Photo:("City of New York", from Wikipedia)
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* 長編小説『フォワイエ・ポウ』の過去掲載分、「全32回」、、(ご参照希望の方、こちらから入れます!)
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「フォワイエ・ポウ」6章
著:ジョージ青木
1(客のマナーと店の方針)-(2)
騒音とも思える他の客のカラオケを聴きながら、カウンターで静かに酒を飲む常連客もいた。
山谷證券の浜田主任は、必ず週に2~3回、しかも早い時間帯に顔を出した。
彼は、
「他人のカラオケは、この店のBGMだ?」
と、自分から積極的に勘違いする。
さらに騒音の間合いを見計らって本田との会話を楽しむ、静かに酒を呑むタイプの常連客であった。1~2人で店を訪れた時、けっして彼はカラオケを歌わなかった。しかし、まんざらカラオケが嫌いなわけではなく、ある意味で積極的に楽しんでいた。浜田主任は必ず月に2~3回、10人前後の会社の若手グループを引き連れて来店し、カラオケ大会を開いた。
初めて来店したときには新入社員だった大塚も、相変らずフォワイエ・ポウに顔を出した。入社2年目になった大塚は、カラオケは絶対に歌わなかった。浜田主任とは違った意味で、1人静かに店の雰囲気を楽しむタイプであった。シーヴァスリーガルのロックをダブルで2~3杯、短時間でグラスを空けるが、あまり酒は強くなく、すぐに酔っ払ってしまう。酔えば必ず無口になる。酒を飲めば黙りこくってしまうのが、大塚の飲み方かもしれない。そんなときに限って、その日の仕事が芳しくなかったり、あるいは会社の上司にお叱りを受けたり、何らかの仕事上の鬱憤(うっぷん)を晴らそうと、大塚ひとり、苦しんでいる様子が伺えた。
そんな時、あえて本田から話しかけようとせず、静かに見守っている。本人からの相談がない限り、ひとり静かに飲んでいる彼に声をかけようとはしなかった。
あいかわらず早い時間に、ふらりと本田の店に立ち寄ったある晩の浜田主任は、自然に身体の力を抜き、静かに本田に話しかけ始めた。
「マスター、ちょっと聞いていただけますか。今から私の履歴と素性をひと通りマスターに聞いて頂きたいのです・・・」
珍しくも自分の身の上話しをしたいという。
「あらためて浜田さんの自己紹介、興味あるな~・・・。是非聞かせてくださいな。いや、その実、私からも浜田主任の事、一度お尋ねしたいと思っていたし・・・」
「あ、ありがとうございます。マスターからそう言っていただけるとは、僕としてはたいへん光栄です」
「ところでさ、浜田さん、今お幾つ?今年で何歳になるの?」
「はずかしながら、もう29になります。いよいよ来年は三十路(みそじ)ですよ。父親は、『早く結婚しろ!』って、私が帰省する度にうるさく言ってくるのですが、私は、まだしばらくは独身でいたい、とても結婚なんてしたくない」
「そう、浜田さん、今現在のあなたは女性に『もて過ぎ』なのです。でも、世の中、星の数ほど女がいる。いくらでもいい子がいるのだから、なにも慌てて結婚する事ないよ・・・」
「いや、ハンサムな男だって、世の中に星の数ほどいますよ。確かに、僕は背が高く、顔も、まずまずだと思っている。確かにもてます、女の子には不自由していません。だから結婚しなくてもいい、もっと遊びたい、という事とはまた違うのです」
「それもそうだ・・・」
「僕の出身地は四国。3人きょうだいの末っ子です。兄弟というのはおかしいのですが、上は2人とも女、つまり姉が2人いるのです。おやじは真珠の養殖をやっていまして、僕に『あとを継げ』と、いっているのですが、真珠なんてもう日本でつくる時代じゃなくなった。とっくに、海外で作ってます」
