180118 受動喫煙の法的現状 <日弁連『自由と正義』で特集の「受動喫煙問題」>を読みながら
当地にやってきて時間はもてあましているのですが、なかなか法律文献を目にするのは億劫になっています。
弁護士なりたての頃、ある先輩弁護士と医療過誤事件を一緒にやっていましたが、その先輩は誠実かつ冷静で穏やかな人柄、とても尊敬に値する人でした。その先輩は電車通勤ですが、通勤中いつも判例時報を読んでいると話していました。その後法曹の卵を教える研修所の教官になりましたが、なるべくしてなった方でした。いろいろ学ぶことが多かったのですが、結局、私はその判例時報を丹念に読む習慣は身につきませんでした。
ま、いまでは判例データベースがあるので、それをキーワード検索して関連裁判例を収集して、つまみ食い的に読み込み、コピペで裁判所に出す書面にたくさん引用する安易な方法をとるのが当たり前になってきたように感じます。それは便利でいいのですが、しっかり自分の判断基準で読み込んでいるか疑問を感じる引用もあり、やはりあの先輩のような地道な作業は大切です。当時は、当然ながら、検索するのも、すべてを調べないといけませんし、引用するのも一字一句打ち込まないないと生けなかったのです。いや手書きして、タイピストにお願いしていました。
で最近は、次第にその『自由と正義』も少し目を通すようになりました。だいたいが懲戒処分事例ですが、これが以前に比べて複雑な案件になってきたような印象です。
前置きはそのくらいにして、今月号の『自由と正義』になつかしい顔が映っていたので、ついザットでも読んで取りあげてみようかと思います。
それが見出しの記事です。90年代はアメリカでタバコ訴訟がタバコ病の患者と、喫煙による治療費増大で州財政を圧迫するようになった州政府とが、別途、たばこ企業を相手に訴訟を提起し、後者ではたしか何兆ドル(あるいは何千億ドル?)の莫大な額の勝訴判決を勝ち取る例がニュースになっていました。
それで嫌煙権訴訟を提起して長い間頑張っていた伊佐山さんを中心に、山口さんや私なんかも参加して、医学者、法学者と一緒にわが国での訴訟提起を検討する勉強会を重ねたことがあります。その後、東京地裁でタバコ病訴訟を提起したのです。この訴訟は結局、上告審まで争ったのですが、結局、敗訴で確定しました。でもこの訴訟が社会に投げかけた影響は大きかったと思います。
その後今度は横浜地裁で、新たな原告団でタバコ病訴訟を提起する事になりました。その時の中心メンバーが当時、若きエースの片山さん、岡本さんでした。その勉強会に参加しましたが、東京訴訟の反省を踏まえてかなり充実した議論をしていました。私はほぼ聞き役だったように思います。
ちょうど私が横浜弁護士会に移っていたので、裁判終了後の原告団会議を用意するのが私の役割みたいになり、なかなか裁判には参加できませんでしたが、片山さんは立派に弁論を行っていました。この訴訟も残念な結果でしたが、喫煙および受動喫煙の被害は相当周知されることになったのではと思うのです。
で、今回の特集では片山さんが今回腰砕けになった厚労省案を取りあげつつ、受動喫煙規制法令の現状と今後の立法動向を、岡本さんが受動喫煙がらみの各種の訴訟の状況を紹介していますので、その概要を紹介したいと思います。
まず、前者について、法規制は「、施設管理者や事業者に受動喫煙防止の努力義務を規定した健康増進法第25条及び労働安全衛生法第68条の2」だけとのことです。
他方で、「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(WHOFramework Convention on TobaccoControl : 以下iFCTCJ という。)は、受動喫煙規制をもとめているのですから、国際的には恥ずかしい状況です。それで東京オリンピック・パラリンピックに向けて法規制を厚労省が急に取り組んだということでしょう。
わが国の裁判例では、たばこと死亡、疾病との間の因果関係は科学的に証明済みということをFCTCで自明の理とされていることが否定され続けています。しかし、FCTCはその認識を踏まえて、締約国が受動喫煙防止の一般的義務などを負わせています。その他が詳細なガイドラインが紹介されていますが、省略します。
