たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

海外視察は必要? <岡山県議 海外視察報告書、10人がミスもコピペ>を読んで

2018-01-31 | 議員の役割(国会・地方)

180131 海外視察は必要? <岡山県議 海外視察報告書、10人がミスもコピペ>を読んで

 

今ようやくある会議が終わり、事務所に戻りました。もう業務終了時間ですが、これからブログを書こうかと思います。午後は打合せと会議があり、その内容は結構興味深い物で、これを題材に書いてみようかと思いつつ、うまくまとまるかちょっと気になり、今朝読んだ新聞記事をテーマにすることにしました。

 

今朝のブログで、ついつい日弁連の調査について触れましたが、その後朝刊記事をよく見ると議員の海外視察が一面で取りあげられていました。記事の見出しが「これ区書」というもので、意味不明だったので読み飛ばしていたのですが、実は以前から問題にされてきた議員の海外視察でした。

 

内容の詳細は、毎日記事<岡山県議海外視察報告書、10人がミスもコピペ これ区書、これ区書、これ区書? 11人は「作られ珠緒ので」>を引用します。

 

<岡山県議13人が昨年度に公費で実施した海外視察で、ほとんどの報告書に同じ文章が使われていることが毎日新聞の取材で分かった。共通部分には、インターネット百科事典などと同一の記述があったほか、大半の議員が同じ変換ミスをしているケースも見られた。ネットからのコピー・アンド・ペースト(コピペ)や議員間で使い回しをしていた可能性がある。【竹田迅岐】>

 

この海外視察は、参加者13人で、公費1400万円が使われています。

<岡山県議会の定数は55で、海外視察には▽自民11人▽民主・県民1人▽無所属1人が参加。2016年11月、米国のワシントンDCやニューヨーク市、ボストン市などを10日間の日程で訪問し、視察報告書をそれぞれ県議会事務局に提出した。視察には公費が充てられ、計約1446万円が支出された。>

 

毎日記事は、基本的に、報告書の内容の問題に迫っています。

<報告書は公開されておらず、毎日新聞が情報公開請求で全約1600ページを入手した。内容は▽州や市の概要▽観光施設の紹介▽大使館公使らの講義メモ▽議員の感想--などだった。

 13人のうち11人は「感想」以外の半分以上が同じ文章で、全体的に独自の表現を用いていたのは1人だけだった。また、10人は「コレクション」とすべきところを「これ区書」と記し、11人は「作られたもので」とすべきところを「作られ珠緒ので」と書くなど、同じミスをしていた。>

 

この記事からは、報告書が1600頁もの分量であるものの、参加者一人一人が報告書を作成したようです。そして問題の1点は、2名を除く全員の内容が感想部分以外では、その半分以上が同じ文章となっていたというところに問題がある旨指摘しているようです。

 

感想以外の内容についてもネット情報と同一のものがあったというのです。

▽州や市の概要▽観光施設の紹介▽大使館公使らの講義メモ>のうち、<州や市の概要、観光施設の紹介についてはネット百科事典「ウィキペディア」や旅行代理店のサイトなどと同一の表現が複数見られた。>というのです。

 

参加者の中にはこの事実を認め<「時間の節約になる」と答えた議員もいた。>というのですから、あきれてしまいます。公費負担の意味を全く理解していないようですね。

 

毎日記事は、岡山県議の今回の旅行に限らず、各地で同様の問題が起こっていると事例を紹介しています。さらに返還を命じた裁判例も紹介しています。

 

<海外視察が観光目的だったとして、費用に充てられた政務調査費(現政務活動費)の返還を命じる判決も出ている。東京高裁は17年4月、山梨県議11人が13年にフランスを訪問した際の視察報告書について「視察の必要性や合理性は認められない」と判断。視察に充てられた政調費のうち約550万円を県議に返還させるよう県に命じた。>

 

これは全額の返還を認めたわけではないような記事ですが、裁判所が<視察報告書について「視察の必要性や合理性は認められない」と判断>したのであれば、なぜ全額の返還を命じなかったのか疑問です。