「なるほど・・・」
「養殖の技術は、日本から持ち出しですよ。つまり、海外へ日本から技術進出してましてね・・・」
「実家は、真珠の製造業ですか?おもしろいな~」
「宇和島が、実家です。四国の中でも一番のいなかですよ。親父の筋書き通り結婚して、いなかに帰って何をするか?やはり、真珠つくるしかないのです」
「いなかには帰りたくない。分かる、浜田君のその気持ち。ところで、その外国の真珠養殖の話、どこでつくっているの?」
「海洋汚染の少ない真珠の育ちやすい環境は、いま、オーストラリアですよ。コストの高い日本で養殖しなくてもオーストラリアで、いくらでも真珠が取れるのです。日本の販売業者は、そうとうオーストラリアに向かっていますよ」
「実家の家業を継ぐ。そして、家業を引き継いだままオーストラリアに行けばいい。いいな~・・・ 年がら年中、オーストラリアのきれいな海を眺める。毎日大自然を満喫しながら真珠をつくる、なんて・・・」
本田は、単純に考えた。
「いや、今から、オーストラリアに行って、真珠の商売をスタートするなんて無駄ですよ。そうとうな資金力がいるのです。我家にそんな資金力、あるわけないですよ。たとえあっても、親父がビタ一文出しはしません。」
「ダメですか、そんなものですか・・・」
「それよりもマスター、どう思いますか?ぼくはメキシコに興味を持っているのです。今からはもっともっとアメリカ大陸そのものがひとつの経済圏になる。やはりアメリカ経済は強い。そんな中、物価の安いメキシコあたりへ中南米と南米、さらにカナダを含んだ投資が、一気に急増する時期が訪れているのです。しばらく様子を観ていて下さい。今の米ドル、おおよそ120円を上下していますよね。140円くらいまでに戻ると思っている日本企業人の多い中、いまに米ドルは、狂乱しますよ。たぶん、私の予想ですが日本円が急騰して、今に1ドル100円を切って、ひょっとすると1米ドルが70~80円になる時代がきますから、、、。日本の外国為替と証券市場は大騒ぎになりますよ。ひょっとしたら今あがりっぱなしの日本の土地も大暴落するかも、、、。今の日本財界、特に銀行、甘い。甘過ぎるのではないかと思っています。そんな時、いやそうなる前に、アメリカにビジネスの拠点を移してしまう。トレーダーを、ニューヨークあたりに行って、自分でやっても良いとも思っています。住まいの拠点は、物価の安いメキシコに移住して、メキシコに住めばいい。そしてニュ-ヨークで事務所を持ち、アメリカとメキシコを行ったり来たりする。そんな感じで、アメリカと日本の橋渡しをしながら金融コンサルタントでも開業できれば。と、思っているのです。もちろん、住む場所はメキシコですよ。アメリカでは、仕事のみ。メキシコ女性はきれいだ、観光写真で見る限り。マリアッチの音楽もいい。年中暖かい海岸のリゾートに住み、現地人のお手伝いさんを使って、おいしいメキシコ料理を作ってもらう。週末は、マリンスポーツを楽しむ。ウイークデーは、投資ビジネスのコンサルの仕事に集中する。あくせく働かず、やるときにしっかりやる、ホリデーはしっかりエンジョイする。な~に、スペイン語なんて、半年もあればクリアーできますよ。メキシコに生活の拠点を持って、そんなメリハリのある生活ができる。それが僕の夢です。そんな夢が目の前にある、すでに手の届くところにある・・・」
熱のこもった浜田の話を、カウンターの中の本田が受ける。
本田の表情は、いつもと変わりない。にこにこと微笑みながらも、しっかりと耳を傾けている。
「ウム、その考え、大賛成!」
「同感です!」
「ありがとうございます」
「浜田主任の話、そうとう今夜は冴えているよ。いやいや、まいりました。浜田さんの発想の展開は実に面白い・・・」
本田好みの話題である。
「ありがとうございます」
