昨日夕刻から今朝にかけて、『天満敦子:Balada<望郷のバラード>』なるCD、都合3回、本気で聴いた。
なお、天満敦子さんについてはすでに、7月中旬に一度取り上げている。(先の投稿記事は、こちらから参照可能です)
<・・本文・・>
このCDに収録されている曲数は15曲。全曲聴けば1時間10分近くかかるから、このCDを聴く為に(休憩時間を含めば)4時間近く時間を費やした計算になる。しかし決して、無駄な時間を費やしたとは思っていない。
遅ればせながら(恥ずかしながら)、
ヴァイオリニスト天満敦子さんが、こうも有名な日本人ヴァイオリニストであることなぞ、承知していなかった。それには諸々の訳(言い訳)がある。
そもそも我輩、熱狂的なヴァイオリニストのファンでもなく、たまにクラシックを聴くといえば交響曲がほとんどであり、言い換えれば交響曲にして「正調クラシックミュージック」とする偏見をもっているからして室内音楽的小規模演奏にはモダンジャズの右に出るものなし!?という、固定概念があった。
それを打ち破ったのが、我輩のハンガリー滞在中に地元レストランなどでたびたび聴いた「ハンガリアン・ジプシーミュージック」。演奏は、地元の2~3流楽士の奏でる民謡&流行曲なるものであった。演奏の良否はともかく、ジプシー系ミュージシャンの奏でる哀調漂うヴァイオリンの侘び寂多き曲の数々。生パプリカとサラミソーセージを肴にトカイワインを嗜みつつ、時に慄き時に感激のあまり背筋に電流が流れ打ち震え、目頭が熱くなった記憶がよみがえる、、、。
そして今、天満敦子女史の名演奏を聴きつつ記事を書いている。
さすが!
ハンガリーの三流ヴァイオリニストとは訳が違う。桁が違う。
(でも、三流楽士とて、生演奏は良いぞ。ライヴにかなうものはない。だから、天満敦子さんのステージ?(こんな演奏会は何とか館なんぞで開演なさらぬか。どこか貴族の館に、しかるべき招待状を携えて赴かねばならんか。未だに不肖男爵心得の我輩の元には招待状は来ぬか。まま、とにかく演奏を生地で聴いてみたくなった・・・)
天満敦子さんの第一印象を述べる。
仰天戦慄するほど恐ろしくも日本人離れした「熱情と静寂」の使い分け、さらに日本人には見受けられない激情的粘着力の強固な「説得力」あるバイオリン奏者である。
と!びっくり仰天した我輩。
そして今の我輩は、たぐい稀なる日本人ヴァイオリニスト天満敦子の奏でる演奏曲の感想文を、情熱を込めて書きたいのである。
しかし今直ぐには書ききれない。
なぜならば、我輩の場合、少なくとも演奏家の名曲名演奏たるもの10回以上聴かないと完全に聞き取れなく、納得できない。もちろん、ステージでの演奏は一回コッ切り。それはそれで納得できる。しかし、この「バラード」たる特殊な曲、日本人から多大なる評価を受けている名曲?名演奏?今の我輩にはよく解からない。だから、10回位聞けば、ようやく我が脳味噌にその曲の「テンポ・強弱・旋律・その他感情と感性」等など、ようやく定着してくる。定着してしまえば、四六時中その曲が頭の中から聞こえてくるようになる。そうなればもう大丈夫。もって、納得する。したがって、納得してのち、あらためて感想を述べたいのである。
本日は、CDジャケットに紹介された天満敦子女史の紹介文を引き抜き(断りもなく転載する)、先に、女史のプロファイルと「望郷のバラード」との出会いについて、予習しておきたい。
このテーマ、今後2回記事に取り上げ、都合3回連載としたい。
<・・・第2回連載に続く・・・>
PS:天満敦子さんのファンの方、後に連載する「我輩の鑑賞感想」に是非ご注目頂ければ幸いです。あわせて天満女史についての更なる詳細情報ご意見を賜れば、光栄です。
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<以下、CDジャケット記載、天満敦子さん紹介文より引用転記文:紹介>
天満敦子というヴァイオリニスト
~20年余りの奇跡を追って~
中 野 雄 著:「回想:天満敦子」(ひと昔前)
1993年12月8日夜、横浜市青葉区の東急田園都市線の青葉台駅に位置するフィリアホールの客席のあちこちで、啜り泣く人の姿がみられた。ハンカチーフを取り出し、そっと目頭に当てる人も何人かいる。
ステージでは天満敦子場、文字通りの入魂の名演を繰り広げていた。曲は19世紀末、29歳の若さで薄倖の生涯を閉じたルーマニアの鬼才、チプリアン・ポルムべスクの作になる『望郷のバラード』である。愛国者であったポルムベスクは、オーストリア=ハンガリー帝国に支配されていた母国の独立運動に参加して逮捕投獄の憂き目に遭う。曲は獄中で故郷を偲び、恋人に思いを馳せながら書き上げた哀切のメロディーであり、ルーマニアでは誰知らぬもののない懐かしの名曲であるが、エクゾチシズム濃厚の故であろうか、国外では知られることの少ない、文字通りの「秘曲」であった。
