風がさわやかで空の色も秋の氣配がして来ましたね。
今日で8月も終わり、明日から9月。
9月1日は新月でもあるのですね。
夏から秋へと季節も移り変わり、心身の大きな変化を感じておられる方も多いことでしょう、、。
「エゴ」から「エバ」へ・・・
さらに進化(深化)し意識変革していくために、「感情」の激しい噴出と浄化も起こり易い時期かもしれませんね。
そんな時に手助けになるのが、もしかしたら下記の宇宙画『 SAI 』(サイ)かもしれません。
この絵は彩色がとても難しかった(この深い色をだすために)にも関わらず、かなり大きな画面がたった3日間という驚異的な速さで仕上がった、まさに奇跡的な!作品です。
もちろんどの宇宙画も「自動書記」で描かれていますが、線描だけでは無く、彩色も自動的に塗られたという感覚が特に強いのがこの絵です。
題名の『 SAI 』の意味はサイキックのサイでもあり、またなぜか「サイババ」のエネルギーも含まれている?ようでもあり、またイエスの再来の「サイ」とも関連していると感じています。
そしてこの「イエス」と重なってセットになっているのが「ヒトラー」!?
すなわち、「禍福はあざなえる縄のごとし」ということわざにもあるように、好いこともそうで無いことも一つになって存在しているということです。
自分の中にもあるその両方の要素の種、「愛」と「怖れ」のどちらを選んで育てていくのか・・・
そこからどんな花を咲かせていくのか?
その真価と各自の選択が問われる時が来ているのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
話は少し横道にそれますが、昔、こんな「寓話」を聞いたことがあります。(うろ覚えです)
ある時、神さまが動物たちのいるところへふと立ち寄られたので、
他のみんなは神さまを喜ばせるために走り廻っていろんな捧げものをして歓待したのですが、
うさぎだけは何も見つけることが出来ず、神さまへの捧げものが一つもありませんでした。
それでうさぎは自ら炎の中に身を投じて、自分自身を神さまへ捧げたのです。
そのうさぎの真心を深く受け止めて慈しんだ神さまはうさぎを天に上げられ、そのため
うさぎは今も月に住んでいるという
そんなお話です。
このお話を聞いた時から、私はなぜかずっと「違和感」(異和感)がありました。
自分を犠牲にすることが尊いことだとは思えず、そんなことまでして歓待して欲しいなどとは、神さまは決して思わない筈だし、うさぎの死を喜ばれる神さまなんて!?
と、この「哀しい」話がどうしても腑に落ちず、私にとっては長年の謎でした。
ところが、最近やっとこのことの深い真理にハッと氣づいたのです。
この『 SAI 』の絵をぜひもう一度よくご覧ください。
この絵では、「月とうさぎ」はそれぞれに別々に分かれて描かれていますが、先述した物語と同じことを伝えてくれているのではないかと感じます。
すなわち、「死」と「生」は一体であることをうさぎは悟っていた(自覚していた)からこそ、「死」を怖れることが無かったのではないでしょうか。
また、うさぎは決して「犠牲」(いけにえ)として死んだのでは無く、そのからだ(物質)は失われたけれども、その魂(精神)は生きて、「変容」したのです!!!
「月」はまさにその変容のシンボルであり、うさぎは「神さまの使い」の象徴でもある氣がします。
エゴとエバと・・・私たちはその両方の要素を持ちながらも、今まさしくそれを「統合する」ことの出来る存在(神)へと「変容」していこうとしているのかもしれません。
受け容れ難いものを受け容れ、ゆるし、抱くことはとても難しいことではありますが、
それこそが平和を生んでいく基(素)でもあるのではないでしょうか、、。
例えば、どこの船が沈もうとも(例え敵国?の人であっても)、日本の「海保」は目の前の溺れている人たちを(敵味方と分け隔てすることなく)救出するのです!!!
その氣高く素晴らしい尊い精神こそ、神さまが最も喜ばれることだと信じます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「何もそこまですることは無いのに!?」と、かつての私はうさぎの「犠牲」の意味を理解出来ませんでしたが、
娘の死を通して、ようやくその真の「生の意味」を悟ることが出来ました。
うさぎは死ぬことによって変容し、物質世界からスピリチュアルな世界へと「再生」(転生)したのです!!!