お互い、目の前のビールジョッキに手が伸びる。
しばらくの間、聞き役に回っていた本田は、ようやく自分の口を開き始めた。
「ところでね、質問ですが、メキシコの物価はそうとう低いはず。そうですよね? たぶん、浜田さんのことだから、すでにデータを承知した上で、メキシコの事を話しているの?」
「そう、今のメキシコの物価ですと、例えば、年収1千万円の給料があれば、そう、その5倍、つまり5千万円の年収くらいもらっている感覚でOKです。だから、今と同じ給料もらって贅沢な暮らしをしながら、お金もたまる。こんな世界、いつまでたっても、日本ではできっこありませんよ」
「ところで浜田さん、いちど相談しようと思っていましたが、少し株を買おうかな、と思っているのです。大塚君が、なんだか悪戦苦闘しているようで、彼にこの話をしようと思いながら、ここはやはり、あなたに話すべきだ。と、思って、今日はじめて口を切ったのですが、どう思いますか?」
「いや、マスター、だめです。もう今から株を買ってはいけない。はっきり言っておきます。絶対に株に手を出してはダメですよ」
「え? あなたは証券会社の人間でしょう?毎日そんなことばかりお客にふれ回っているの?」
「とんでもない!マスターだからお教えしているのです。そして、僕たち一部の証券マンは、それが分かっていてお客に株を買わせているのですから、毎日の営業がつらい。大塚だって、それで毎日悩んでいるはずです」
「そうですか。ウム、私は株の事はよく分からない。実は、全く興味ない。でも、国際金融の話はおもしろい。そうか、アメリカ経済圏がもっと大きくなるか?」
「必ず、そうなります・・・」
と言いながら、浜田主任はビールジョッキに手を伸ばした。
本田が話し始めた。
「いや、メキシコはよく知らないが、ブラジルはおもしろいと思っています・・・」
「もう3年前になるかな?確かに物価は安いし、浜田さんの話を聞いていると、またブラジルに行きたくなった。でも、日本からは遠い。地球の真裏にあたるからね。当時、ガイドやっている友達と2人で、韓国焼肉に行った。なぜか、焼肉はコリア風の味付けが世界一、おいしいのです」
「ロース2人前とカルピ2人前、注文した。ビールは大ジョッキに5杯ずつ飲んだ。その時の肉の量はすごかった。なんと、1人前が500グラム。だから、2人の目の前には2キロの肉が現れた! 切り分けられスライスされ、皿に盛り付けた牛肉のヴォリュームは圧巻でしたぞ。美味しかったあ~」
「最後の1枚も残さず、2人で2キロの焼肉を平らげた。さらにお互いビビンバを1人前ずつ、野菜焼きと白菜キムチとを食べ、そして、お金を払いましたよ。たしか、日本円で5千円程度の現地紙幣を支払いました。そうすると、3千円くらいのお釣が戻って来た。そんな経験ありますよ。でも、あの当時は30代の前半。今だったら大ジョッキ5杯は難しいし、2人で2キロの肉は、今だと、もう食べきれないだろうな・・・」
今度は浜田が目を輝かしながら、本田の話を聞いていた。
そして、
「マスター、今からは海外ですよ!」
「日本脱出計画作戦を立てましょうよ。その作戦本部は、このフォワイエ・ポウでどうですか?」
「あ~、それもいいな。でも、この話、一般企業の中堅管理職に始まって、そんじょそこらのサラリーマンやOLのお姉さまに話したって、何のことか解りゃしないよ・・・」
そんな飄々とした本田の会話と立ち居振る舞いは、ますます浜田を喜ばせた。
「ハッハッハァァ~ おもしろい、おもしろい。なるほど、その通りですね、、、。。たしかに、それもそうですね。こんな話、本田マスターには解っていただけるんだよな~」
ここは酒の席、互いに酒を飲んだ上で、こんな訳の分からない夢物語の渦中にはまり込んだ2人の会話は、ようやく行きつくところに行き着いた。海外脱出計画などという、2人きりの非現実的な結論らしきものに辿りついた。