 

さて私がこの問題を取りあげたのは、議員が海外視察をする必要性・合理性があれば、それを公費をかけて実施することは認められてもよいと思いますが、そうでないときはそのような視察は絶対に実施されるべきではないと考えるからです。

 

政務調査費の使い道がない?という理由で、海外視察を安易に決定するようなことはあっていいはずがありません。高齢者には介護・医療費負担、幼児や子どもについては保育・教育費の支援がいまとりわけ高まっている時代です。視察の必要性・合理性を欠くようなものが認められて良いはずがありません。

 

なぜ海外視察が必要か、まずそのことが問われるべきですし、その視察の効果が費用を上回るだけの裏付けがあるかどうかも検討されるべきでしょう。

 

いま海外の情報は、ネットで相当入手できます。英語はもとよりほとんどの言語が翻訳機で翻訳してもらえます(むろん誤りが多いのでチェックは不可欠ですが)。仮に海外視察の必要性が認めれるとしても、事前調査として、このような国内で得られる調査資料をきちんと整理し分析することで、なにが必要な調査かを絞り込みができますので、そのような調査の効率性をはかるための事前準備がなされていない場合、それだけで合理性に疑いをもたれても仕方がないでしょう。

 

その意味で、岡山県議の視察目的がここでは明らかにされていないため、その必要性・合理性の中身について検討することができませんが、毎日記事からはするまでもないように思えるものですね。

 

たとえば<▽州や市の概要▽観光施設の紹介>は、視察目的とどう関係するのでしょう。むろん基本情報として添えることに異議はないですが、この中で唯一ある程度特定されているのが観光施設ですので、観光事業についての視察であればこれも取りあげて良いと思いますが、そうでなければ論外ですね。

 

で現地で入手した具体的な情報が何かですが、毎日記事からは<大使館公使らの講義メモ>が唯一でしょうか。これが視察目的に合った調査先で、その内容が有用な物であれば、この視察自体に一定の合理性もあるかもしれません。しかし気になるのは、たまたま<大使館公使らの講義メモ>とあり、これって日本から質問状でも送れば簡単に入手できるのではと思ってしまいます。ともかく視察目的に適合する必須の人材から具体的なヒアリングができているかが問われるべきです。

 

むろん大使館公使なら一般情報はえられるでしょう。しかし、わざわざ<ワシントンDCやニューヨーク市、ボストン市など>を10日間かけて調査したというのですから、視察目的に具体的に把握している現地の責任者からヒアリングするのでないと、わざわざ海外にでかける意味があるとは思えません。

 

この3市は近いようで、離れています。しかも「など」と書かれていますから、他の都市もあるようですね。この流れだと東海岸の主要都市中心と思われますが、それでも移動時間を考えるとあまり多くの市を訪問する余裕はないでしょう。一つの市で一カ所の視察先を訪ねることで済むのかどうかですが、視察目的の現地体験も必要でしょうから、よほど効率的に移動しないと有効な視察ができないと思われます。

 

ここまでぐだぐだ書いてきましたが、この上がっている3都市に共通するものは見いだすことはできますが、それは目的との関係で微妙ですし、どうも海外視察の目的があまり明確でないということにつきると思うのです。そして視察報告書の体裁も、参加者それぞれが作成するようですが、それは視察団としては有効でないと思うのです。個人的な目的は別途あってもいいですが、基本は共通の視察目的であり、視察先が共通するのですから、その視察による情報は参加者の中で役割分担を決め、全体として編集すればいいのであって、最後にそれぞれの感想を付記する程度が本来ではないでしょうか。

 