その「死」は決して無駄死にでは無く、その物語の深い意味は、自分の持てるものの全てを差し出す(解放する)こと、
すなわち、「解脱」することを伝えてくれていたのですね。
自分の中にあるヒトラー的要素を嫌い、排斥することは、結局新たなるヒトラーをもう一人生み出してしまうことにもなりかねません。
そこを深く見つめることはとても苦しい作業ではありますが、そこを超えて、全てを一つに「抱き合わせる」ことが出来た時に、初めて真の平和が訪れるのではないでしょうか、、。
それはまさに自分の中に「死」(エゴや怖れ)を抱いたまま「愛」(いのち)を生きるという、「矛盾を抱えながらも寿命まで生ききる」という、至難の技の選択です。
私たちは誰もが生まれながらにしてその至難の選択を、すでに日々(無意識的に)しているのでしょうが、ただそれをはっきりと「自覚」していないということかもしれません。
そして、ある日突然に何かが起こった時に愕然として、ようやく目覚めるのかもしれませんね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
瀬戸際に追い詰められた時でさえも、堂々と最後の最期まで立派に生ききった娘のことを思い出す度に、
自分はまだまだ未熟だと感じてしまいますが、せめて今同じような立場にある人の何かの助けになればと思い、(長文になってしまいましたが)この絵を紹介、掲載致しました。
今回このポストカードを、ご希望される方(1名様)に5枚を1セットとしてプレゼント♡ させていただこうと思います。
今この絵のエネルギーとメッセージを最も必要とされている方のお手元へ届きましたら幸いです♪
申し込み多数の時は、オーリングテストにより決めさせていただきますことを宜しくご了承ください。(当選は一名様です)
当選者名は(イニシャルにて)この欄にて後日公表、その後当人宛にポストカードを発送させていただきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆ 上記『サイ』のポストカードをご希望の方は、
9月15日までに
下記アドレスのティアナ(ハンドルネーム)宛に、ご住所、ご氏名をお知らせください♪
(迷惑メール防止のため、最初の大文字のAを小文字のa に替えて送信してください)
Azmix@xb4.so-net.ne.jp
以上、どうぞよろしくお願い致します。
皆さまからのご応募を心から楽しみにお待ちしています♪
長文を最後まで読んでいただきありがとうございました♡
今日で8月も終わり、明日から9月。
9月1日は新月でもあるのですね。
夏から秋へと季節も移り変わり、心身の大きな変化を感じておられる方も多いことでしょう、、。
「エゴ」から「エバ」へ・・・
さらに進化(深化)し意識変革していくために、「感情」の激しい噴出と浄化も起こり易い時期かもしれませんね。
そんな時に手助けになるのが、もしかしたら下記の宇宙画『 SAI 』(サイ)かもしれません。
この絵は彩色がとても難しかった(この深い色をだすために)にも関わらず、かなり大きな画面がたった3日間という驚異的な速さで仕上がった、まさに奇跡的な!作品です。
もちろんどの宇宙画も「自動書記」で描かれていますが、線描だけでは無く、彩色も自動的に塗られたという感覚が特に強いのがこの絵です。
題名の『 SAI 』の意味はサイキックのサイでもあり、またなぜか「サイババ」のエネルギーも含まれている?ようでもあり、またイエスの再来の「サイ」とも関連していると感じています。
そしてこの「イエス」と重なってセットになっているのが「ヒトラー」!?
すなわち、「禍福はあざなえる縄のごとし」ということわざにもあるように、好いこともそうで無いことも一つになって存在しているということです。
自分の中にもあるその両方の要素の種、「愛」と「怖れ」のどちらを選んで育てていくのか・・・
そこからどんな花を咲かせていくのか?
その真価と各自の選択が問われる時が来ているのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
話は少し横道にそれますが、昔、こんな「寓話」を聞いたことがあります。(うろ覚えです)
ある時、神さまが動物たちのいるところへふと立ち寄られたので、
他のみんなは神さまを喜ばせるために走り廻っていろんな捧げものをして歓待したのですが、
うさぎだけは何も見つけることが出来ず、神さまへの捧げものが一つもありませんでした。
それでうさぎは自ら炎の中に身を投じて、自分自身を神さまへ捧げたのです。
そのうさぎの真心を深く受け止めて慈しんだ神さまはうさぎを天に上げられ、そのため
うさぎは今も月に住んでいるという
そんなお話です。
このお話を聞いた時から、私はなぜかずっと「違和感」(異和感)がありました。
自分を犠牲にすることが尊いことだとは思えず、そんなことまでして歓待して欲しいなどとは、神さまは決して思わない筈だし、うさぎの死を喜ばれる神さまなんて!?