現在の法規制について健康増進法第25条は、受動喫煙防止の努力義務を定めているに過ぎません。ただ、多数の者が利用する施設、鉄道駅、金融機関、ホテル、遊戯施設などなど具体的に指定された場所が対象となるわけです。
改正労働安全衛生法第68条の2も、労働者の受動喫煙を防止するために事業者に適切な措置を講ずる努力条項に過ぎません。
ただ、平成27年5月15日付通達「労働安全衛生法の一部を改正する法律に基づく職場の受動喫煙防止対策の実施について」は、上記改正法を受けて、具体的にその内容を定め、たとえば「妊婦や未成年者、呼吸器・循環器等疾患を持つ労働者は受動喫煙による健康への影響を一層受けやすい懸念があることから、事業者及び労働者は、これらの者への受動喫煙を防止するため格別の配慮を行うこととされている。」と。ま、当然の内容でしょうか。
他方で、地方自治体では条例で具体的な規制を定めたところもあり、先進例はいくつかあります。神奈川県は学校などでの禁煙、飲食店などでの禁煙・分煙など、東京都千代田区では路上喫煙禁止を定め、当時は結構話題になりました。
さて今後の立法動向ですが、危なっかしい状況でしょうか。わが国は締約国として、受動喫煙防止法制定の動きを当時の厚労大臣を中心に進んでいたようですが、けっこく、自民党たばこ議連から抵抗され、結局法案提出が見送られました。今のところ、FCTCやガイドラインを無視した議連の対案、つまり「原則としてあらゆる場所で喫煙専用室設置可とし、飲食店については「禁煙・分煙・喫煙」の表示を義務化することで、店が自由に喫煙可を選択できる」というものですので、これでは国際的に通用しない内容でしょう。
私がカナダに滞在していた20数年前、喫煙できるところは限られていました。大学施設内は禁止ですので、マイナス20度、30度でも、屋外に出て吸っていました。それもその後は禁止でしょう。30年近く前に、シンガポールでレストランに入ったとき、禁煙というのを知り驚きましたが、これが国際標準になっている現状に向かってわが国でもなんとかならないでしょうかね。
片山さんの怒りを感じますが、ここは冷静な記述にとどめています。
次の「職場スモハラ訴訟・近隣住宅ベランダ喫煙訴訟・屋外灰皿撤去訴訟」についてですが、真ん中の類型以外、私は初めて聞くものです。
一番目は正式には「職場スモークハラスメント訴訟」というものです。すでに勝訴判決例が結構出ているようです。平成16年東京地裁判決ですが、「江戸川区職員(原告)が職場での受動喫煙被害を理由に、30万円の慰謝料を江戸川区(被告)に求めた。判決は、賠償の対象期間を約2か月半に限定した上で、金5万円の慰謝料を認めた。」
これは著名なタクシー受動喫煙国賠訴訟で、平成17年の東京地裁判決で、敗訴となっていますが、判決理由中で「タクシー乗務員の健康に及ぼす影響は看過しがたい」「タクシーの全面禁煙化が望ましい」と判示したのですから、すごいです。これを受け、「原告ら市民グル}プは、当該判決をもって、タクシー協会等に働きかけを行った。禁煙タクシーは、3%(2007年3月時点)から3年半後には90%を超えるまでに劇的に全国に普及した。」のですから、「負けて勝つ」ですね。その他多くの勝訴例が紹介されています。
ベランダ受動喫煙訴訟では、平成24年名古屋地裁判決で、ベランダ喫煙を受忍限度を超え不法行為として認定、約4ヶ月半の分の慰謝料は5万円ですが、初めて認めたケースとして話題になったようです。
屋外の受動喫煙訴訟も相当提起されているようですが、勝訴例はないとのこと。ただ、各訴訟で問題視された公園や、コンビニ入り口付近の灰皿の撤去が事実上行われ、その点では実質勝訴ともいえるかもしれません。新たな価値観をめぐる訴訟では、そういった現実効ともいうべき実績をあげることができるのが、訴訟の醍醐味かもしれません。
今日は読み込みに少し時間がかかりました。中途半端ですが、これにておしまい。また明日。