で、私がこの問題をわざわざ取りあげたのは、海外視察のルールがないという状況を改めて欲しいと思うからです。岩倉視察団のごとく、しっかりした目的で視察し、その結果は必ずしも遂げたわけではないですが、その後の日本の方向性を明確に示す内容であったと思うのです。当時や戦後もしばらくはそれに近い海外視察には一定の必要性・合理性が当然のごとく認められたかもしれません。しかし、現在は他を学ぶというより、自ら考えていくことの重要性の方が高いと思いますし、海外情報もさまざまな方法で入手できます。時代に合った海外視察としてルール化が必要でしょう。

 

私は日弁連調査になんども参加してきましたが、調査の必要性を十分検討の上、事前調査のうえ、調査先の選択を行い、調査に当たっては事前に詳細な質問事項を準備し、ヒアリングの内容は分担で参加者に割り当て、聞き取りの内容とさまざまな対象についての調査内容をうまく整合性をとりながら、報告書を作り上げることが一般だと思います。これがベストとか望ましいとかとまで言うつもりは毛頭ありませんが、少なくとも自分たちで工夫して調査計画、実施、報告書の作成まで行うのが本来ではないかと思うのです。

 

上記の視察費用は一人当たり100万円を超える金額ですが、仮にお土産代を入れたとしても、東海岸10日間で、異常にかかりすぎではないでしょうか。50万円でも十分豪華な視察旅行が可能でしょう。この費用の内訳を知りたくなりますね。

 

いずれにしても、海外視察を安易に認める時代ではないと思うのです。そういえば大村益次郎は、日本の兵隊組織を西欧式に変え、<事実上の日本陸軍の創始者>とも言われていますが、元々は医者で、適塾で学び、兵学は独学で学んだと思われますが、海外にはでたことがなかったと思います。安易な海外視察は毒にならないかもしれませんが、薬にもならないでしょう。アンチ海外視察ルールをつくってみてはどうでしょう。

 

ちょっと気合いが入りすぎて一時間を超えてしまいました。今日はこれにておしまい。また明日。


コスタリカの悲哀 <NHKBS トカゲ王国コスタリカ>を見てふと思う

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180131 コスタリカの悲哀 <NHKBS トカゲ王国コスタリカ>を見てふと思う

 

昨日は終日、風邪のせいか朦朧とした状態で、寝床で冴えた?頭の働きだけが残っているという錯覚の中にいました。ようやく今朝は回復して青空を気持ちよく迎えることができました。

 

毎日朝刊をみると、厚労省発表の<受動喫煙対策案 屋内禁煙「骨抜き」>、それに加えて小池都知事も政府の後退に整合性を合わすような後ろ向き姿勢となっていて、識者が指摘している原則喫煙の状態を維持するシニカルな批判もごもっともと言いたくなります。

 

こういう自民党政権の対応は、アメリカで90年代に全米各地で起こった、喫煙や受動喫煙による医療費増加の負担分を州政府がタバコ業者に請求する訴訟しか、有効な方法がないかもしれないと思ってしまいます。わが国の法制上、地方自治体にそのような請求が可能か疑問ですが、保険料システムの改訂を求める訴訟、あるいは受動喫煙被害者には追求できませんので、喫煙者に対する治療費負担の増大など、改めて検討し見てもいいのではと考えたくなります。

 

ま、こういう対処は一つの手法ですが、喫煙者も受動喫煙で被害を受ける人も、だれもが一定の線で納得できる、道筋を公開の場その他多様な機会を通じて、実践的に協議する機会を増やすことが大事かなとは思います。

 

農家や林業者は、自然豊かなところで、一服に極上の憩いを感じてきたのは、長い歴史もあり、尊重されてしかるべきことに、あまり異論はないでしょうね。私がとりあげる大畑才蔵も、農作業の極めてきつい作業を続ける一つの考え方として、この畝を最後までやったら、一服できることを考えてやれば能率も上がるといったことまで書いています。

 

主題と関係のない今朝の記事からつい脱線してしまいました。本題に入りたいと思います。

 

一昨日のNHKBSプレミアムで<ワイルドライフ▽中米コスタリカ イグアナVSバシリスク トカゲ王国を生き残れ!>を見ました。

 

