170418 「業務の棚卸し」? <はたらく 時間内で成果、個人でも改革>を読んで
昨夜は強風と雨がたたきつける音で真夜中に目覚めてしまいました。昨日は予想に反して終日雲行きが怪しいものの、雨も小降りで風もさほどでなく、夜は朝日を浴びたいため雨戸を開けて寝てしまいました。その雨戸のがたがたなる音も気になりました。
明け方、外を見ると、高野の山々付近はまだ異様な感じの雲が長く漂っていて、まるで幕別のバーナムの森のように、いつこちらに向かって襲ってくるかと思うほど、不吉な感じになりましたが、それは思い過ごしでした。反転して北の空を見上げると、青空が少しのぞかせていて、天候の回復が間近であることを感じさせてくれます。
さて今朝の毎日は諫早開門差止を認める長崎地裁の判決が大きく取り上げられ、開門を求める漁業者と判決を支持する営農者との対立構造が今なお解決不能な状態であることを痛感してしまいます。また、築地の豊洲移転問題も、移転支持派と反対派との譲れない対立がまるで無限の延長戦状態で、小池知事による決断が難しい状況に陥っているようです。土壌汚染の先例でもある、豊島不法投棄事件と後処理が20数年経過して今なお継続している状況を「記者の目」は当時の廃棄物処理法のざる法の問題と、行政トップの対応に問題があったことを指摘しています。これだけでもそれぞれ重要な問題で議論するとなかなか深刻で簡単には整理できないと思います。
今日は、昨日取り上げることができなかった働き方改革の問題について、少し私も悩んでいるので、言及してみたいと思います。毎日<はたらく時間内で成果、個人でも改革>は、制度的な見直しとともに、個人的なレベルでの働き方を変えていく取り組みの必要を指摘して、いくつかの企業内での取り組みを紹介しています。
その中で興味を持ったのは<「業務の棚卸し」>というキーワードです。長時間労働、長時間残業など、日本企業特有の問題は日本社会に長く根ざしてきた企業慣行かもしれません。しかし、元々日本人が長時間勤務を当たり前としてきたかというと、それは違うと思うのです。少なくとも維新前は、あるいは戦前までは違っていたと思うのです。
以前にも引用した日本書紀の第17条憲法で厩戸皇子は官僚が朝早くから出勤してしっかり仕事をすることの必要性を説いています。少なくとも7世紀初頭ではそのような働き方が普通だったのでしょう。その後も平安期はもちろんさほど大きな変化はなかったのではないかと思っています。ちょっと今文献を当たることが出来ませんが、藤沢周平の「たそがれ清兵衛」を映画で見ましたけど、役人たちもあのように時間が来ればたそがれ前には仕事を終えてしっかり家路に向かうか、一杯でもやっていたのではないかと思うのです。
江戸時代の武士たちの仕事ぶりはどこかに書かれていましたが、似たような状況だったと記憶しています。企業も工場もない社会、資本主義の影も形もない社会では長時間労働なんてだれも考えもしなかったのではないかと思うのです。
さて脱線はそこまでとして、いまの長時間労働はまともではないでしょう。カナダ・アメリカでは夕方になると家路を急ぐのが普通でしょう(巨額を稼ぐ経営者や専門家は別でしょうけど)。自宅で家族との晩餐が大事なわけです。そして食事後にまたエンターテインメントを楽しむため外出するといった具合でしょうか。ヨーロッパの先進国も同じようなものではないかと思うのです。
政府が残業時間の規制を推し進めたりしても、企業や企業社会の体質、そして構成する社員一人一人の意識が変わらないと、簡単には仕事以外に時間を使うだけの余裕がない状況ではないかと思います。
そういう中で、「業務の棚卸し」を導入することによって、業務の効率化(労働時間の短縮)を目指している企業、社員がいます。それによると、業務を分類しないまま仕事をすることで、①作業時間、作業頻度が不明確となっていて、②不要、不急の作業に時間がかかり、その結果③業務が非効率化していたというのです。これに対し、業務の棚卸しにより、「業務を細かく分類することで、①業務量から作業時間、頻度を算出し、②業務の優先付け、残り時間の把握ができるようになり、③業務の効率化を達成できるというのです。
まだ、業務の分類のイメージがはっきりとはつかめませんが、毎日記事によると<化粧品開発・販売会社ランクアップの川口真紀・製品開発部マネジャーは午前9時から午後4時までの短時間勤務で働く。>これを短時間とみるのはどうかと思いますが、それだけこれまでは長時間労働だったわけでしょうね。