バイトの学生も、他の客もいない「フォワイエ・ポウ」で、2人は誰にも邪魔される事なく、ついに大声で笑ってしまった。
<・・続く・・>
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1(客のマナーと店の方針)-(2)
騒音とも思える他の客のカラオケを聴きながら、カウンターで静かに酒を飲む常連客もいた。
山谷證券の浜田主任は、必ず週に2~3回、しかも早い時間帯に顔を出した。
彼は、
「他人のカラオケは、この店のBGMだ?」
と、自分から積極的に勘違いする。
さらに騒音の間合いを見計らって本田との会話を楽しむ、静かに酒を呑むタイプの常連客であった。1~2人で店を訪れた時、けっして彼はカラオケを歌わなかった。しかし、まんざらカラオケが嫌いなわけではなく、ある意味で積極的に楽しんでいた。浜田主任は必ず月に2~3回、10人前後の会社の若手グループを引き連れて来店し、カラオケ大会を開いた。
初めて来店したときには新入社員だった大塚も、相変らずフォワイエ・ポウに顔を出した。入社2年目になった大塚は、カラオケは絶対に歌わなかった。浜田主任とは違った意味で、1人静かに店の雰囲気を楽しむタイプであった。シーヴァスリーガルのロックをダブルで2~3杯、短時間でグラスを空けるが、あまり酒は強くなく、すぐに酔っ払ってしまう。酔えば必ず無口になる。酒を飲めば黙りこくってしまうのが、大塚の飲み方かもしれない。そんなときに限って、その日の仕事が芳しくなかったり、あるいは会社の上司にお叱りを受けたり、何らかの仕事上の鬱憤(うっぷん)を晴らそうと、大塚ひとり、苦しんでいる様子が伺えた。
そんな時、あえて本田から話しかけようとせず、静かに見守っている。本人からの相談がない限り、ひとり静かに飲んでいる彼に声をかけようとはしなかった。
あいかわらず早い時間に、ふらりと本田の店に立ち寄ったある晩の浜田主任は、自然に身体の力を抜き、静かに本田に話しかけ始めた。
「マスター、ちょっと聞いていただけますか。今から私の履歴と素性をひと通りマスターに聞いて頂きたいのです・・・」
珍しくも自分の身の上話しをしたいという。
「あらためて浜田さんの自己紹介、興味あるな~・・・。是非聞かせてくださいな。いや、その実、私からも浜田主任の事、一度お尋ねしたいと思っていたし・・・」
「あ、ありがとうございます。マスターからそう言っていただけるとは、僕としてはたいへん光栄です」
「ところでさ、浜田さん、今お幾つ?今年で何歳になるの?」
「はずかしながら、もう29になります。いよいよ来年は三十路(みそじ)ですよ。父親は、『早く結婚しろ!』って、私が帰省する度にうるさく言ってくるのですが、私は、まだしばらくは独身でいたい、とても結婚なんてしたくない」
「そう、浜田さん、今現在のあなたは女性に『もて過ぎ』なのです。でも、世の中、星の数ほど女がいる。いくらでもいい子がいるのだから、なにも慌てて結婚する事ないよ・・・」
「いや、ハンサムな男だって、世の中に星の数ほどいますよ。確かに、僕は背が高く、顔も、まずまずだと思っている。確かにもてます、女の子には不自由していません。だから結婚しなくてもいい、もっと遊びたい、という事とはまた違うのです」
「それもそうだ・・・」
「僕の出身地は四国。3人きょうだいの末っ子です。兄弟というのはおかしいのですが、上は2人とも女、つまり姉が2人いるのです。おやじは真珠の養殖をやっていまして、僕に『あとを継げ』と、いっているのですが、真珠なんてもう日本でつくる時代じゃなくなった。とっくに、海外で作ってます」
「なるほど・・・」
「養殖の技術は、日本から持ち出しですよ。つまり、海外へ日本から技術進出してましてね・・・」
