎが「私たちを呼んでいた」(伊豆に招いてくれた)ということがわかったのです。
(この話は以前「家と自尊心」という連載でも書きました)

そういうわけで、絵と併行しつつ、歌も進化して?彼のケーナはその後それほど上達したというわけでは無いのですが、作曲を独学で始めて、それが後に「宇宙画」に添えられた音楽となっていったのです。

その途中に一時、「魂の似顔絵」である「テレパスアート」のように、オリジナルで私がその人個人のことを歌いそれを彼が曲にするというかたちで、「魂の子守唄」としての仕事をするという「メッセージ」ももらったのですが、それは彼の技量や演奏技術ではとても難しく、試行錯誤したあげく、途中で頓挫しました。

そのアイデアはとても素晴らしく、私はぜひ彼にそれをやって欲しいと願っていたのですが、彼は個人個人の波動を歌にしたり、曲にしたりするよりも、自分自身の音楽や作曲をしたいと(例えばケーナでジャズをやってみたいとか、、)いうことで、結局その夢は儚く消えてしまい、宇宙はもし彼がそれをやっていくならきっと応援してくれる筈だったと私は思うのですが(?)ほんとうに今でも多少心残りがあります。

話が長くなりましたが、私たちが「たまわーるど」のたまさんと渡邊満喜子さんの「ヴォイスヒーリング」のワークショップに出かけて、彼女と運命的な出逢い!!!をした頃は、全く自分たちがそのような音楽もやるようになるとは思ってもいなかったのです。

それなのにどうしてそのようなところへ出かける気になったかというと、たまたまその頃出版されたばかりだった渡邊満喜子さんの本『ヴォイスヒーリング 魂を癒す歌』(春秋社)を読み、その中で彼女の「声が拓かれた」場所が、何と私の泊まったのと同じホテル(元修道院)だった!ことを知って、彼女にぜひ会ってみたく、また彼女の「ヴォイスヒーリング」にも興味を持ったからです。

今回の宇宙画展示会「AZUMIC ART in ENA」では、これまでに出来た宇宙画の曲(全40作)の中から、展示される12作の「宇宙画」と共に12曲を聴いていただき、また歌詞の付いているものは歌集を用意していますので
歌の好きな方は一緒に歌っていただけたらと楽しみにしています。

音楽の好みは絵と違ってそれぞれはっきりとした好みがあり、演歌やジャズやロック、あるいはクラシックで無いと嫌とか、素人の歌なんてとても聴けないと思われる方も多いかと思いますが、アズミックアートのこの
歌曲は宇宙画と共に育った?私たちの思い入れのあるものばかりですので、お耳障りを懸念しつつも今回はどうしても皆様にお披露目したくなったのです。

もし音楽は無い方がいい(絵の鑑賞の邪魔)と思われる方は、ぜひ午前中にいらしてくださいね。
その時は音楽はかけないようにしたいと思っています。
また歌も決して強制ではありませんので、「昼食&交流会」(正午~午後2時/要予約)の折りに聴いていただいたり、歌いたい方のみ一緒に歌っていただけたら幸甚です。

その中の「イシタバイ」という歌は、メキシコのジャングルに住んでいると言われる伝説の「木の精霊」(風の精霊、虹の精霊でもある)「イシタバイ」のことを曲にしたものです。

この「イシタバイ」の伝説については、メキシコツアーの飛行機の中で、雲の上に頭を出している高山(聖山)の写真を撮ろうしていた時に偶然現地の女性から話かけられ、通訳の人を通してその山にまつわる話を教えてもらい、後日その女性と再会して「イシタバイ」の話を直接聞かせてもらったのです。

この絵はいつかきっと「仙台」に行くことになり、その時「新しい光の扉が開かれる」と私は信じています。
この歌を人前にお披露目するのももちろん初めてのことですが、原画や線描画の公開以上に、ドキドキワクワクしています♪

ちなみにこの『イシタバイ』の絵はまだポストカードにはなっていませんが、第2集のケースの裏にレイアウトとして小さくその写真が載っています。
イシタバイは新しい時代を拓く勇気溢れる「光の戦士」でもあると私は思っています。
「剣」(武力や暴力)では無く、皆の歌声こそがこの混迷の時代を乗り越えていくヒントになるのではと。

「会いたい」という曲で有名な沢田知可子さんが、今は「歌セラピーライブ」というのをやっておられるそうで、「魂を癒すヴォイスヒーリング」を響かせながら全国を回っておられるそうですが、私が受けた宇宙からのメッセージによれば、これからの時代は「みんなの歌声がひとつになっていく」そうです。

誰かがトップに立って、さも「癒してやろう!」というような上から目線では決して無く、素人の私たちのような存在も含めて音楽が好きな人たち皆が一緒になって、声を合わせていく(調和していく)ことが大切なのではと感じています。

かつて私は「路上生活者百万人の第九」という川柳を詠んだことがあります。
私の夢はそんなふうに誰もがどこでも堂々と歌えることです。
音楽も(絵ももちろんですが)「専門家」だけのものである時代は終わり、すでに今は誰もが自由に音楽を楽しめる時が来ている気がします。

そういうわけで、恥を省みずに、当日は「宇宙画」と共に「アズミックアートの『スピリットソング』☆」も初公開!致しますので、どうぞお楽しみにご来場ください♪


下記の絵は『チャレンジ』です。
(この絵は当日の展示の中には入っておりません)




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