………………………(六月の雨は)…………
現場にとって空からの贈り物である雪は季節柄仕方ないにしても、雨は天敵である。
「土方(どかた)殺すにゃ刃物は要らぬ、雨の三日も降ればよい」
とまあ土建業の泣き所は年間を通じて、昔からあったものだ。
土方という言葉が「土工さん」と言い廻しが変わっても、建設業が屋外作業であり、
土木工事も建築工事も自然界から恩恵を受けながらの仕事には変わりがない。
この天気を味方にすれば工事も順調に進むのだが、現場には《雨男》も沢山いる。
なかでも困るのは現場のトップが雨男であると、ゲンを担ぐ訳ではなくても大切な日に
限って雨を呼び込んでくれるから、てんやわんやの工程になり、竣工前の1か月ともなれば
突貫工事へとお決まりのコースになってしまうのだ。
また、現場で第一回目のコンクリート打設の日に雨が降りでもしたら、基礎・土間・1階
そして最上階までの各階でコンクリート打設当日が降雨にハマるものである。
建物を創っている途中、つまり屋上(屋根面)の防水工事が完了しない内は、台風が直撃し
ても、梅雨でなくても又、ちょっとした雨降りでも雨の量に関係なく、雨には防御の手立て
が無いまま室内は濡れるに任せている様だ。
工程の遅れを天候に左右されるのも否めないが、
「雨がよう降ったので……」
と言い訳には耳を貸さず、
「雨はあんたの現場だけに降ったものではないよ!」
と私はやり返す。
雨が一度も降らないで工事が終わるなんて有り得ないし、日本には梅雨というものまでも
ある。
雨が降るのを見ていても時間は経過するのだし、作業をストップし順延させるから工程が
どんどん遅れてしまうのは《雨に対しての対策》が出来ていない現場だからである。
職人さんの出面(=でずら 出勤人数)、今日の作業内容、現場の安全等々を見ているだけの
監督ならば、雨も又、しかりである。
今の時代に、何の前触れもなく雨が降る筈もない。
天気予報士さんからの情報もあるし、ニュースでもネットでも正確な予報がキャッチ出来る
のだから、天気により工事の流れを止めないような手立ては事前に出来るのだ。
つまり、一週間の工程を把握しているならば、何故、降雨対策まで配慮しないのか……
である。
「雨だから仕方ない……」
は所長として、決して言ってはならない言葉である。
《建設現場の子守唄》にも書いているけど、雨が降る日に行うべく仕事をまとめておいたり、
雨が降っていてもコンクリートを打つ私であるが、あきれた話もあったなあ。
岐阜県のある所での話―――
「あんた達、雨が降ってもゴルフするでしょ!なぜ現場を休ませるの!!」
打ち継ぎ杭には自動溶接があるので、溶接中及び溶接施工直後に水が掛かるのは論外である。
火花と煙を停めないように連続溶接している真っ赤な鉄に、水が一滴でも触れると『ヤキ』
が入った状態になるのだから、溶接の部分の鉄を叩けば簡単に粉々になり、使い物にならな
い杭となってしまうのだ。
それでも、雨中作業を役人監督から命ぜられて―――
雨降りで重機が稼働しなくても杭打重機の一日の使用料金(10数万円)は発生するのだから、
雨が降っても作業をしたいのは、やまやまである所を耐えているのに、大変なイヤミを言う
役人だったなあ。
水の中でも溶接出来るならば、雨が掛かっても溶接に影響が出ないと言えるのだが、鉄を
切る場合のガス溶断でさえ5㍉の水が有れば不可能である。
(007の話ならば有り得るだろうが…)
工事開始早々の杭打ちの頃は、役人監督者の《神の声》に従わざるを得ない時期でもある。
(何考えてんだ!?)