「実家は、真珠の製造業ですか?おもしろいな~」
「宇和島が、実家です。四国の中でも一番のいなかですよ。親父の筋書き通り結婚して、いなかに帰って何をするか?やはり、真珠つくるしかないのです」
「いなかには帰りたくない。分かる、浜田君のその気持ち。ところで、その外国の真珠養殖の話、どこでつくっているの?」
「海洋汚染の少ない真珠の育ちやすい環境は、いま、オーストラリアですよ。コストの高い日本で養殖しなくてもオーストラリアで、いくらでも真珠が取れるのです。日本の販売業者は、そうとうオーストラリアに向かっていますよ」
「実家の家業を継ぐ。そして、家業を引き継いだままオーストラリアに行けばいい。いいな~・・・ 年がら年中、オーストラリアのきれいな海を眺める。毎日大自然を満喫しながら真珠をつくる、なんて・・・」
本田は、単純に考えた。
「いや、今から、オーストラリアに行って、真珠の商売をスタートするなんて無駄ですよ。そうとうな資金力がいるのです。我家にそんな資金力、あるわけないですよ。たとえあっても、親父がビタ一文出しはしません。」
「ダメですか、そんなものですか・・・」
「それよりもマスター、どう思いますか?ぼくはメキシコに興味を持っているのです。今からはもっともっとアメリカ大陸そのものがひとつの経済圏になる。やはりアメリカ経済は強い。そんな中、物価の安いメキシコあたりへ中南米と南米、さらにカナダを含んだ投資が、一気に急増する時期が訪れているのです。しばらく様子を観ていて下さい。今の米ドル、おおよそ120円を上下していますよね。140円くらいまでに戻ると思っている日本企業人の多い中、いまに米ドルは、狂乱しますよ。たぶん、私の予想ですが日本円が急騰して、今に1ドル100円を切って、ひょっとすると1米ドルが70~80円になる時代がきますから、、、。日本の外国為替と証券市場は大騒ぎになりますよ。ひょっとしたら今あがりっぱなしの日本の土地も大暴落するかも、、、。今の日本財界、特に銀行、甘い。甘過ぎるのではないかと思っています。そんな時、いやそうなる前に、アメリカにビジネスの拠点を移してしまう。トレーダーを、ニューヨークあたりに行って、自分でやっても良いとも思っています。住まいの拠点は、物価の安いメキシコに移住して、メキシコに住めばいい。そしてニュ-ヨークで事務所を持ち、アメリカとメキシコを行ったり来たりする。そんな感じで、アメリカと日本の橋渡しをしながら金融コンサルタントでも開業できれば。と、思っているのです。もちろん、住む場所はメキシコですよ。アメリカでは、仕事のみ。メキシコ女性はきれいだ、観光写真で見る限り。マリアッチの音楽もいい。年中暖かい海岸のリゾートに住み、現地人のお手伝いさんを使って、おいしいメキシコ料理を作ってもらう。週末は、マリンスポーツを楽しむ。ウイークデーは、投資ビジネスのコンサルの仕事に集中する。あくせく働かず、やるときにしっかりやる、ホリデーはしっかりエンジョイする。な~に、スペイン語なんて、半年もあればクリアーできますよ。メキシコに生活の拠点を持って、そんなメリハリのある生活ができる。それが僕の夢です。そんな夢が目の前にある、すでに手の届くところにある・・・」
熱のこもった浜田の話を、カウンターの中の本田が受ける。
本田の表情は、いつもと変わりない。にこにこと微笑みながらも、しっかりと耳を傾けている。
「ウム、その考え、大賛成!」
「同感です!」
「ありがとうございます」
「浜田主任の話、そうとう今夜は冴えているよ。いやいや、まいりました。浜田さんの発想の展開は実に面白い・・・」
本田好みの話題である。
「ありがとうございます」
お互い、目の前のビールジョッキに手が伸びる。
しばらくの間、聞き役に回っていた本田は、ようやく自分の口を開き始めた。