と、この「哀しい」話がどうしても腑に落ちず、私にとっては長年の謎でした。
ところが、最近やっとこのことの深い真理にハッと氣づいたのです。
この『 SAI 』の絵をぜひもう一度よくご覧ください。
この絵では、「月とうさぎ」はそれぞれに別々に分かれて描かれていますが、先述した物語と同じことを伝えてくれているのではないかと感じます。
すなわち、「死」と「生」は一体であることをうさぎは悟っていた(自覚していた)からこそ、「死」を怖れることが無かったのではないでしょうか。
また、うさぎは決して「犠牲」(いけにえ)として死んだのでは無く、そのからだ(物質)は失われたけれども、その魂(精神)は生きて、「変容」したのです!!!
「月」はまさにその変容のシンボルであり、うさぎは「神さまの使い」の象徴でもある氣がします。
エゴとエバと・・・私たちはその両方の要素を持ちながらも、今まさしくそれを「統合する」ことの出来る存在(神)へと「変容」していこうとしているのかもしれません。
受け容れ難いものを受け容れ、ゆるし、抱くことはとても難しいことではありますが、
それこそが平和を生んでいく基(素)でもあるのではないでしょうか、、。
例えば、どこの船が沈もうとも(例え敵国?の人であっても)、日本の「海保」は目の前の溺れている人たちを(敵味方と分け隔てすることなく)救出するのです!!!
その氣高く素晴らしい尊い精神こそ、神さまが最も喜ばれることだと信じます。
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「何もそこまですることは無いのに!?」と、かつての私はうさぎの「犠牲」の意味を理解出来ませんでしたが、
娘の死を通して、ようやくその真の「生の意味」を悟ることが出来ました。
うさぎは死ぬことによって変容し、物質世界からスピリチュアルな世界へと「再生」(転生)したのです!!!
その「死」は決して無駄死にでは無く、その物語の深い意味は、自分の持てるものの全てを差し出す(解放する)こと、
すなわち、「解脱」することを伝えてくれていたのですね。
自分の中にあるヒトラー的要素を嫌い、排斥することは、結局新たなるヒトラーをもう一人生み出してしまうことにもなりかねません。
そこを深く見つめることはとても苦しい作業ではありますが、そこを超えて、全てを一つに「抱き合わせる」ことが出来た時に、初めて真の平和が訪れるのではないでしょうか、、。
それはまさに自分の中に「死」(エゴや怖れ)を抱いたまま「愛」(いのち)を生きるという、「矛盾を抱えながらも寿命まで生ききる」という、至難の技の選択です。
私たちは誰もが生まれながらにしてその至難の選択を、すでに日々(無意識的に)しているのでしょうが、ただそれをはっきりと「自覚」していないということかもしれません。
そして、ある日突然に何かが起こった時に愕然として、ようやく目覚めるのかもしれませんね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
瀬戸際に追い詰められた時でさえも、堂々と最後の最期まで立派に生ききった娘のことを思い出す度に、
自分はまだまだ未熟だと感じてしまいますが、せめて今同じような立場にある人の何かの助けになればと思い、(長文になってしまいましたが)この絵を紹介、掲載致しました。
今回このポストカードを、ご希望される方(1名様)に5枚を1セットとしてプレゼント♡ させていただこうと思います。
今この絵のエネルギーとメッセージを最も必要とされている方のお手元へ届きましたら幸いです♪
申し込み多数の時は、オーリングテストにより決めさせていただきますことを宜しくご了承ください。(当選は一名様です)
当選者名は(イニシャルにて)この欄にて後日公表、その後当人宛にポストカードを発送させていただきます。
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☆ 上記『サイ』のポストカードをご希望の方は、
9月15日までに
下記アドレスのティアナ(ハンドルネーム)宛に、ご住所、ご氏名をお知らせください♪
(迷惑メール防止のため、最初の大文字のAを小文字のa に替えて送信してください)
Azmix@xb4.so-net.ne.jp
以上、どうぞよろしくお願い致します。
皆さまからのご応募を心から楽しみにお待ちしています♪
長文を最後まで読んでいただきありがとうございました♡