内容は次の通りです。

<中米・コスタリカはトカゲ王国。70種以上のトカゲがすむ。この地に君臨するのが、全長80センチに達する肉食のトカゲ、バシリスク。性質はどう猛で、鳥や他のトカゲまで襲って食べる。しかし、この王国で最も成功しているのは「草食」という独特の食生活を選んだグリーンイグアナだ。無尽蔵の食料と2メートルの巨体を武器に、中南米の広範囲に分布を広げた。バシリスクとイグアナ。対照的な2種のトカゲの息づまる攻防を追う。>

 

私も日弁連調査の生態系管理制度を学ぶ目的で2000年のはじめ頃に、コスタリカを訪問し、イグアナも、バシリスクも、さまざまな生物とともに見る機会がありました。

 

コスタリカは、軍隊の持たない平和国家とか、教育熱心な国家とか、そして生態系管理の先端的な国家とか、さまざまな指摘がなされてきたことで、当時私も訪問したい国でした。

 

主目的は、生態系のそれぞれのゾーンに応じた管理手法を整備していて、その内容を各地の管理事務所を訪問して現地調査をかねて管理方法を聞き取るものでした。そして環境大臣とのヒアリングで全体としての法整備も調査したのです。

 

もう一昔前の話で、その調査結果はすっかり忘れてしまいましたが、この放映を見ながら、いくつかの出来事を思い出しました。

 

たしかにイグアナはどこにでもいて、身近に感じることができました。また、バシリスクもたしか一匹だけでしたか見ることができ、近づくとあの忍者走り?番組では「水面走り」とかいってましたか、これをやってのけてくれました。その走りから愛嬌さを感じさせてくれました。

 

そこは観光客目的の船上ツアーで保護地区内の河畔林が生い茂った川を上ったり下ったり(といってもあまり勾配がなく緩やかな流れ)するものでした。これは調査目的と言うより観光的ものでした。日弁連調査は、メンバーは全員自己負担で参加しますので、ま、観光目的でといった批判は当たらないと思います。だいたい、調査内容は朝から晩まで次々と会議が目白押しで、そのヒアリング結果は報告担当者が報告書にあげますので、よくあるコンサルが企画して報告書をまとめるような、問題になった議員の調査旅行とはまったく異質物です。とはいえ、息抜きに、こういうツアーも用意されているのです。

 

さて、私がここで取りあげた目的の一つは、こういった観光では、生態系の実態をほとんど把握できないことがよくわかりました。ある意味では生態系の実態は、専門家による地道な長期間にわたる観察、それは何ヶ月単位というより、何年、何十年単位の調査が必要ですね。

 

それは番組で紹介されたバシリスクの水面走りは、ハンターであるワニなどのから攻撃を巧みにかわす生きる知恵というか能力なのだということがよくわかります。また、小さなバシリスクは肉食で、大きなイグアナは草食ということで、あまり接点がないのかと、当時は思っていました(もしかしたらツアー解説があったのかもしれませんが見ることに熱中していたので聞き漏らしただけ?)。しかし、NHK取材班の見事な撮影は、バシリスクがその得意な走りで、イグアナの赤子を襲う様子をとらえていましたが、ハンターでもあることがわかりました。その素早い動きと飲み込んだ表情は、私たちが川の中に水没している枯れ木の枝でひなたぼっこでもしているかのような茫洋とした、のんきな表情とはまったく異なる物でした。それが弱肉強食の世界を生きる姿の実態かと改めて思いました。

 

観光で楽しめるのは、かれら生命体のほんの一瞬の姿であり、そんなものだとわかっていても、NHKの放送を見ると、そのために相当な費用をかけて楽しむ意味がどこにあるのか、ふと考えてしまいます。むろん灼熱の大地、さまざまな生き物の声や臭い、ワニが身近に生息している多少の恐怖感などは実体験しないとわかりません。観光と生態系の実態を意識しつつ楽しむのでしょうか。

 