「ところでね、質問ですが、メキシコの物価はそうとう低いはず。そうですよね? たぶん、浜田さんのことだから、すでにデータを承知した上で、メキシコの事を話しているの?」
「そう、今のメキシコの物価ですと、例えば、年収1千万円の給料があれば、そう、その5倍、つまり5千万円の年収くらいもらっている感覚でOKです。だから、今と同じ給料もらって贅沢な暮らしをしながら、お金もたまる。こんな世界、いつまでたっても、日本ではできっこありませんよ」
「ところで浜田さん、いちど相談しようと思っていましたが、少し株を買おうかな、と思っているのです。大塚君が、なんだか悪戦苦闘しているようで、彼にこの話をしようと思いながら、ここはやはり、あなたに話すべきだ。と、思って、今日はじめて口を切ったのですが、どう思いますか?」
「いや、マスター、だめです。もう今から株を買ってはいけない。はっきり言っておきます。絶対に株に手を出してはダメですよ」
「え? あなたは証券会社の人間でしょう?毎日そんなことばかりお客にふれ回っているの?」
「とんでもない!マスターだからお教えしているのです。そして、僕たち一部の証券マンは、それが分かっていてお客に株を買わせているのですから、毎日の営業がつらい。大塚だって、それで毎日悩んでいるはずです」
「そうですか。ウム、私は株の事はよく分からない。実は、全く興味ない。でも、国際金融の話はおもしろい。そうか、アメリカ経済圏がもっと大きくなるか?」
「必ず、そうなります・・・」
と言いながら、浜田主任はビールジョッキに手を伸ばした。
本田が話し始めた。
「いや、メキシコはよく知らないが、ブラジルはおもしろいと思っています・・・」
「もう3年前になるかな?確かに物価は安いし、浜田さんの話を聞いていると、またブラジルに行きたくなった。でも、日本からは遠い。地球の真裏にあたるからね。当時、ガイドやっている友達と2人で、韓国焼肉に行った。なぜか、焼肉はコリア風の味付けが世界一、おいしいのです」
「ロース2人前とカルピ2人前、注文した。ビールは大ジョッキに5杯ずつ飲んだ。その時の肉の量はすごかった。なんと、1人前が500グラム。だから、2人の目の前には2キロの肉が現れた! 切り分けられスライスされ、皿に盛り付けた牛肉のヴォリュームは圧巻でしたぞ。美味しかったあ~」
「最後の1枚も残さず、2人で2キロの焼肉を平らげた。さらにお互いビビンバを1人前ずつ、野菜焼きと白菜キムチとを食べ、そして、お金を払いましたよ。たしか、日本円で5千円程度の現地紙幣を支払いました。そうすると、3千円くらいのお釣が戻って来た。そんな経験ありますよ。でも、あの当時は30代の前半。今だったら大ジョッキ5杯は難しいし、2人で2キロの肉は、今だと、もう食べきれないだろうな・・・」
今度は浜田が目を輝かしながら、本田の話を聞いていた。
そして、
「マスター、今からは海外ですよ!」
「日本脱出計画作戦を立てましょうよ。その作戦本部は、このフォワイエ・ポウでどうですか?」
「あ~、それもいいな。でも、この話、一般企業の中堅管理職に始まって、そんじょそこらのサラリーマンやOLのお姉さまに話したって、何のことか解りゃしないよ・・・」
そんな飄々とした本田の会話と立ち居振る舞いは、ますます浜田を喜ばせた。
「ハッハッハァァ~ おもしろい、おもしろい。なるほど、その通りですね、、、。。たしかに、それもそうですね。こんな話、本田マスターには解っていただけるんだよな~」
ここは酒の席、互いに酒を飲んだ上で、こんな訳の分からない夢物語の渦中にはまり込んだ2人の会話は、ようやく行きつくところに行き着いた。海外脱出計画などという、2人きりの非現実的な結論らしきものに辿りついた。
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