川口さんの効率化された仕事はというと、<午前8時半過ぎ、朝礼の途中で出社すると、まずは社内で共有しているスケジュールや朝礼内容を確認し、メールをチェック。その後は会議や面談が続き、終業前1時間で再びメールを確認、スケジュールや資料を作成する。帰りの電車の中でライバル社の動きや仕事で役立ちそうな情報をチェックしてウェブ上で共有する。>まだこれだけで、なにが効率化したのか私にはいまいち理解できていません。
次の記事を読むと少しは見えてきます。<「以前はその日の仕事が終わるまで仕事するという感覚だったけれど、今はスケジュール管理が絶対です」と川口さん。変化のきっかけは、2015年に会社が導入した「業務の棚卸し」だ。日常の業務を細かく分類し、一つ一つの作業がどのくらいの頻度か、かかった時間や重要度を可視化する。>
この業務の棚卸しで、どのように業務を分類し、その業務ごとの作業頻度や時間を可視化するかがポイントであることは分かります。
その点より具体的に取り上げています。<「例えばネット上の情報収集や考える作業に時間をかけ過ぎて、一番大事な製品企画の時間が足りない場合があった。業務の棚卸しによって、タイムリミットがある中、生産性を高くするには、『今何が最優先されるべきか』を常に自問します」。続けるうちに、目の前の仕事にどれくらいの時間がかかるか、感覚で分かるようになり、効率的な仕事ができる。>
ここでは業務の分類として、①ネット上の情報収集と考える作業、②製品企画の二つが分類されています。そしてどうやら2つの業務のうち、優先度は②が高いという価値評価が入ることが分かります。
ここで別の取り組みの話しになっているため、テクニカルな意味で、業務の棚卸しの分類方法や基準、その時間、頻度、優先基準といったものについて、誰がどのように収集してそれを業務の効率化に生かすのかが、いまいち分かりかねています。
この業務の棚卸しといったことは、人事管理を担う場合、常に意識しているのではないかと思うのです。四半世紀前でしたか、東京弁護士会でも似たような話があり、職員の個々の業務内容を分類し、それぞれの作業時間、頻度を個々に把握するといった取り組みの話しがあった記憶ですが、それがどうなったか思い出せません。
それはともかく私はいまある組織で、同様のことをやろうかと検討してきましたが、それには職員の理解と協力なくしては困難です。そのような分類作業自体に時間を割くことはその分、それが効率化にならないと、余分の作業負荷となりかねません。
私自身は、業務内容を分類して、それぞれの作業の要否、他に代替可能かどうか、職員の作業配分の見直し、優先順位とそのスケジュール化、その進行管理などを、数値化して情報共有していくことにより、全体での業務の効率的運営に資するように思っています。
ちょっと話しは違いますが、昨夜のNHK番組だったと思いますが、早大ラグビー部のコーチが選手個々の日々の体調管理、トレーニングの負荷程度を選手個人がチェックして、数値化し、調子のリズムを見ることにより、怪我や故障を少なくし、また、試合でのベターないしはベストの体調にもっていくよう、コーチと選手で可視化した情報共有していることに、ある種納得できるものを感じました。
たしか駅伝3連覇の青山学院大学でも、似たようなことをやっていたかと思います。それを最近優勝から遠ざかっている名門早大ラグビー部の復活をかけて、より徹底したIT管理を目指しているように思えます。
アスリートたちの能力アップのための手段は、いま問題にしている働き方改革における効率化・そして労働時間の短縮は同じようにはいかないでしょう。しかし、いまはやりの可視化と情報共有は、それぞれの仕事の意味づけ、価値、優先度、事業化の目標の明確化など、さまざまな場面に影響を与えると思うのです。
そして目標は、何かというと、上記企業では退社時間を4時にするということ、それに応じて業務内容の優先順位を明確化すること、それを企業全体で共有して理解できるようにすること、それによって、ある種の作業はやらなくてよいとか、先に延ばしてよいとか、個人の判断ではなく、組織全体で意識し、理解し、決定できるようになり、すると、そのような分類と作業の短縮化は他のメンバーも当然可能になり、全員が4時に退社できることになるかもしれません。
といって、私は短時間労働がベストとは思っていません。好きなように仕事をすれば、それは長時間であってもあまり関係ないことです。無理に強制された仕事をしている限り、4時間でも長すぎると思います。
まだまだこの問題は整理できていない中で、思いつきで書いていますので、いずれまた改めて、自分の取り組みとの関係で参考になるものができればこの場で紹介したいと希望しています。いつになるかは神のみぞしるでしょうか。
今日は夕方前に終わりにします。久しぶりに早いブログの終わりになりました。この後会合があり、戻って書くだけの元気がないと思うので、無理に終わらせています。ではまた明日。