なかなか本論に入れず、前置きが長くなりました。

 

では、コスタリカは様々な理想的な価値を実現する先端的な国家として理想的な国づくりをしているといえるか、それが主題です。

 

日弁連の調査目的は、そういった国家のあり方についてまで対象としていませんので、これから先は私が見聞したコスタリカの一つの側面からの感慨です。

 

最初に驚いたのは、飛行機から首都、サンホセ(San José)に近づいたとき、見事に豊かな森が広がる中、目前に見えてきたものはまったく異質の物でした。トタン葺きの簡易な建物が延々と続くのです。首都の少し郊外に当たりますが、それは多くの人がこういった難民キャンプ並の生活環境で生活をしていることを感じさせるに十分でした。

 

首都サンホセは、人口30万余ですから、和歌山市くらいでしょうか。古くから発展した街ですので、スペイン時代の建物が相当残っていて、近代的な建物はさほど多くない印象でした。

 

最高裁判所など官邸のある一帯はよく整備されていますが、ちょっと町中に入ると混雑した雑多な印象のまちなみです。とりわけ多くの人の足は、バスですが、たぶん郊外から通っているのでしょう、首都圏並みの混雑と交通計画がうまく機能していない印象を感じました。広大な面積でわずか30万人の人口にしては、観光客の数を考えても、その交通渋滞は交通コントロールができているとはいえませんでした。

 

で、驚いたもう一つは、たしかにコスタリカは観光立国です。生態系や遺伝子研究など先端的な研究も評判です。しかし、いずれも主体として担っている、あるいは利用しているのはアメリカ人ではないかと思うのです。コスタリカ人の住居の多くは古い様式です。ガイドが日本人で、私と気さくになり、私一人彼の家に案内されましたが、コスタリカ様式の住宅で、ちょっと記憶があいまいですが(写真がでてくればもう少し思い出すかも?)、質素な印象でした。それが普通のコスタリカ人の生活環境ではないかと思うのです。

 

ところが、私たちが宿泊したホテルはいずれも高級リゾート施設のように(私レベルの基準ですが)、とてもデラックスで、食事もサービスも、すべてアメリカ方式です。朝食のときにレストランに行くと、私たち以外はほとんどがアメリカ人という印象を受けました。

 

コスタリカ人がそういったホテルを利用することもあるのかもしれませんが、彼ら彼女たちの日常風景を見ていたり、住居をみていると、とてもそういう高級施設を利用する状態にはないような印象を感じました。

 

わが国では、さまざまな宿泊施設があり、昔から民宿もさらにはビジネスホテルもありますし、最近では民泊施設もありますから、それぞれの経済状態に応じて宿泊施設を利用するでしょうけど、ときには奮発して高級ホテルに泊まることもあるでしょう。そういう状況は、一瞥したコスタリカの世界では感じられませんでした。

 

イグアナを含むトカゲ王国として、いや私たちが見聞した盛りだくさんの生態(名前は多すぎて写真でも見ないと思い出さない・・・と弁解しておきます)はたしかにすばらしいものですが、その価値を享受しているのは、アメリカ人など外国観光客ではないかと思います。

 

そこには格差を是正する施策が、アメリカ資本の影響でうまくいっていないのではないかと感じていますが、その裏付けもありません。それが2000年代初頭に感じたものですが、いまもそれほど大きな変化がないのではと思っています。

 

で、最後に余分な一言、同じように生態系が多様で観光立国に加えて工場立国にも転換してめざましい経済発展を遂げたマレーシアに新しい動きが出ていますね。その立役者であったマハティール元首相が92歳の高齢にもかかわらず、現政権に対抗して首相に返り咲きを目指しているというのです。これは国のあり方の問題ですが、同時に、高齢者も日々の精進?で90代になっても新たな意欲を発揮できる、健康維持の見本かなと思って取りあげてみました。記事は<マレーシア政界復帰のマハティール氏 92歳、愛弟子を糾弾 ナジブ首相に疑惑>