流石の私も言い返すには時期尚早であり、
(今日だけは黙って顔をたててヤルけど、次からは・・・)
とニガ虫を噛んで、顔をひきつらせて、
「地中に深く埋って見えないし、イイとしますか?」
皮肉を言ったのも面倒だったが、私も意地になって《作業強行》させてしまった。
建物を支えるべく杭の数本が……になってしまっているが、まあ大地震が来るまでは建物が
傾かないでいて欲しいと…後味の悪い建物を唯一残してしまった話も雨によるものだった―――
工事中、雨が降って仕事をストップせざるを得ない状態を回避しようと誰しも考える。
つまり、屋上の防水工事が完成するまでは建物内部は雨に対して濡れるがままであり、
建物をすっぽり覆(おお)えば何とかなる筈だから……と一応考えてみる。
雪ならばシートを掛けて一時しのぎが出来るだろうが、融けるまでに雪の処分をする必要
があるし、雪融け水で表面を濡らしては元も子もないので、あまり効果は期待出来ない。
自然界から恩恵を受けながら仕事をしている土建業は、やはり自然には逆らわない方が良
いのだろう。
かと言って、先程来のように指を咥(くわえ)たままではいられないのが、現場所長のつらい
ところである。
自然界を味方にして『天運』に抱かれべく、には―――《徳を積む》しかあるまい。
六月の暦に近づくと、梅雨対策を念頭にして工程を協議する。
掘削中ならば地面を掘って水が湧き出た所に、更に空から雨が降って来て、溜まった水を
汲んでは排出する事(通称・水替え)に時間と労力を費やし、長靴の底に泥を着けての仕事
が続く。
「雨によって溜まった水を排出するのは誰の仕事だ?」
とよく、職人さんともめる。
監督員は長靴を履いているが、職人さんは昔ながらの地下足袋(じかたび)が多い。
最近は運動靴も多いけれど、足元に水があっては作業能率が格段に悪い。
雨が降ると雨水の処理(水替)まで手配が増えるのだが、梅雨時期では降雨と水替えが交互
になってしまい、水中ポンプは廻っているけど馬力不足で水は汲み揚げていない状態が良く
起きる。
曇天を眺め、足元を濡らし、最終的に雨水は何処に処理(放流)するのかとの話も6月の
工程会議では真剣に取り組む事柄である。
六月の言葉から『梅雨』を連想するものだが、私の現場ではダメージが少なかった…と
思う。
それは、6月に降る雨により工程の流れを寸断され、一週間毎の打合せからでさえ、
まともに先が読めなくなる様な状態をクリアしていたからだと思う。
同じ雨が降るにしても、工事進捗の状態では《雨中ものともせず》で突っ走る事が多い
のであるが、雨カッパを着ても作業が出来る「鉄筋を組立てる時」が六月に多かった
のも、運があったと思う。
雨降りを嫌っているばかりでは決してなく、雨降りを望む事もある。
それは、建物を解体する時だ。
解体中は埃の舞い上がりを防ぐ為に散水を行うが、2~3か所同時にホースで撒く水より
もはるかに有効なのが雨であり、雨を当て込んで一気に解体を集中させたものである。
雨の降る日は近隣さんも窓を閉めていらっしゃるから、重機のエンジン音も排気ガスも
解体中の恐竜の泣き声もどきの騒音も、幾らか和らいで伝わっているだろう……と独り
よがりであった。
六月に降る細かい雨が数日続くと、技術屋のプライドを砕く話が飛び込んでも来る。
外壁からの雨漏り―――《漏水(ろうすい)》である。
コンクリートの乾燥・収縮によるヘアクラック(小さなヒビ)、髪の毛以下のヒビから雨が
浸み込んで来るのだ。
外壁がタイル貼りならば雨水は殆んどタイルの表面で流れ落ちるから、ヒビがあっても室内
にまで雨水が侵入する事は殆んどない。
しかし、梅雨時になっての雨によっては《雨漏れ発生》のクレーム対応が出て来るのだ。
《建設現場の風来坊》でも天上落下事件として、雨漏れ騒動を書いているが
(実際は空調の排水)
予期せぬ所からの水漏れ騒動も、雨降りの後から湧き出るものだ。
雨降り後の美しい『虹』なんて何年も眺めていない……と
今年も又、曇り空を見上げている。
………(熱中症対策の七月)………へと続く
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