天満敦子に『望郷のバラード』の譜面を渡し、「広く日本に」と紹介を依頼したのは、当時外務省東欧課長の職にあった少壮外務官:岡田眞樹である。岡田は十数年前、ウイーンの日本大使館在勤中、郊外のレストランで哀調に満ちた音楽を奏でる亡命ルーマニア人楽士と出会い、感動して親交を結ぶ。イオン・ヴェレンシュと名乗る亡命楽士は、8年後にスイスで再開を果たし別れぎわ「この曲を、貴方の母国日本に紹介してくれるヴァイオリニストを探してくれ」と、黄ばんだ1枚の楽譜を岡田に差出した。ヴェレンシュがチャウシェスク共産主義の圧制を逃れるべく夜陰にまぎれて国境を越えたとき、ヴァイオリンとともに携えてきた愛奏の譜面であった。
だが外交官として東奔西走の日々を送る岡田眞樹が、天満敦子という神に選ばれたヴァイオリニスト奏者の存在を知り、秘曲の演奏を依頼したのはそれからさらに数年後、1992年の初夏、所は、奇しくもポルムべスクとヴェレンシュの母国ルーマニアの首都ブカレストであった。
『望郷のバラード』との出会いがヴァイオリニスト・天満敦子の運命を一変させる。そして、忘却の淵に沈んでいた薄倖夭折の作曲家の名も、没後100年余りの歳月を経て、蘇りを果たしたのである。
<以上、ジャケットより引用、完了>
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天満敦子さんのCDを聴き始めて、本日で3日目になります。
CDを聴けば聴くほど、天満敦子のライヴ演奏を聴きたくなります。
解説書(CD添付)にも記されていますが、CD収録演奏(観客無き場所での演奏)の場合、同じ曲を何度か重ねて演奏されベストなものを収録する。という既成方法を取るらしいのですが、天満さんの場合、必ず一番最初の演奏がベストだそうです。
なぜなら、たった一回の演奏に、バイオリン奏者として、鑑賞者(演奏会参加者)に対し、ご本人(天満さん)のその時の最高の集中力を傾けられるそうです。
ですから、
生演奏を聴かねば、天満さんを理解するに程遠い。と、想いながら聴いています。
okoさまは、すでに2年連続して天満さんのライヴにご参加されているとの事、素晴らしく思います。なかなか天満敦子さんの演奏会に参加すること難しく、しかしこれも縁さえあれば、何時でも機会到来可能なりか。等と、極めておおらかに考えています。
私こと不肖・エセ男爵、作法知らずの若輩者にして人生修行中の股旅者ですが、何卒無作法ご容赦いただき、且つご指導賜りながら、
今後ともブログでの御友誼宜しく賜りますよう、あらためて願い申し上げます。
ありがとうございます。
来年は是非「無言館」にての演奏に長野へ赴きたいと願っております。ボケ防止のために記録をしておりますが今後ともご指導の程宜しくお願い申し上げます。
天満さんの「望郷」は今日現在、すでに6回聴いています。
この曲、
かなり「難解」で、「偏り」があり、どこかに根本的な「作曲自体の欠陥」があるように想われてなりません。とにかくあくの強い癖モノ的」な曲です。
この曲、毎日聞く音曲ではないでしょう。毎日聞くのは、よくないと思います(実は毎日聞いていますが、味直しに、必ずトロイメライとアヴェマリアも合わせ聴かないと、精神状態がおかしくなる)。これだけだと、精神的に(たぶん)ヤバイデス・・・
できれば、天満さん以外の(外国人奏者が良い)演奏も聴いてみて比較したいものです。
もう二回、感想文記事投稿します。
是非ご覧頂きたく、今後とも宜しくお願いします。
よろしくお願いいたします。
『望郷のバラード』を購入以後、聞きすぎて元来陽気な性格が少しだけ陰気になりかけています。
(少しオーバーかな)
秘曲の名演奏をご一緒にお聞き頂けるとは・・・
このコメントをいただいた事、即刻、感激の男泣きです。
うれしいな~
一昔前なら、懐かしい先輩と「クラシック専門喫茶店」はたまた「ジャズ喫茶」でお会いし、同席させて頂き、ご一緒にLPレコード演奏なるものに(静かに)耳を傾ける情景を想い起します。
しかし、きょうびの事、blogを通して、違った場所でほとんど同時に「音楽鑑賞会」なるものを開催できるのですね。あたり前にして、不思議な世界になったものです、、、。
なぜか、今日はこんな風に「アナログ的思考」を想いたくなるのです。
嗚呼、21世紀に活きていて良かった。
(「生きる」ではなく、「活きている」のですから、文字転換ミスはしていません、問題無しです!)
よ~し、出張先まで運んできたノートパソコンのデータから「天満さん」を取り出し、今から聴こう。
仕事?
な~に、
こうなったらCDの一回転終了まで(1時間ほど)、後回しですよ・・・
届くのが楽しみです。
バロンさんのあと二回の続編もですが、、、